二
山の麓。町の入り口近くに徐さんと能と共に慌てて駆け付けた私は、草の生えていない土の道に、麻の布が掛けられた何かが横たわっているのを見た。
横にはその『何か』の奥さん…未亡人が座り込んで泣いていたよ。
その女性の背中を撫で、抱きしめてあげているのは昼前、私が探していた游さんだった。私は震えながら近付くと、ためらいがちに声をかけた。
「游さん……」
「あぁ、紫ーちゃん、来たの。能ちゃんも来たんだね。おじちゃん、2人を呼んできてくれてありがとね。誰か、おばちゃんを頼むよ」
そう言って游さんは立ち上がった。
「紫ーちゃん、向こう向いてて。でも、俺たちの声は聞いてるんだよ? 能ちゃん、こっち来てみてくれる?」
…游さんは私に後ろを向くよう指示すると、能のみを近くに呼んだ。私が後ろを向くと、バサリと音がした。
「……顔は無事なんだ」
「…腹が中心ですね。獣特有の、牙で肉を食いちぎったような…そのような跡が見られます。が、一口のみの噛み跡…途中で食らうのをやめたのでしょうか。おかしいですね」
「そう。まぁ、虎がやったって断定すれば戻って来る可能性もある。聞いたハナシ、食い切れなかったら藪に隠しとくらしいし。熊ほど執着心はないと思うけど」
「これまでにこういったことは」
「ない。ただ、ちょっと、心当たりはあるんだ。最近小動物の腹が裂かれてるのがよく見つかっててね」
「小動物…小動物ですか」
「うん、そぉ。それで、不思議なことに。食べられた形跡がないんだよね。嫌な表現をしたなら、『中身を出しただけ』ってカンジかな。命で遊んでるような…人への被害がなかったから、俺は山に入る人には注意してただけだったんだけどね。…それとどこか似てるとは、思う…」
「そうですか。しかし、虎…? 虎にしては、この、噛み跡というか…口の形…? …虎だったという情報はどこから」
「…良く、分かってくれてるね。この傷跡のことは、後からまた話そう。…そうだね、虎が関わってるって確信できるのは。遺体を発見した人が見たからなんだ。実際の発見場所はここじゃなくて、山を降りた付近。場所は、あの辺かな。大体、聞いておいた。で、腹をなめてたのを猟銃で追い払って駈け寄ったら、息がなかったらしい」
「どなたですか?」
「歌陰ちゃんかな。お祝いの席で、小夢の横にずっといてくれてたコのうち、髪の短い方だよ。遺体を見たショックはないみたい。
遺体はそのままにしておけなかったらしくて、妹の歌陽ちゃんとここまで運んで来てくれたみたい。このコもショックはないみたいだね。2人とも、今のうちは、だけど……
…強いコたちで良かった…でも、したことを否定するわけじゃないけど、危険だし、ショックもストレスもあるだろうから、今後は遺体は置いておいて、人に報せることを先にするよう言っておいたよ」
「そうですか……で、どうしますか? 傷の種類は、パッと見ですが、1種類しかありません。おそらく1頭です。ワナを仕掛けますか? 次の惨事を避けるためにも、殺した方が良いと思われますが」
「……虎か……狩ったことある人、うちの国にはたぶん、いないよ。倒したことある人も。虎が俺らの国の付近うろつくなんて、珍しいというか、これまでなかったからさぁ…本来、もっと奥にいるもんなんだけどなー………ワナかー、それもやったことないけど…考えよっか。そうしないとダメだな、きっと。
おーい、みんな! 女の人はお葬式の準備手伝って! …で、何か手伝えそうだと思える男性陣、広いとこ行こうか! 雯月殿(西境国宮殿内施設。会議や儀式が出来る広間)行く?」
その声に合わせて、男性は全て游さんの示した方向へ走って行った。
「紫ーちゃん。そのまま、こっち向かないでみんなと雯月殿へ行って。あ。小夢を見かけたら、呼び戻して。で、みんなにお茶淹れてって伝えて」
私はかすれた声で「ハイ」というと、後ろを見ないで走って行った。
…怖かったね。あの2人は良く、見れたと思う。あの、大分大人の徐さんでさえ吐き気をもよおしていたのに。その上、まだまだ若い青年のはずの2人は見た上に分析までしていたんだから。大人でも無理だよ、あれは。
……あぁ。
さて。
これから、あの人の話をしなければならないねぇ…いやぁ、今はねぇ、何ともないし、それどころか、良い話し相手なんだけどねぇ……
…まぁ、聞いてもらって、いいかね?
一応、四境に関する物語の中では、親が1番に子どもたちに聞かせる、有名な話の主格の人物だよ。
それに。
四境の物語に出てくる登場人物の中では、女性から1番の人気をほこる人で。
………フフ。
そうだね、今もね。




