九
「おーい! 今日はお祝いだからイイトコに宴会場作ってきてぇー! で、みんな呼んで来てぇ~!」
オォォォォォォ!
マカセロー!
オレ、サケー!
ニクヤニレンラクシロー!
チガウ、サカヤガサキダー!
トニカクマカセロー!
ドドドドド…
そうして急に、宮殿は静かになった。
「あ…あぁぁ……ちょっ………あぁぁ……」
真っ青な[[rb:能 > のう]]は喜んで走り去る人々の背中を細い声で呼び止めようと、無駄なあがきをしていた。
真っ青な能の横にいた、能より真っ青…を通り越して真っ白な能の母君は、廷の手すりをつかんでへたりこんでいた…まぁ、無理もない。コトがいきなり進みすぎた。
「ねー」
「……む、無理、です、本当に…いきなり…これは…」
「えー……往生際が悪いなァ…
紫ーちゃんはすぐカンネンしたのにィ…」
「…私を子どもと一緒にしないでください!」
そこで私はちょっとムッとした。
「『子ども』じゃない! 上司だろうがこれは許せないです!」
頬をふくらせて怒ってみたのだが、しかしながら、その声は能には届かなかったようだった。…死にそうな表情は変わってなかったのでね。
「…しょーがないなー…
小夢! お前からもオネガイして!
ほらっ! オ・ネ・ガ・イって!
パパを助けてーって!」
そう言って游さんは後ろを振り返った。
するとスッと姫が能に近づいた。そうして、游さんが先程したと同じように能を抱きしめた。
「………っくはッ…」
ギュ…
能はサッと顔を私たちとは逆の方向へ背けた。それから変な声が聞こえた。
私はその時『幼かった』から、能が游さんに引き続き姫にも抱きしめられて、身体が痛くなって機嫌を損ねたと心配した。
…その時の能の表情は……いや、背の低い私はいわずもがな、角度があったからその場の誰にも彼の顔は見えなかったが、きっと、真っ赤だっただろうね。フフッ…
「……ぅ……くフっ………そ、そのような……ッッ……」
「さっきも顔ちょっと赤かったから思ったんだけどー、能ちゃん、男のワリに感度いーよね。何てーの? ビンカン?
小夢に頼んで良かったわー。俺、力強いからあんまりくすぐったくないでしょ。
いやぁ、いーなーコレ! 今度から能ちゃんが反抗したら小夢に頼もう! ハッハッハ!」
…あれだ。……游さんは、テキトーだから。あんまり深く考えないから。…鈍感だったんだねぇ……
「…でーさァ、辞めないよね、丞相!」
「……いや、だからそれは……」
「小夢もーちょっと頑張って」
「………おくふぅぅぅ………」
「もうちょっとギュッてして! パパの未来がかかってるんだよ! ほら、スリスリって! オネガイって! あ! パパ、ほっぺまでならチュー許すから!」
「ウァァァァ!!! むむむ無理です!!!」
「だめかー。小夢、まだまだ頑張ってー」
「違います! お、お受けいたします! ですから、これ以上は無理です! やめて頂きたい!」
「わーい良かったー! 小夢アリガト。あとでアメ屋のおっちゃんから沢山飾りアメもらったげる!」
そう游さんが言うが早いか、姫はパッと能を放して後ろの游さんに飛びついておられた。
「はいはい、お疲れ様…ん?」
游さんが姫に視線を落とすと、姫は上目使いになり、頬を紅くしてパチパチッと瞬きをされた。それからもう1度游さんを、今度は思い切り抱きしめると目を閉じて幸せそうにその胸に頬ずりをした。
私から見るとただ瞬きをして頬ずりをしただけなのに、游さんには何を言っているのか分かったようだった。
…これは、今も、昔も、同じだよ。
姫が無言のときは游さんにしかその心中の言葉が伝わらない。
「こらー…そういうこと、言わないの。もう、ここはいいから。お祝いの服を選んでおいで」
そう困ったように游さんが言うと、姫は飛び上がって游さんの首にご自身の腕を絡ませ頬に口づけをした。そしてすぐに王族の住まう宮へと駆けて行かれた。
私はやはり気になって聞いてみた。
「何て言ったんです?」
「…う~ん…『游以外の男のヒトに抱き着いて気持ち悪いから、游で消毒した』らしい。
俺、そんなに男は汚いって教えたかな~…?
