三
「あ。ごめん。これは小夢だね。ちょっと中断していい?」
音だけで姫だと見抜けた游さんはすごかったよ。…『游さん』という生き物は、何なんだろうね。『天然』『時々空気を読まない』『鈍感』の3大悲劇を背負っているのに、とっきどーき、凡人には思いも付かないすごいことを、何の前触れもなく成し遂げるよね。不思議な人だよ…ま、今でもね。
…まぁ、話を戻そう。
游さんは「話を中断していいか」という我々3人を順番に見詰めた。少し顔色の悪い坦は目線を床に落としつつゆっくりと頷いただけだったが、私と能はすぐに「はい」と返答した。
我々のこの反応を見て、游さんはニッコリと微笑んだ。
「ありがと。ごめんよ。
…いいよー!
今中断したからー!」
ギィィ…
その声を聞くと、扉をゆっくり開けて、顔をヒョコッとのぞかせる姫がいらっしゃった。
儀式や祭典、評議、会議など、沢山の人を入れる際に使われる、広い雯月殿。外も暗く、殿内の照明だけでは少し確認し辛いほどの距離に姫はおられた。
「来ても良いよー! そんな怖い資料はないからー!」
そう言って游さんが呼ぶと、姫は一旦引っ込まれ、抱きかかえるくらいの紙袋を持って入って来られた。何故か服は紫水晶色(薄い紫色)の1枚布で出来た服に戻っている。
シャンシャンシャンシャンッ……
髪に刺さっている鈴の付いた髪飾りが、姫が床を蹴られる毎、我々に近付く毎に、楽しそうに鳴った。
…その音が近付くにつれ、坦はだんだんと落ち着きがなくなり、自身を抱き締めるように、両腕を両手で交差してつかみ、姫から視線を外していた。
――シャンッ!
游さんの前まで来ると、姫は紙袋を抱き締めたまま、これ以上ない幸せな微笑みで游さんの胸に頬を何度も何度もこすっておられた。
「キュ~ッッ! カロルルルルルルッ」
「ハイハイ。何? 差し入れなの、その袋」
游さんは膝に手を置いて中腰になり、姫と視線を合わせつつ質問した。その途端、姫はポォッと赤くなられ、紙袋に顔をうずめられた。游さんの顔が近いからだろうね。
「そんなに恥ずかしがることないでしょ。毎日見てるじゃない、俺の顔は…」
不思議そうに困った顔で笑う游さんは、体を起こした。
游さんの影がなくなったからか、姫は紙袋に埋めていた顔をお出しになられた。まだ頬は赤いままで、ポーッと游さんを見つめておられた。
「…で、何? 小夢? パパたちはもう少しだけ話し合う仕事があるから。用事はなーに?」
游さんがそう言うと、姫はハッとされてポーッとした表情をやめられた。そうして照れ隠しをするように、紙袋の中をのぞきながら手を入れてゴソゴソと何かをお捜しになっていた。
少しして、姫は紙袋の中から小さい箱を取り出された。そして…
「ミュッ!」
短く鳴くと、坦の方へ、その箱を差し出された。…表情は硬かったと思う。片手で大きな紙袋を持っておられたので、片手で箱を持っている形になっておられたが、箱はそれ程大きいものではなく、手から少しはみ出るくらいの物だった。これには坦自身が驚いたようで。…真っ青になって、嫌な汗をダラダラ流していたよ! ハッハッハ!
「えっ…な、何でしょーか…ぼ、僕に……ハハ……」
姫は箱を持った手をピンッとお伸ばしになり、更に坦の方へと突き出された。坦はどうやらどうして良いか分からない様子で、これまでの姿勢と同じく、自身の腕を自身の手で交差してつかんでいた。顔色はさらに悪く、『花水晶』たるまつ毛の長い美しい瞳も見開かれていた。
しばらくその状態が続いた後、姫はフゥッとため息をつかれた。そして坦の方へ大きく1歩、坦の体に触れるほど近寄られると、無理矢理、坦の手に箱を握らされた。そして、空いた指で、坦の胸に字をお書きになった。角度から、坦との会話は背の小さい私にしか見えなかったと思う。
『お、わ、び』
「え? …えぇぇぇえええぇぇっっっとぉぉぉぉぉ、な、なな、何のっののの……?」
余計真っ青になって少し震え出した坦は、震える声を絞り出した。その坦の表情をご覧にはなられず、姫はただ黙々と指をすべらせていた。




