二
まず、その場の空気を破ったのは能だった。
「今回の事件と関係がありそうな小動物の死体を見た日付と発見場所を、狩人たちから思い出せるだけ思い出してもらい、その上で地図に印をつけてもらいました。多少の不正確さ、誤差はあるかもしれませんが…こちらへ」
そう言って能は先程座っていた椅子の後ろにある机の方へ歩いた。
地図を見た游さんと坦はオォーッと2人して声を上げた。
「お前、こーゆー細かいことから考えていくの、上手いな」
「すごいね! で。で? どういう風に読み解いていけばいいの?」
「まず日付を。1番古いもので3週間前です。なので、最低、3週間前にはこの国に居た人物となります」
私が近付くと、游さんは私に見易いように避けてくれた。机の上には、元々印刷されていた山の裾野と付近の民家の位置や水準を示した地図に、筆でバツ印と日付を書き加えた、今の新聞を見開いたくらいの大きさの用紙が広げてあった。私がよくここまで調べたなぁと感心しながら見ていると、能は続けて話し始めた。
「次に場所を。多少ばらけてはいますが固まっています。この付近に住んでいる人物でしょう。…という所が、本日の収穫です」
それを聞くと、游さんはなぜだか、少し曇った表情をした。それには気が付かず、能の語った後を追うように坦も報告を始めた。
「俺は南境国出身の人をこの地域の周辺で聞いてみたんですけど、そんな人いませんでしたね。……あ~、隠してるかもだけど……それから、この付近でだけだけど、南境国から猟に必要な品物を仕入れて売ってる人がいないかも、一応調べてみました。でも、やっぱりいなかったですね。虎挟みなんて使う人がいないから、仕入れないみたいです…うーん、まだ範囲を広げて調べてないから、何とも言えないですけど、たぶん、犯人がコッソリ持ち込んだんじゃないですかねー…?」
それを聞くと、游さんは一瞬左上を見て、それからそのまま目線を下げて、左下を向くように考え始めた。私は游さんの動きや表情が気になって、游さんが話し出す前に、聞いてしまった。
「どうしたんですか? 何か困ってるんですか?」
そうすると、他の2人も游さんの方を見た。それで仕方なく、といった感じで、游さんは話し始めた。
「…俺さぁ、あんまり、人を疑いたくないんだよね。元元そーゆー、難しいこと考えることが出来ない頭なんだと思うけどさ。それにさ、確信してから、こういうことは話した方が、疑われて困る人とかも減らせるじゃない…? とか思いつつも、ほら、『報告会』だから。…聞くだけ聞いて欲しいんだけど…」
「ハイ」
「はい」
「俺、今日も、色々することあって。で。その合間に、ほら。あのー、山から落ちて来た人ん所にお見舞いと様子見に行ってたんだよ」
「地図作成中、興味を持って通りすがりに近付いて来た町人の方々から話は聞いています。我々が金氏の邸宅で顔を合わす直前の出来事だそうですね」
「あ~…それは、俺も聞いてますよ、蘇さんの宿屋にいるんですってね。大丈夫でしたか?」
「うぅ~ん…あの、ねぇぇ~…」
そこから、意外なことに、游さんは話が進展する情報を話し始めた。
「……混乱してるかも、なことなんだけどー。『大きな生き物に襲われた』って言ってるんだ。初めは虎だって言ってたんだけど、俺が、坦ちゃんが捕まえて調べてみたらベジタリアンだったみたいだよって言ったら、虎じゃなかったかもしれないって言ってて…ねぇ、坦ちゃん。あの噛み痕は絶対、生き物じゃないんでしょ? じゃあ、ちょっとその…不思議というか……」
「…紫瑛」
そこで、能は私に声を掛けた。私は、自分の出番が来たのかな? と不謹慎にもドキドキしたよ。友人に頼りにされるのは、気持ちが良いね。
「ハイッ!」
「游さんの言う、山から落ちて来た人物の詳細は分かるか?」
