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 訳の分からないことばかり言う2人に、さすがに角は口を開くことにした。ただし、油断をせぬよう、構えと視線は保ったままである。


「……夢物語はやめろ。…出て行け」


 すると、麒麟(きりん)鸞和(らんわ)の子のキョウダイは交互に返答をしだした。まずは、見た目は華奢な女性、『歌陽(かよう)』から答える。


「…お前。姫を人質にとった時、姫の『ここでの』声に驚いたでしょう。その際、気付いていないと思いますが手がブレて姫のノドを少し、()いたのです」


 次に、『歌陰(かいん)』が答える。


「姫は『ニンゲン』ではない。ニンゲンではないから、怪我も病もすぐ治り、それで無傷だと思ってしまったことも容易に考えられる。切った本人が気付かないくらいの些細な切り傷なら瞬間的に治ってしまっていただろう」


それからリズム良く、キョウダイは交互に話していく。


「でもねぇ。ぬか喜びさせて悪いんだけど。天に逆らったという事実は消えないよ。あのとき、お前は。事態に寄ればためらいなく姫を殺傷しようと考えていた。その意識下のまま、過失(事故)とはいえど、姫のノドを割いた。今、重要なのは『殺傷する意識を持ったまま』『天を傷つけた』ことのみ。『過失』は関係ない。可哀想だけどね」


「オレたち『天でも生きられる者』は、ニンゲンの思考をある程度とらえられる。言い訳は聞かん」


 その解答でも理解を得られない角は、もう1度、今度は怒鳴るように声を出した。


「夢物語はやめろ!」


「夢物語じゃねぇよ」


 歌陰が呆れ気味に答えた後、歌陽が目のみ笑わせて答えた。



「つまりね。お前。()ーサマは天帝の孫に当たる御方が生み出された、個性も固有意思もある分神(ぶんしん)(分身)で、天におわすその天帝のお孫様とご一緒にこの四境(しきょう)の天を任されている御方なのです」



 続けて歌陰も目のみ猫のように笑わせて答える。



「地上で生きるモノには全て、天から、決められた『天寿』の他にやり遂げるべき使命が与えられる。天の決めた世界の歴史が上手く進むようにその(せい)でやり遂げるべき『天命』だ。ある者は発明をしたり、ある者は家族を作ったり、ある者は生き物を食ったり。小さな『天命』など、ない。全てのモノに…そしてニンゲンに、それぞれ大きな『天命』が与えられる。そのどれが欠けても、世界は進まない。そして、天は『天命』を全うさせることで世界を作っていく。


 ところがだ。


 …お前。その世界を作り、天寿と天命を与える天に傷を付けたな。ニンゲンなら致命傷の。愛情や無意識などの些細な意識ではなく、『殺傷する意思の下』で。つまり、つまりだ。お前は天を、世界を否定した。その瞬間から、お前は、天寿からも天命からも解放されることになった。…人質までならギリギリ許したし、許されたのに。手がブレて切るなんて考えられないミスだな」


 そこまでスラスラ言った歌陰の次の言葉に、違和感なく、歌陽が声を合わせた。


「「『三流』」」



 そこまで言うと、それまで閉じていた姫の…()の両目がパチリを開いた。稲光のように光る瞳が、角をとらえた。左右の2人の『娘』は夢をとろんと見つめて(ほお)を紅潮させ、快感に達しようとしているようにも取れる表情をしている。3人の異様な雰囲気に、角は急に恐ろしくなってきた。


「……あ………」


 角が何かを喋ろうとした瞬間、夢は角へ近付き出した。角の目の前まで来た時、角は夢の首に無言で思い切りカンザシを突き刺した。


「………!……」


 しかし、それを夢は意に介さなかった。



 人を刺した時に似た、ガッ、グリィッとした感触があった。カンザシは今姫のノドを真横から刺し貫いている。それなのに、姫は無表情で見つめている。


 叫びたくなるような、受け入れがたい状況の中、角は自身のノドに姫が片手を伸ばしていることを知った。


 角は半ば発狂気味に、姫のノドに刺さっているカンザシをグリリと引き抜いて、今度はその伸ばされた手に何度も刺す。ズンッ! ズンッ!、と貫く感触が伝わる。しかし、(あな)は開いた(そば)からふさがっていく。



 夢はこれまでの被害を無視し続け、角のノドに片手を当てた。



 手が接触したノドの皮膚から光が満ち、それが角の体全てへと移った。


 その光が夢の手の中に全て吸い込まれた時、夢の手には1匹の魚が残った。夢は魚の首をつかむようにして持っていた。寝台の上にはそれまで角の着ていた着物が抜け殻のように置いてある。


