一
*
*
*
西境国 の話(二)
*
*
*
さて。
それでだ。
私は浴場の入り口に着物を入れた籠を置き、謁見の場までゆっくり戻った。
謁見の場に王が着くまでにメモを取ったり出来るように色々整えていた。…その他、簡単に掃除したりね。
そうこうしているうちに、いつの間にか姫が、王の住まう宮とつながる通路からお顔をちょっとのぞかせてこちらを伺っていらっしゃることに気が付いた。まだ約束の1時辰は経っていなかったが、「入ってよろしいですよ」と伝えたところ、姫はピャッと小動物のように顔をお引きになり、通路の奥へと一瞬お戻りになった。そして、次にお出ましになった時には、両手で、大きく美しい男性の左手を壇上のソデから引いていらっしゃった。
姫様の父上。現西境王、厳密には第10代目西境国、国王。御名は『淼』、『果てしなく広い水面』の意味を持つ。字は『滉永』。『滉』は『広く深い(水)』の意味を、『永』は『長く続く世』の意味を持つ。
[[rb:冕 > べん]](王の付ける冠)の影や[[rb:旒 > たれ]](冠に付いているスダレ状の装飾)で表情は余り良く見えなかったが、今までになく嬉しそうにしていたと思う。姫に手を引かれゆっくり歩いて来ると、玉座に腰を下ろした。
衣装はきちんと冕服(礼服の一種で重要儀式などに用いられる天子たる『王』の特別衣装。『天』を意味する黒(青)を上の生地に使い、『地』を意味する黄色(赤の場合もある)の生地を下の生地に使った上衣に、スカート状の着物である下裳を着け、なおかつ、『日』、『月』、『星辰(星座。北斗七星など)』、『山』、『龍』、『華蟲(雉)』、『宗彝(酒器などの儀式用の器)』、『藻』、『火』、『粉米(白米を花の形に並べた形)』、『斧』、『黻(二つの弓が背を向けている図)』の12の模様を衣裳の決められた位置に装飾した服)を着ていた。
私は少し驚いた。
「何か重大なことがあるんですか?」
そう尋ねたが、何も答えず。金や銀の糸で彩られた龍の付いた左ソデを少し上げ、その左腕に両腕を絡ませ、頭を傾けて幸せそうにしている姫の頭をなでた。
…と、その時だった。
「失礼いたします。王 角です。嬌太宰は、もう、いらしておいででしょうか…?」
まだ早いが、お客人の声がした。