「ハイッ! この国に来られたのは最近です。きちんと調べれば細かい日付も分かりますけど、大体、3~4週間前ですね。職業は道士さんです。修行しに来たんですって。東境国出身です」
「『出身』? そうお聞きしたのか?」
「あ。えっと…ちょっと、言い間違えました……『東境国から来た』人です」
それを聞くと、私以外の3人はしばし沈黙した。静かな中にピリピリした空気が漂っていて、私は彼らがその道士の男性に目星を定めたのかな、と感じた。沈黙を破ったのは、游さんだった。
「…明日、俺がもう1度詳しく話を聞きに行くよ。さっきも言ったけど、混乱している可能性があるから。君たちもバラバラで聞きに行ってくれる? 相手によって話が変わったりしないか、確かめて欲しい。俺の前だから大袈裟におもしろく話してくれたのかもしれないし」
それを聞くと、能は少し不安気な顔をしながら答えた。
「游さん。その男性は、我々が金氏の邸宅に来る直前に山から落ちて近くの宿屋へと運ばれ、そのまま部屋を出ずに養生しています。つまり、我々が金氏の邸宅で話したことは、彼にまだ伝わっていない可能性が高いです。我々が金氏の邸宅で初めて話した内容は、2点。1つ目は『裂傷痕はどの生き物の噛み痕でもないこと』。2つ目は『トラバサミという道具が使用されたこと』。それを知らなかったからこその発言かもしれません。今回に関連する事件を虎や別種の生物が起こしたことにして、自身を疑われないように画策しようとした、そのような可能性も否定できません。今の所、1番怪しい人物で、この事件との関係性が疑われます。『今の所』、『関係性』と『疑い』だけなので何も判断出来ませんし、すべきでもありませんが、どうか、お気を付けて。私は死傷しても代わりがいますが、貴方には代わりがいません。言って止めて頂けるような方には見えませんから、『お気を付けて』とだけ言っておきます」
「嬉しいね。君は良く、俺のことを分かってくれてる。ありがとう、丞相。気を付けるよ」
そう言って、少し恥ずかしそうに、游さんは微笑んだ。その微笑みを見てから、能は重要な言葉をもう1つ、付け加えた。
「みんな、小動物を裂いた凶器は短い刃の刀だということは、どうか、秘匿して欲しい。これはまだ誰も、聞いていないはず…この情報の他に、今後、我々だけが有する情報を得たら秘匿し続けて欲しい。ここぞという時まで、とって置いた方が良いと思うので。頼む」
私を含め、全員が能の言葉に「うん」や「はい」と返事をした。
目前の友人たちの返事と表情を確認した後、能は、静かに頷いた。そしてすぐに、坦の方に向いて話した。
「…それから、君にも忠告を。游さんと同じく、止めはしないが、無防備に近付くことは止めておけ」
それを聞いて坦は少し迷惑そうな表情をしながら反応を返した。
「…何だよ、心配してくれてんの」
「……ん、まぁ、それもあるが。それよりも。君が怪我を負った場合、『留学先』のこの国は君の国から訴えられたり、最悪、戦争状態に突入するから。自重して頂きたい」
その理由を聞いて、坦は重い荷物を背負った人が立ち上がるときの様にフゥッと重たい息を1つ吐いたあと、少し悔しそうな表情で返事をした。
「……分かったよ…」
「君もだ、紫瑛」
「えっ!? ぼ、僕ですかっ?」
まさか私に声が掛けられるとは思ってもみなかったので、私は普段より声を高く、大きくして能の声に反応した。
「分かっているとは思うが、君は体が小さいし、力が弱いから。我々以上に気を付けるんだぞ」
「ハイッ」
そう言って、自身ではキリッとした表情で拱手をしておいた。
…と、そう、私が妙に有り余った返事をした直後くらいだったと思う。
コンコンコンッ…
雯月殿の扉を叩く音が聞こえて来た。




