三
私は雯月殿に着く前に姫の行きそうな場所を探してみたが見つからないので、宮殿の中を探してみた。
そうすると本日は宮殿内で先代王の着物の整理などをなさっておられたので、お呼びし、游さんからの言葉をお伝え申し上げた。
姫はそれを聞くと深く1回頷いて、私と一緒に雯月殿の方へ走っていかれた。
途中、姫は手話で私にお茶はお1人で淹れられるから、と、私に雯月殿の方へ行くよう伝えられた。
……あぁ、そうだそうだ。
これは言わないと分からないね。
昔、姫は一言も人の発するような言葉をお語りにならなかったんだよ。
…そうだね、今でも時々龍声(夢の発する、甲高い、獣にも鳥にも聞こえる声)でお話しになられるけどね。当時は龍声のみだった。
それで、周りは『喋れないのだ』と勘違いして、色々と意思疎通の方法を試したもんだ。
中でも効果的だったのが、『紙に書く』と『手話』だよ。
そう、この国で初めて手話を作ったのは、姫だ。
フフッ。私も貢献しているんだよ?
私は何故か、生活に関する記憶力が良くて…特に、言語を覚えるのが早くてね。話すのも、書くのも、なぜかそれだけは得意だった。
それで私は、姫と話しながら、姫独特の身振り手振りを見ている内に、暗号を読み解くように分かるようになった。私が察して以降、姫と私は暗号のように手で伝え合っていた。あいにく、それを読み解けるのは当時私だけだったから…あ、いや、游さんは除くよ? あの人は手話だろうが文字だろうが、瞬きだけだろうが、姫の表情だけで言葉が分かる、別物だからね。で、そう。游さん以外では私しか姫の手話が分からないから、私は姫の専属通訳のように付き添って買い物の手伝いなども時折行っていた。それがだんだんと、今の手話へ発展したのだよ。
ねぇ、おもしろいでしょ。
ただねぇ、私は言語を理解する以外、他は全然ダメなんだけどね。文章で説明するとか、長い文章をまとめるとか。ハッハッハ!
まぁ、君も、もし私の文章を読んでみたなら分かるだろう、頭の悪い文章だとね。
…えぇ? ………これはこれは! 嬉しいねぇ! …あぁ……教科書に載ってるの? この間テストだったの。そう………じゃ、先生に言っておきなさい、こんな変な文章を書く者でも本を作れる、という例えのために教科書に載せるのならいいけど、私は思うままに書いてしまっているから、テストで私すら分からない崇高な『筆者の考え』を問うてもらっちゃこちらも困るよ、とね。昔も今も、テストは嫌いだよ。嫌いな物に載せられて、私も嫌がっていた、とも言っておいてくれるかね?
えぇと。どこまで話したかな…?
あぁ、そうだった、そうだった。
雯月殿に着くと、もう、しばらく人々は話し合った様子だった。游さんの隣りには能がいて、皆の意見をまとめつつ、良策を出せるよう論議していた。
「游さぁん。姫様、お茶、今沸かしてますぅ」
「あぁ。着いたの。ありがとうね」
「でも、どうする、游さん。虎が入るような大きなオリ、作る時間ねぇよなぁ」
「弓で射るにも、危険あるしなぁ。経験ないヤツばっかだし」
「どちらにせよ、人数不足だからなぁ。俺ら農耕中心だったし。狩りが出来る要員がそろってねぇよ」
「危険があるから狩人2、3人で組んだ班を幾つか作って山狩りさせたくっても、幾つかも作れねェから」
「う~ん…他国に応援、呼ぶぅ?」
「しかしそれにしても、山の付近を歩くことになります。危険です」
そうして自然と誰も発言をしなくなって、場が煮詰まった時だった。
雯月殿の戸が静かに開いた。
続いて、美しく、静かで優しそうな若い青年の声が響いて入って来た。
「虎退治、是非、僕にお任せ頂けませんか?」
緩やかなウェーブで艶のある長い黒髪を三つ編みにして首に巻き。淡く明るい茶色のデール(モンゴルの民族衣装)を身にまとい、それと同じ色で作った布を鉢巻き状に額に巻き。馬頭琴を片手に携えた青年が柔らかく微笑んでいた。
一見、女性。長いまつ毛に好き通った肌。長く細い指。細身、細腰でスラリとした長い足を持つ長身だが、適度に筋肉は付いているらしく、ただ細いとはいえない厚みが、彼の体にはあった。
私は入って来た彼を見るなり、能の後ろへ隠れつつ、彼の耳元へヒソッと言葉を告げた。
「彼です。お昼の、音楽」
能はそれを聞くと正面の入り口に立っている彼に視線を集中し、ハッとした様子で頷いた。




