三
「えっ?」
驚いた私が固まっていると、角は床を蹴り、玉座へ走り上がろうとした。靴を脱いでいたので走りが早かった。
私は突き飛ばされ、後ろへ倒れ込んだ。
その瞬間、私の後ろから弓矢が何本も飛んで来た。王族には当たらないようにとても上手く放っていた。
パッと見気が付かなかったが、農耕と猟を兼業している人員が何名かおり、その人員が数名、攻撃をしていた。
中には姫と同じ年ごろの少女…いや、女性もいた。その女性が人の群れから前に進み出、角の方向へ弓矢の狙いを定めた。
「動くな! 次はそのデコ、ブッ刺してやる!」
その後ろからもう1人、同じ年くらいの女性が礫(手の平くらいの石)を布に包んで手首で回しながら走り出てきた。投擲(石など物質を目標に向けて投げ当てること)の準備だ。
「下がって! それ以上何もしないで!」
これまで見たことがないくらい殺気立った大勢の人々と女性2名の迫力に押され、角は玉座から少しずつ離れていった。
しかし、角はスキをうかがっていたようだった。
元々戦闘を好まない国民性なので、角が諦めて下がったように見えた様子を見て、廷の入り口に充満していた人々は安心して少し緊張を解いた。
その瞬間を逃がすことなく、角は急に横へ床を蹴って飛ぶと姫の背後へ回り、いつの間にか匕首(小型のナイフの類)を姫のノドに当てていた。
「お前ら全員、この部屋に入れ!」
全員、固まっていた。こんなことになるとは予想できなかった。
「…入れィ!! この刃は毒が焼き付けてある!! 少し傷を付ければそこから毒が回って死ぬ!!」
それを聞いて、人だかりは全て、ゆっくりと、廷の中へ入った。
「扉は閉めるな」
角はそう言うと姫を連れたまま後退と横歩きを繰り返しつつ、廷の扉へ近づいていった。
「…逃げられると思っているのか?」
能が目だけで凍らせてしまいそうな冷たく刺さる視線で静かに角へ言葉を放った。
角は能を注視することもなく、武器を持って入って来た大勢全てを冷静に観察していた。そのまま、言葉を返した。
「……失血死したと思っていた…
……
………フフ。
逃げられるとも。ここの国はお人好しだ。人質をとれば、人の命が大事、と何でも。
しかも王女だ…言葉通り、『何でも』して取り戻そうとするはず…」
「…根城まで連れて行く気か。足手まといだぞ。国境までにしておけ。ここの国の者なら、無傷で逃がせといえば逃がすだろうし、その他、した約束は守るだろう。険しい山まで女を連れて無事に逃げて、今後の交渉材料にするなどというのは無茶だぞ」
「…………フフ……
俺がここに来た意味を成すには、もう、コイツを連れて帰るしかねぇ。
王を暗殺できなかった俺はリンチに合うのは必至だからな。手土産が要るんだよ…それに…
良い女は、嫌いじゃない…」
そこまで聞いたときだった。
ぽた…
姫は、お泣きあそばされていた。
「…………フフ…」
角はそのことに何の関心も示さず、むしろ楽しみ、少し笑った。
ぽた…ぽた…
姫はただ1点を見つめて、頬に1筋の涙を伝わせていた。
私は姫の見つめる先を見てみた。
姫の視線の先は、父親だった。
父親は玉座から立ち上がっていて、壇上の手すりを両手でつかみ、身を乗り出すように姫の方向をじっと見つめていた。動揺や焦りもあるように感じられたが、じっと耐えている様にも見えた。見極めている…いや、期を待っているようにも、見えた。
と、その時だった。
「キィィィィィィィィィィィィ――――キュ―――――――――――――」
甲高い、響く音が聞こえた。
姫の声だった。




