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 (ゆう)さんのお父上もそうだったらしいのだが、西境国(さいきょうこく)の王は広く一般人と仕事も遊びも、生活も共にしてきたようで。


 それで游さんも例にもれずそんな威厳のほとんどない王に成長してしまったようだよ。


 …まぁ、それでも、きちんと、その…何て言うのかね、君らの言う、『キメる』とき? かね。『キメる』ときにはキメる人だったから、最重要の事態では王っぽく振舞ってくれたけれども……


 ……


 ……あぁ、それで、まぁ…


 …国民も王様というよりかは村長みたいな感じだったよ。対応としては。


 そんなもんだから、下々の町や村を出歩いても溶け込んでしまって、まさか国王がこんな所にいるはずがない、と、敵から目をつけられることもなく…逆に安全だったらしい。


 国民もそれを知ってか知らずか、游さんを王として特別に扱ったりはしなかった。…考えてそんなことを出来る国民ばかりじゃないと思うから、もう、ここに住まう人の性質だったんだろうと思うけれど。


 …ん?


 …あぁ。当時? そうだねぇ…西境国の国民はほとんど游さんの正体を知っていたよ。でも、西境国に越してきたばかりの人とかは知らなかったみたいだね。周りも聞かれるまで游さんが王だって言わなかったらしいからねぇ…うん。1回聞いたことがあるよ? (いち)の人だったか…『なぜ引っ越してきたばかりの人に游さんが王様だって教えてあげないの?』とね。そうしたら、まぁ、ねー…『わざわざ言うことでもない』『そのうちすぐ知るだろうから』『あまり重要じゃない』と。いやぁ、恐れ入ったよ。



 しかしね。


 姫は別だった。


 何せ、『西境国におわす王女は(ぎょく)で出来ている』というウワサが広まっていてね。どのような意味で玉なのか、詳しいことを知らない者は多くいたが、もし姫に出会われて、その言葉を思い出すことが出来たら。気付くことはたやすかったろう。この世で一目見て『玉のようだ』と感じられる(かた)はあのお(かた)しかおりますまい。


 それで、私は、これまでの王族がしていたように民草に姫を混ざらせて安全を図る、という行為を、姫にだけはさせなかった。


 髪と目が目立ってしまって、もう、隠せないからね。真相に気付いた危険人物に狙われやすいことは目に見えていたから。


 …1度、髪を墨で染めて頂いたが、微妙に光沢があって、やはり他の国民とは明らかに色が違っていた。そして、髪をいくら染めても、瞳だけは変えられなかった。


 それで、もう、無理だと思ったのだよ。


 …游さんと差別化を図ってしまってかわいそうだったが、身を守ってもらうため、姫には『姫』の認識をしてもらえるように、ご本人にも、国民の皆さんにも、よく言っていたものだ。


 もちろん、游さんにもね。娘と分からないように対応しろと。軽々しく触れ合っていると危険人物が近づいても周りも気にしないし、本人にも自覚がなくなって、最悪の事態に陥ることもありえると。


 …人を、そんなに信じるものじゃない、と………


 

 しかし、聞かなかったねぇ~!


 見事に、お2人共。


 何だろうね、あの感性は…



 …そうそう、まぁ、話を戻そうか。



 真っ青になった(のう)とその母君が固まって立ち尽くしていると、游さんは壇上に続く階段を降りてきた。


 王にしか許されない、赤い靴が階段を一歩降りるたびにコッと軽い良い音で鳴ったよ。


 游さんが降りると、姫もスタタッと背中を追いかけて降りてきた。降り切ると、泣き跡を着物のソデでこすって消していた。



 游さんは能と母君の前まで来ると、またゆっくりと柔らかく微笑んだ。そのあと、能へ顔を向けて話始めた。


「この国は気に入った?」


「…あ、…わ、私は、あの……は、……わ……申し訳ありません、拝礼(はいれい)を…」


「ハハ! いらないって。あ、おばちゃんも、そんなに固くならないでね。俺、逆に困っちゃうから」


「……」


「……ねぇ、ここに住んでくれるの?」


「お、王が、お許しになられるのであれば」


「もー。『游さん』って呼んでよー。王サマ扱いされたくないのもあるんだけど、()ーちゃんに言われてるんだよ、王がほっつき歩いてるのを他国に知られたら狙われるから、一般人に見えなくなったら外に出るの終わりだってぇ。ね。バレないように。お願いねー」


「国民は存じ上げているんですか?」


「ほとんど知ってるよ。能ちゃんみたいに、最近来た人とか、一部の人は知らないけど」


「…そうですか…」


「ねぇ。俺はね、今日、(べん)を着けて、冕服(べんふく)を着てきたんだよ。それで、玉座で南面(なんめん)して君を待ってた」


 私は、そこでやっと合点がいった。


 そうか、游さんは初めから能を臣下にしようと思って、任命の式典を行おうとしていたのだ。


 私にわざわざ美しく大きな(べん)を用意させたのも、このせいか、とね。


 普通は太廟(たいびょう)(王の祖先が祀られている建物)で任命の式典である『冊命(さくめい)(れい)』を行うのだが、游さんのことだ、辛気臭いだのなんだのの理由で、伝統も祖先も放り出し、こういった広くて明るいところで能を迎えようとしたのだろう。


 能は、游さんの方をじっと見たまま、しばらく何も喋らなかった。感動していたのだろう、頬に赤みがさして少し目が潤んでいた。


「………」


「…俺の国に仕官したいなんて、酔狂な人はいないよ。才能をつぶしかねない。戦いを好まない国だから、戦で作戦を立て、成功させて武勲を得る場なんてない。大事業や政策を考えても資材も資金も乏しくてゼロから始めなければならないから、まず実行に移すことが難しい。


 …それでも、君は、来てくれたんだろ? 俺んとこに」


「………」


「……ここから変えられる、と、この状況を見ても思えたことがあるんだろう?」


「………田畑の整備以外にも、気が付いたことが多くありますゆえ、そこから…ぅあ!」


 游さんは いきなり能を抱きしめた。


 急に能が大きな声を出したものだから、(かく)を送り出して仕事を終えたとばかりに悠悠と庭にいた集団は、みんな驚いてこちらを向いた。


「…ありがとう……この国のために、よく、決意してくれた…


 …もう、誰も来ないと思ってたよ。


 …フフッ……」


 游さんは2メートルくらいあったから、背の高い方である能でさえも、大きな体に包まれていたよ。


 能は口を真一文字に閉じて頬を少し紅潮させ、しばらく目を見開いてじっとしていた。


 私も游さんに抱きしめられたことがあるがね、あれほど『抱擁』というものがこういうものだ、と分からせてくれた瞬間はないよ。あれ以上の抱擁を私は知らない。あんなに愛情の感じられる瞬間はなかった。背が大きかったから人を包み込むのがとても上手くてね。痩せているのにまるで布団に包まれたようにぬくもりを感じたよ。


 游さんに抱きしめられたら、誰でも言うことを聞いてしまうだろうね。



 ゆっくりと能から体を離したあと、游さんはこちらを見ている人だかりに声を掛けた。



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