六
それから能は廷の入り口から廷内方向へ、そう、玉座のあった壇上へと、ゆっくりと振り向いた。
玉座のあった場所へ続く階段。その階段の最上段に、姫と父親は座っていた。姫は可哀そうに、父親の腰に抱きついて泣いておられたご様子だった。そして、その姫の頭に大きな手を置いて、父親は姫を慰めていたようだった。
しかし、能が角へ事の真相を告げ、上半身を脱いだ時に2人ともそれを見届けたらしく、それで、能が振り向いた時には、姫もその父親も、能の方へ顔を向けていた。
能はそれを確認すると、頭を1度下げた。
「ご挨拶が遅れまして。白 能と申します。字は士伯。北境国より、実母と亡命して参りました」
その言葉を言い切った時、彼の母君は彼の着物を丁寧に元に戻した。
「私はこのような体です。
しかし!
これまで、知識と機転では北境で負けたことがございません!
私を重宝して頂けたあかつきにはっ!
王の右腕となり、期待以上に働いてみせましょう!
どうか私の遊説を…政策を、お聞き頂きたい!」
そう言って頭を深く下げた。続いて母君も拱手を付けて揖礼よりも深い敬礼である拝礼(腕を組んで頭を揖礼時より深く下げる)を行った。
私は彼らと壇上を交互に見たあと、不安になって壇上までつながる階段の下まで走って行った。
何か、彼らに声をかけてもらいたくて。私は能を気に入っていたから、是非、雇ってあげてほしくて。…ねぇ。
すると、軽い声が廷内に響いた。
「いらないよ、遊説は」
私はヒヤリとした。彼を雇ってもらえないのか、という意味でも、また、別の意味でも。
「あ! 僕がお言葉を伝えますってば!」
「いいよ。隠しても意味ないよ。
雇うんだから」
「………」
「……」
…そう言って、冕(冠)を外すと、姫とは反対側にある、壇上の手すりの飾りにとった冕を被せた。
「やぁ。能ちゃん。
さっきはお手柄だったねェ」
姫の頭を撫でながら軽く言い放つ彼に、能と母君は真っ青になり、息を止めていた。
そんなことを全く気にせず、王は柔らかく微笑み、頬杖をついた。そして姫の頭に置いていた手を上げると、軽くチラチラッと手を振った。
「第10代 西境国国王、名前は『淼』、字は『滉永』。
……で、幼名は『游』。
俺、『游』って呼ばれる方が好きなんだー。
これからもそう呼んでねー」
そう。
これだから初めて『王の姿』の彼に会う客人に対しては私が代弁してお言葉を伝えていたんだよ。信用問題に関わるから、彼が物を言おうとするとヒヤヒヤしていた。
……全体的に軽すぎる……ハァ……
昔っから游さんはテキトーな王だった!