 つまり、この1匹の魚が、天寿と天命を抜かれた王 角である。


「……はァァ! お見事でございましたァ! 夢ーサマァ…凛としておられて…このたびは魚ですか? 良い選び方だぁぁ…」


 そう言って歌陰は頬を紅潮させたまま夢の左肩にアゴを乗せた。


「…ネェ夢ーサマァ。行きは歌陰に乗ったでしょう? 帰りはボクに乗ってくださいよゥ。夢ーサマに乗られるのすごく良いんですゥ~。頭がふわふわしてクラクラして…ねェ~?」


 そう言って歌陽は夢の右肩に頭を傾けて置き、夢の腰に手を回した。


「お前っ、ズルいぞ! こないだは行きも帰りもお前だったじゃないかっ! オレの番だぞッ! オレが乗られる番なんだ! 今日は!」


「その前は歌陰が1日中夢ーサマと一緒に遊んでたじゃない! ボクは洗濯屋で仕事でさァ! 遊べなかったんだよっ? サービスしてよ!」


 そう言って両肩でわいわいと騒ぐキョウダイをチラッチラッと横目で1回ずつ確認した後、夢はゆっくりスルゥと頭を抜いた。


 夢が自分たちの体から離れてもキョウダイは気付かず言い争っていた。


 夢は1匹の魚を持ったまま、部屋を出、宿を出た。ビタビタッと魚は暴れていた。


 宿の近くには、海につながる川へと続く、農業用水路があった。 


 夢はゆっくりしゃがむと、その用水の中へ魚をつかんだ片手を入れ、ゆっくりと手の力を抜いた。すると、それまで暴れていた魚は苦し気にもがくと、川の方へ慌てて泳いで行った。


 逃げていく魚を見送る夢。一瞬悲しそうにしたが、また無表情に戻り、魚が視界から消えるまで見送った。


 魚が見えなくなった頃、慌てた様子で麒麟と鸞和の子のキョウダイが夢の後ろから走り寄って来た。


「夢―サマ。もうお放しになったんですか? あぁ…見たかったなぁ…人間(じんかん)の世界で暮らすときの、唯一のストレス解消事だったのに…」


「ボクも見たかったなァ。…ウフフ。ねぇ。かあいそぉにねェ。フクク。魚って、マブタ無いんだよ? フククク」


「クク…そうだなァ。どれだけ他の獣の胃で溶かされてても、見開いてなくちゃなんないもんなぁ。…フクク」


「ねぇ。それにさぁ。アイツ、もう死ねないもんねぇ。どうするんだろうねぇ…ふぅックククク」


「溶かされ続けるか、食ったヤツが死んで腹の外に出ても、怯えて暮らすか…フククククククク…どっちにしろ、もうニンゲンと関われないような運命になってる。ニンゲンの世の中で生きてるオレたちには、もう会うこともないだろうから、楽しく想像するしかできないけどなァ」


 そこまで聞くと、夢は急に振り向いた。そして不思議そうに見つめる2人を少し見た後、顔を伏せる様にして、自身と同じ方向を向けるように2人のそれぞれの片腕に自身の腕を絡ませ、胸に押し抱いた。神聖生物のキョウダイは頬を紅く染めて夢の頭に頬ずりをした。


「…今日はこのままお祝いの席に行こうか。2人でエスコートしてやる」


「夢ーサマ。何食べるぅ? ボク、『あ~ん』してあげるぅ」


「オレも、ずっと(そば)にいて、守ってやるから…」


 2人の声を聞くと、夢は前にゆっくり歩き出した。その速さに合わせながら、神聖生物のキョウダイも歩き出した。


「……はーッ…しかし、人間(ジンカン)の世界ってのも面倒だな。食わなくちゃなんないし、働かなくちゃなんないし」


「……天寿を終える生き物を狩るのはボクより楽でしょ。見つけられるし、歌陰の弓矢の腕を否定するわけじゃないけど、どう狙っても当たって死ぬんだから。狙わず近付くだけでも病か事故で死ぬし。ボクは汚れを落とすのが能力に合ってるって言っても、一応洗ってるように見せかけないといけないんだから」


「時々代わってやってるだろ? …まー、人間(じんかん)の世界に居るには、魂が天へ旅立って(むくろ)のみとなった死んでる生き物の細胞(けがれ)を取り入れなきゃなんないからな…でないと、すぐ体が浮いちまう…腹なんかへらないけど、ニンゲンにバレたら厄介だからなぁ…」


