八
「みんなー! ハーイ、ちゅーもーく!」
ぼやっとこちらを見ていた人々は、游さんに視線を集めた。
游さんは微笑んだまま、優しいが通る声で集団に向けて声を発した。
「ただ今より、こちらの方はこの国の丞相(宰相。文・武、全ての官吏の頂点。総理大臣のようなもの)となる!
失礼のないように!
名前は『能ちゃん』ね! よろしくー!」
「は?」
「えぇええぇ!?」
「あーまた勝手に。かわいそうに…」
ワァ――――!!!!
ヤッター!
ヤットセキニンシャガフエタ――!
シーチャンヒトリデカワイソウダッタモンネェ
オイワイ!
サケ!
ワァーオイワイダァー!
オレミンナニシラセテクルー!
オレモー!
ダダダダ…
慌ただしく出て行った何人かに笑って手を振り、游さんは私を呼んだ。
「読んで」
「え」
游さんは胸の中から桃の木で作った木簡(木の板を紐で編んでつなげて作った書類の一種)を取り出すと、私へ放ってよこした。
「え、何ですコレ」
「昨日俺が作った冊(勅令書。内容は様々だが、今回は任命書に当たる)。読んで」
「え僕が…」
「今俺の吏官は紫ーちゃんだけだからね。俺の左隣に来て、読み上げて」
「決まってるんですか?」
「うん。君主の右側。だから、俺の左手ね。おいで」
そうして私を左隣に立たせると、能を王の正面…北を向くように両肩をそっと持って移動させ、両ひざをつくようにと手の平を下にして知らせた。今から思えば、『冊命の礼』の作法を知らない我々に儀式にのっとった動きを簡易ではあるが教えてくれていたのだ。
庭にいる人達はその間も拍手やヤジをやめず、始終ずっと嬉しそうにこちらを見ていた。
能が両ひざをついて頭をさげ、それを游さんがまた立ち上がらせてから、私は初めての難しい文書につっかえつっかえ…それでも読み切ると、游さんが頭を撫ででくれた。
そして左手を出してきたので手に持っていた木簡を游さんに渡すと、游さんは能のふところにその木簡を入れた。そうして能の後ろへ移動すると、大歓声の集団に向けて大きな声で言い放った。
「今、この時、この瞬間より、この国は、動く!!」
ワァ―――――――!、
大歓声が上がった。
「…ナーンチャッテね。
いやぁ、俺、今、カッコイイこと言ったなー、アハハ」
「あ、ああの!」
今までで1番顔色の悪い男が震えるように立っていた。三白眼が四白眼にもなりそうな勢いの見開き具合だったよ。ハッハッハ!
「はい~。何? えへへ」
「これは…ちょっといきすぎです!
私はいきなりこんなッ…!
務まりません!!
それに太宰が、おられるじゃありませんか!」
「あ。
そか。
あのね。
この四境(桃源郷の4つの国)って、学者が調べたことには、どうやら色んな場所、色んな時(時代)の、『別の世界』と通じてるってことらしいじゃない?
…まぁ、何故か上手くいかないと、霧やら何やらが邪魔して出ることも入ることもできないらしくて…出た人も入る人も稀らしいけど。
うーん…俺も良く分かってないけどねぇ。
それで、色々な時の人がここに来て歴史を作っていくから、混ぜ合わされて良く分からない制度や風習になってる国もあるそうだね。
でー、俺んとこなんだけど、どうやら四境の中では1番古い国らしいんだけど、その分妙に制度やら風習やらが混ざっちゃってるらしくて。
太宰は文官(役所)のトップだけど、丞相は武官(軍人)と文官の両方のトップなの。
1番偉いんだよ。
だから太宰と丞相、両方必要なの」
「ならば、なおさらっ…!」
「紫ーちゃん、嫌がってるけど。俺の太保役としてご意見をもらっていーい?」
私に話題を振ってきた游さんに、私は慌てて答えた。
「嫌です嫌です! もう僕は游さんの面倒を見るの疲れました!
全っ然言うこと聞いてくれないし、すーぐどっか行っちゃって探さなきゃならないし!
それでいて何かあったら全部僕に回って来るんですから!
僕、毎日不安だし、責任取るの怖いし、上司がずっとほしかったんですっ!
能さん、やめないで!
僕の代わりに責任取る人になってくださいッッ!」
「ほーら」
そう言ってニコニコする游さんに、能はまだまだつっかかっていった。
「……責任転嫁先を求めているだけじゃないか!
と、取り消してください!
申し訳ありませんが!
せめてヒラの吏官からやらせてください!」
「やだぷー」
そう言って游さんは歓声を上げる国民に手を振り、大きな声で号令…かな? うん。号令を発した。