はぁ~……彼氏が出来るのは、もっと先みたいだなー……」
気持ち悪いだのなんだのの言葉をハッキリ能の前で言うとはと、私は不安げに能の方を見た。
…あぁ。能は肩で息をしながら頭をブンブンと振っていたので、何も聞こえていなかったよ。本当に良かったと思う…
「あ。そうだ、まだあったんだっけ」
そう言って游さんは腰を抜かした能の母君を立たせ、息を整えている能へ声をかけた。
「大丈夫?」
「……は!? な、何がです!? そもそも仕掛けて来た貴方がそれを言うんですか!! え!?」
「ゴメンゴメン。
あのね。
言うの、忘れてたことがあったんだ」
「何ですか! これ以上の驚きはもうありませんから、何でも言ってください!」
「え~と、あのね。
俺はお金や高価な物なんて持ってないし、土地も王の物って意識はないんだ。だから、能ちゃんに丞相として職に就いてもらっても、賞(人や物、例えば使用人や城、貴金属など)も土地もあげられない。禄(給料)もない。
でも、国の人はみんな君に協力するし、タダで物をくれるから。…周りと同じようにね」
「…何だ、そんなことですか…
別に構いませんよ。
私は金持ちになりたくてここに来たわけでも、楽をして暮らそうと思って来たわけでもありません。
私の腕を使って頂こうと思って来たんです。
…何もいりませんよ」
「…うん、ありがとう……
…あ! それとね!
そうは言ってもだよ?
俺はずっと、代代の王たちが儀式とか式典で何を臣下に与えてたかとか、知ってるからさ。
無視できないじゃん?
でさ。
圭(王と臣下の封建(主従)の契りを結んだ際、王がその臣下に証として与える石。七夕の短冊に似た形で、短冊の糸を通す部分が二等辺三角形になっている。翡翠など、宝玉で作られた)だけでもあげようと思って…」
そう言って、游さんは懐から何か紐のような物を出した。
能はもう落ち着いていて、ため息まじりに游さんへ質問した。
「…先程からたくさん物を出しますね…
何です?」
「圭の代わりに」
そう言って、游さんはその紐を能の首に自らの手で掛け、首の後ろで結んだ。
紐の先には小さな黄緑色の翡翠がいくつかと、それより少し大き目で桃の葉のような形、それでいて周りの小さな翡翠と幾分たがわぬ色の、緑の翡翠が付いていた。
「あげる」
「………」
「圭の代わり。それで許してね。
それで、俺の友だちだって証明にして」
「は? トモダチぃ?」
「臣下って感じしないんだ。
能ちゃんは俺の話し相手ね。
紫ーちゃんは、遊び相手。ハハ!」
そう言って游さんは腰に両手を付けてカラカラと笑った。
『遊び相手』と、また子ども扱いされた私が怒ろうとしていると、游さんは私の方へ歩いてきて、中腰になり、私にも能と同じ首飾りを付けた。
「紫ーちゃんにも圭をあげれてなかったからねー。
今あげる」
そう言って体を戻した游さんに、能はいぶかしげに尋ねた。
「…元は、何だったのですか?
これほど色と大きさがそろっているとは…」
そうすると、游さんはゆっくりと能の方へ向き直り、微笑みながら静かに答えた。
「俺の冕の旒を切って作った。
それくらいしか俺の持ち物で良い物を持ってなかったんだよ」
それを聞くと能はしばらく無言になり、両ひざをつき、2度深く頭を下げた。
…冠をダメにしてまで臣下に祝いと証の品を作った王に、深く礼を返したのだろう。
この瞬間から、能は游さんの右腕となった。
君たちの好きな、国造り物語に出てくる四境最高の参謀は、こうして生まれた。
ここから、四境が統一王国になる物語が始まる。