「……働かなくてもさ、この国のニンゲンの殺した動植物を分けてもらって食べればいいじゃない…って言うのはやめとくよ。それじゃ、この国のニンゲンに迷惑かけるもんね」


 ポツポツと話しながら歩みを進めた2人と、やはり黙っている夢だったが、夢は急にフッと小さく声を出した。


「……みー……」


 それを聞くと、それまで不毛な話を続けていたキョウダイは幸せそうに優し気な笑みをたたえて答えた。それからまた、ほんのり頬を染め、夢の頭を撫でながらこれまでより少し早めに歩き出した。


「大丈夫! 居られるだけいればいい! オレたちは夢ーサマの味方だから! 守ってやるから!」


「変に近付く男からも、守ってあげる! 夢ーサマはボクらと違ってきちんとオンナノコですから!」


「分神元の天帝のお孫様の方に能力が多く残ってて、夢ーサマの能力が低くっても、ニンゲン寄りの思考があっても、オレたちは、夢ーサマのことが好きだ! 夢ーサマより魅力のあるコはいない!」


「ボクらは夢ーサマの乗り物になるために派遣はされたけど、立候補したんだもの。夢ーサマがとってもステキだったから! 喜んでどこまでも、どこまでも付いてくよ!」


「…まさか一緒に前に出るとはな…」


「…そこは、双子ってことで。仕方ないでしょ」


「……チッ……」


「……ヤな反応……夢ーサマ、慰めてぇ」


 そこまでの会話で、もう、3人は祝いの席が設けられている場所の近くまで来ていた。


 国のほとんどの人間がそこにいた。


 夢は右と、左、両側のキョウダイをそれぞれ泣きそうな笑顔で見た。キョウダイの方が夢より少し背が高かったため、自然と見上げるような視線になった。パチパチッと瞬きをする。夢の表情をじっくり見た両肩のキョウダイは、しかし、とまどった微笑みを返すだけで言葉をつむぎ出すことはなかった。


 進んでいる方向に顔を戻した夢は、たくさんの人の中から(ゆう)の背中を見つけた。


 夢は右と左のキョウダイの肩にそれぞれ頭をこすりつけると、スゥッとゆっくり、組んでいた腕を外した。そして2人の前に出て向き直ると、嬉しそうに微笑んで「キュッ!」と短く叫び、キョウダイに手を振りながら游の背中を追って人込みの中へ混ざっていった。夢の髪飾りのシャンシャンという鈴の音だけが人の山を見下ろす澄んだ空に残った。


 手を振り終えると、キョウダイはお互いを顔のみ動かして見合った。


「…オレたちもまだまだだな。游さんみたいに、夢ーサマが声出さないときも分かってあげなきゃな。未だに全然つかめない」


「…あのヒト、お孫様ご本体に惚れられただけあって、やるね。夢ーサマをご本体が作ったのも、天のご自身が1人のニンゲンをエコヒイキしないように、『恋心』を分離させたからでしょ?」


「『ご本体』って言うなよ。夢ーサマはオレたちにとって本物だ」


「そうだね。ボクはちょっと考えずに言うトコロ、あるから」


「……『恋心』を分離して、それを中心に分神(ぶんしん)を作ってしまったから…夢ーサマは周りにいるニンゲンの自身に対する、『恋心』含め、『愛情』『幸福感』…恐ろしい意味では『欲望』『快楽』…つまり『嬉しい』『楽しい』『幸せだ』と感じる想いを増幅させてしまう体質になってしまった……先は長いぞ、歌陽。オレたちには効きもしないが、汚れたニンゲンに、この体質はキツイ。守らなくては。(けが)される。オレたちの宝物が」


「分かってる。出来る限り。ハエになる前にウジをつぶそうね。ボクらは麒麟(きりん)鸞和(らんわ)の子だもの。(けが)れを落とすのなんか、得意さ。……今回みたいに、汚れすぎてる場合は時間をかけないと無理だけど。ここの国のニンゲンは、元々良い魂を持ったニンゲンばかりだもの。……何とかなるよ」


「……でもどうしようかな…」


「……ん?」


「游さんの場合」


「あー。あのヒトは父性愛のカタマリだから。放っといて大丈夫だよ」


「いや」


「ん?」


「応援した方がいいのかと」


「………それはまた、考えていこう? …腹が立つだけだよ…何であんなのが良いんだよー…」p


「そうだな。オレも腹立つ…オレの方が………チッ」


 2人の表情が暗くなっていたとき、人の森のスキマから、夢がキョウダイに向かって手を振っている姿が見えた。


 それを見た2人は、お互いにクスッと笑うと、夢の方へ走って行った。



 夜空には星がこぼれ落ちてきそうなくらい光輝いていた。‬



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