二
「あ。ハイ」
キィィ…
少し重い廷の戸を開けて私は外に出た。戸のすぐ傍で角は立っており、私を見つけるとうやうやしく揖礼をした。私も揖礼を返した。
「あ。十分休まれましたか? お食事は?」
「いえいえ、もう、十分ですよ。おもてなしをありがとうございます。いえね、早く自分の考えを聞いて頂きたいと胸が高鳴って、休んでいる余裕が生まれないのです。楽しみすぎて…はは…」
「すごいですね! 僕は試験も、人前で何かをしようとするのも、勇気がいるので…こういう場だと逃げ出しちゃう派で。アハ…」
「…いえ。嬌太宰はそう思い込んでいるだけなのですよ。きっと何かを成されています。お気付きになっておられないだけです」
そう言うと角は残念そうにため息をつきながら次の言葉を紡いだ。
「…この言葉を、あの年下の彼にも上手く伝えられていたら良かった」
「え。もう1人の方がどうかなさったんですか?」
「いえ……美しい着物を来た時に、『この様な立派な着物をスッと用意出来る国王の御前で本当に自分は喋られるのか』『もし失敗したら』と急に臆病風に吹かれたようで…それで、出て行かれてしまいました」
「えっ……そう、ですかー…」
「はい。誠に残念です。私も挑戦してみなさいと説き伏せたのですがね…
………あの…
それで、ですね。もう、私1人しか遊説家がいないことをお伝えし、もし国王陛下をお待たせしてしまっていたら、ほら、先程も申し上げました通り、私は時間など無い方が宜しいわけでして。それで時間を繰り上げて、すぐにでも謁見の場を作っていただいても…と思いまして。はい。ご都合が宜しければ、ですが」
「え。あ。えっと…」
突然の出来事が重なり、私は少し混乱した。
高目の壇上にある玉座を振り返った。
すると王宮に誰もいなくて静かだったためか、私たちの話し声は玉座まで届いていたようで、私の方へ小さくうなずいてくれた。そうして手を軽く2、3度こまねいた。
入らせろ、という意味にとった私は、角を中に入れた。
壇上にいた姫はいつの間にか玉座正面の階段下に降りて来ていた。
「…いつも以上に派手で綺麗な冠とか衣裳とか、さっきから普段の態度と違うんでもうツッコみませんけどね。下りるのは姫様だけですか? お客人ですけれども?」
そう、私は不思議に思って…
……うん?
えぇ……あぁ、なるほど、知らないコもいたかね。すまない、すまない。
王が人と対峙する際、賓主の作法に従うのか、君臣の作法に従うのかで場所が微妙に違うんだよ。詳しく言うと、『賓主の礼』、『君臣の礼』というけども。
『君子、南面す』という言葉を聞いたことがあるだろう? 君臣の礼…つまり君主と臣下の立場で対峙する際は、君主…あぁ、その国で1番偉い方だね。『王』。王は南を向いていなければならない。つまり、北に座り、南に仕えている人を位置させて、南を向いて喋らなければならない。だから、王に仕えている『臣下』を集めて朝議(会議)や儀式など重要な行事をする場所は北に玉座を設置しているんだよ。
対して、賓主の礼の場合…つまり、お客と主人の関係だね。その場合は、西、北、南、東、の順に上座になっているから、もてなす側の主人は1番格の低い下座の『東』に、お迎えしたお客は1番格の高い上座の『西』に座るんだよ。
…で、今回は、別にお仕えしている人でもないんだから、お客として扱って、賓主の作法でお迎えしないのか、とこう、不思議に思ったんだね、当時の私は。
まぁ、王はその時壇上にいたし、臣下たる私と話していたし、急にいらした遊説家でこちらが招いた迎賓の方ではなかったし、お客人の席をまだ作っていなかったし……更に向こうがが急かしていたこともあったから、忙しかったという理由でそのままでも許してくださるかと、私は王にそれ以上言わなかった。
…まぁ、これで宜しいかな?
それでだ。
私は角にお迎えする用意をしていなかったのでそのままでも宜しいかと尋ね、廷の中に招き入れた。
角は中に入ると靴を脱ぎ、両手を組んで両ひざをつき、頭を深く下げて2回組んだ腕の間を上下させた。『再拝稽首』という、最上の挨拶の仕方だ。
そのあと体を直したが、相変わらず靴は脱いだままで、目線を合わせないよう少し下を向いて立っていた。
きちんとした場で、なおかつ、王の御前であれば靴を脱ぐものだと聞いたことはあったが(皇帝の前でするものであるが、桃源郷の風習上、4つの国の王を4人の皇帝がいるとみなして行うこともある)、遊説をする状況でこの行為をするとは…当時は、――ものすごく礼儀正しい方なんだな――という印象を受けた。
ところが、それを見ても玉座の方では何の動きもなく相変わらず座り続け、あげくの果てには私を玉座の階段下まで呼びつけた。
当時、王の言葉を伝えるのも私の役目だった。それで呼ばれたのだが…
「えっ…でも、ハイ……失礼なことをして……僕、あの人かわいそうですよぅ……
んっ、えぇ、分かりました…お伝えします…
あの、王さん」
私は角の近くへ走って戻った。
「ハイ、何でございましょう」
「あの…申し訳ないのですが……我らが王は、『気分が変わったので採用はしない。帰って頂きたい』と申しております…」
「………何と……」
「いえ…本当に申し訳ないです、急に……」
「……それではせめて、私の書いた本を献上いたします。是非、読んで頂ければ、お気持ちも変わるでしょう」
「…えっと……」
「ふところに忍ばせております。玉座の階段下まで持って行ってよろしいでしょうか」
「あ、僕が……」
「いえ、せめて、自分で運ばせてください。気になるなら、先行してください、後ろより着いて参ります」
「あ…じゃあ……」
そうして、何とも馬鹿な私は王の近くまで角を先導してしまった。
あと少しで玉座。階段下にいる姫の横を通り過ぎようとした瞬間。
ドォンッ!
バダ――ンッッ!!!
「太宰殿、そいつは危険だ、離れろっ!」
いきなり廷の扉が乱暴に開けられ、大勢の国民がクワだのカマだの何だの持って大量になだれ込んできた。
大声を出して入って来た先頭は、着物の肩の所をボロボロにした能だった。




