一
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南境国 の話(二)
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…いやぁ。
私の所に来る人はみんな、コトの真相を聞きたがるんだけどねぇ。
私は本当に、ずっとくくりつけられていたから。
歌陰さんや歌陽さんから聞いた話では手を出す前に踏み込めたそうだし、姫に直接聞いた時も、押し倒されただけだとおっしゃったし。そして何より、坦本人がそのことで能を酷く恨んでいたからね。本当に、何もなかったんだと思うよ?
…あぁ、そうだね。
その物語の内容を発表した時、何故だか「本当は何かあったんだ」という話が絶えなくってねぇ。「何かあった」という内容で二次本がたくさん出来て。私もよく分からないながら、読者の方が作ってくれたその内容の本をたくさん頂いたよ。…すごいね! よく作れるもんだと思ったよ。あれしかない情報で、こんなに細かく想像して話を作れるなんてね! 私は話を作るのが無理だから、事実しか書けないんだけどねぇ…羨ましいよ。…うん。君には言えないけどね、その……大人の内容ばっかりだったよ。坦自身もたくさんもらったそうで…大事にしていると言っていたよ……そろそろ隠し場所がなくなるらしいね。
あぁ、そう、で、ねぇ。
どこまで話したっけ…?
…あ。
そうそう。
私が助け出されてからの話から、続けようか。
…私は結局、游さんが着替えに帰ってくるまで柱の囚人そのままだった。
游さんは私を見てちょっと苦笑いした後、うんうん、と何かの理解を示して、私の手を縛っていた坦の巾を解いてくれた。
私は游さんに飛び付いて、大声で泣いた。姫が取られてしまった、姫は游さんのお嫁さんなのに、と泣いて、泣いて、最後には声も出なくなって嗚咽を繰り返した。しかし游さんは平然と笑っており、大丈夫大丈夫、と私の背中をさすってくれた。そしてそのまま、私を片腕で抱き上げて、歩き始めた。私は少し恥ずかしかったが、悲しい気持ちが晴れず、結局游さんに甘えて、首にしがみついてベソベソ泣いていたっけね。
「……ドコ、っ、行くんですっ…かぁぁっ……っく………っう………」
「報告会だよー。約束、してたでしょ? 雯月殿に行くの。紫ーちゃんも一緒にいて、話を聞きたいでしょ? 行こうねー」
「…っく………行く………」
「うんうん。……あのね、本当に大丈夫だから。坦ちゃんは、オンナノコ大好きだけど、小夢のことは特別扱いしてるみたいだから。小夢の嫌なことはしないよ」
「……してますもんっ……游さん、知らないだけですもんッッ!……」
「…あはは。そーなの? でも小夢が俺に何も言って来ないから、きっと、小夢もおもしろがってるんだよ、大丈夫、大丈夫! 心配してくれて、ありがとうね。良い太保を持ったよー」
「……うん………」
ギィィ…
そんなことを話している内に、雯月殿の扉が開く音がした。私は游さんの後ろを向くように抱かれていたから、雯月殿に近付いていたことに気が付かず、扉が開いてから慌てて涙を拭き、首に回していた手を放して游さんと同じ方向を向くよう、振り返った。
「あれっ…お前……?」
「あっ! ……た~ん~さぁぁ~んんんん~!!!!!」
驚いたような顔をした坦と、椅子に座っている能が見えた。
私は游さんの腕から飛び降りると、坦の方へ走って行った。
「酷いっ! 僕を縛り付けてっ! しかも、全っっっ然ッ! 助けに来なかったじゃないですかぁぁぁ! 嘘つきぃぃぃぃぃ!」
「え? あれ? お前が呼んだんじゃねーの? あのレズビアン風の姉妹」
「何のハナシですかぁっ!」
「えっ…だって、俺、殺されかけて………ハッ………」
そこで坦は、ゆっくりと後ろを振り返った。能は無表情で用意されていたお茶を飲んでいた。誰が用意したのかは知らないが、きちんとストローが差してあった。
「……ま、さ、か、なー……フェアな勝負しか、お前、しないもんなぁ…」
坦がひきつった笑顔で問いかけると、能はフゥッと軽く息を吐いた後、坦の方へ向き直り、足を組み替えつつ言い放った。
「フェアか…確かに。私は無理矢理モノにするなどという無粋なマネなどできん。しかし……
妨害はするッッ!!!」
キラッと目を光らせて言う能に、坦は真っ青な顔で衿をつかんだ。能は無理矢理立ち上がらされ、座っていた木の椅子がガタンと揺れた。
「ッッふっっざけんなよッ、てめェェェェ!!!」
「ふざけてなどいない! 真っ向勝負しかせんと言っただけだ。勝負には攻めと守りが必要だ。今回は守っただけのことッ!」
「お前っっ! 今回は助かったけどなぁっ! 本っっ当に感謝してるけどなァァァァ! あともうちょっと、時間あればなァァッ!! もうちょっと次につながる言い訳をっ、デートの約束もできたろーにッッ…俺ァなァァァ!!」
「…あーのーなッ…! 何で感謝されてんのか分からんがなァッ! 今後もあの人の貞操はこの私が命に代えても止めてみせるッ!」
「えー度胸しとるやないかぁぁぁぁ! あぁ? 丞相ぉぉぉぉぉぁぁああ!」
「ありがとうございますぅぅぅ! 王子ぃぃぃぃぃぃぃ!」
「『デート』? わぁ! 恋バナ? 俺恋バナ好きー! 混ぜてー! あのね、君たちね、悲しいことがあったからとか、仕事だからとか、それで好きな人のことを考えるのを止めとこうとかは、しなくていいよ? 君たち自身のことも考えなきゃならないよ? ね? でさ。 誰? 2人共、好きな人いるのー? 誰? 誰? 告白した? まだ? ねぇ?」
「……」
「…………」
游さんの天然と場の読めなさは奇跡的だったね。何で姫と坦の2人きり事件のことをずっと話しているのに、姫のことだって分からないんだろう…わざとかと思われたが、どうもそうではない様子で…だがとにかく、2人共、静かになったよ。……まさか、好きな女性の父親代わりの人の前で、争うわけにも、いかないよねぇ…フフフッ!
坦は能の衿から手を放し、能の衿を直してやった。能は能で、ため息をついた後、いつもの冷静な表情に戻っていた。
「……ハーッ……」
「……フー………」
「デートするの? ねぇ、デートするのぅ? 今度お祭あるよね。2人で行く? ねー! 誰の話ぃ? 誰にも言わないからさー」
游さんは目を輝かせて2人の顔をみていたが、当の2人はやはり、白けていた。…私はだんだんと呆れるを通り越して辛くなってきていたよ…
…静かな空気の中、2人は目線をお互い合わさないように、キラキラした笑顔の游さんへ話し掛けた。
「……行きませんよー、游さーん……」
「話を進めましょうか」
「うん! 誰? 3丁目のタバコ屋さんのコ? あのコこないだミス商店街になったよね! ねぇ? あのコ?」
「……游さーん…何でやねーん…」
「…『報告会』だということを、お忘れですか」
「…んあ、そっか!」
…能のおかげでここでやっと本題に入ることができた。いやはや、長い流れだったよ。
さて。
ストローでお茶は飲めたかね?
そうか、それは良かった。
それじゃ、ここから、事件は佳境に入っていくよ。
楽しみに聞いていてくれるかね?




