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十一




「あ~。俺はオツカエしてない人だよ。こっちのコがそう」


 そう言って游さんは背後にいた私の背中を押して前に出した。


「あのっ! 僕太宰(たいさい)太保(たいほ)をしている、(きょう)と申しますっ!」


 私がそう言うと、『(おう) (かく)』だと言った者はまたもや拱手(きょうしゅ)をしつつ、私へ頭を下げた。


「あ。お噂は耳に致しました。最年少で採用なされた利発なお方だと…あぁ、えぇ、まぁ…何と申しますか、こんな年上の私が頭を下げると妙な気持ちがするかもしれませんが、礼儀ですので…お許し願いたいです」


 人の名誉感をちょこちょことくすぐり快感にさせるのが上手い男だったよ。


 私は得意になってしまった。


 …良くないね。


「えへへ…」


 私も彼に拱手と礼を備えた揖礼(ゆうれい)を返した。一応、きちんと『揖礼(ゆうれい)』(腕を組んで頭を軽く下げる、普段の挨拶)の形式を取っていたが、悦に入ってしまった私はもう少しで『拝礼(はいれい)』(腕を組んで頭を深く下げる、皇帝や国王など世界の頂に位置する者に対し行う最敬礼)までいきそうだったよ。


 その直後、游さんは王という男と能を1度ずつ眺めた後、私、能、能の母君の方け向き直り、言葉早やに言い放ち、どこかへ走って行こうとした。


 またもや私は慌てた。


「じゃー俺はココで」


「あっ! ドコ行くんですかッ! 僕1人に任せる気ですかっ!?」


「えー。元々門までのつもりだったんだー、俺。宮殿内の案内くらい()ーちゃん1人で出来るよ。俺は門前(ここ)でもういいでしょ。やること多いんだ」


「えーっ!!! ちょっっ…! 無責任なことしないでくださいよ!」


「ハイハイ。じゃぁね~、()ーちゃん太保(たいほ)~」


 そう言って手を振りつつ、游さんは駆け出して行ってしまった。


 背が高い癖にある程度速かったから、彼が門につながっている壁を沿うように走って曲がって消えるのもあっという間だった。


 私には3人の異邦人が残された。 


「うぅっ……」



「大丈夫ですか、(きょう)太宰(たいさい)殿」


「あの、あたし達、大変なら、もう、このままでいいですから。服や見た目で判断されるようなら、やっぱり採用なんてもう難しいと思いますので…」


「あぁ、(わたくし)でしたらそちらの方々の後で良いので。ここで本でも読んで待っております」



「うー……ダ、イ、ジョ、ウ、ブ。やってやります! 皆さん、付いて来てくださいっ!」


 お客人に心配をされるなんて、私は太保(たいほ)失格だ。


 そう自身に言い聞かせ、勢いを付けると、私は3人を慌ただしく案内した。慣れていなかったので手際はすこぶる悪かったと思う。



 今、旧西境国(さいきょうこく)宮殿は、広く、大きく…中には様々な(きゅう)(居住するために住める建物)や(てい)(政治や裁判を行う建物)、院(官庁、役所、軍など、専門の業務を担う建物)などがあるね。まるで1つの町のように…


 …うん、先程も言ったが、君らも見たことがあるだろう。…うんうん……ハッハ! そりゃあ、そうだ。立ち入りは昔と変わらず出入り自由だし、何も珍しいモンじゃあないから、わざわざ観光して回る、なんてことはしないよねぇ。なるほど、なるほど。


 …じゃあ、まぁ、今の10分の1程もなかったと思ってくれたまえよ。王族が住まう用の宮、妻たちの宮(一夫多妻制のため、王の妻達が住む宮)、客人をもてなす宮、趣味や休憩のための離宮(離れ)、倉庫代わりの院、朝議(ちょうぎ)(会議)や儀式などをするための廷…うぅん、今思い付くのはそれくらいかな。また話の流れで必要にかられ思い出したら言おう。重ねて言うが、どれもそれほど規模の大きな施設ではなかったと思うよ。私にとっては大きかったけどね。


 それで、その頃は王族の居住区以外の後宮に誰も住んでいなかったから、そこを開放していてね。そこのどこでも住んで良かったし、大きな美しい浴場や、広い台所、美しい庭など、中の施設も、その頃から自由に使って良かった。季節に応じた行事があるときは昔からにぎやかだったよ。


 あぁ、そう。そう。…話が少しずれたけれども、客人用の宮も後宮同様、自由に部屋も施設も使って良かった。…まぁ、もしその宮の部屋が国民で全て埋まってしまっていても、こぉの通りの、西境国民の性格だ。お客人のために部屋を喜んで綺麗にして明け渡した。だから問題はほとんど起こらなかった。



 あぁ。それでだね。


 話を戻すと。



 私は、(おう) (かく)には西境王(さいきょうおう)を謁見できる広間まで呼んで来るので、それまで自由に休んでいてください、と、客人用の宮で日当たりの良い1部屋へ通した。そして、この宮内を自由に動き回っても良いが、『個室』と書かれている所など、札や看板のある部屋や区画には行かないでほしいと付け加えた。


 そうしておいて、能には客人の宮の1部屋に案内するのに加え、施設の1つである大きな浴場を教え、後から着物を届けるから、と伝えた。



 それから私は、王へ、客人3名のそれぞれの状況を伝えに走って行った。



 王の機嫌をとって、王の(べん)大夫(たいふ)(地方の大臣)以上の地位の者が着けることを許される冠の一種。スダレの様な(たれ)が付いている。なお、皇帝は(たれ)が前後12筋ずつ計24旒と決まっている。重要な儀式や場所にのみ用いられる)の用意をして…


 そうして少ししてから、私は能の着物を用意した。


 ――スラリとした(のう)さんに似合うのは何色だろうか――そんな幼稚な考えばかりが頭をよぎって、それはもう、浮き立っていたよ。



 他の国もそうだが、国にはそれぞれ、自国を象徴する色というものがある。東境国(とうきょうこく)では青。南境国(なんきょうこく)では橙。北境国(ほっきょうこく)では黒。ここ、西境国(さいきょうこく)では緑が自国象徴の色だった。


 私は能に西境国(じぶんのくに)の色を着てほしかった。


 彼を気に入っていたからね。


 ずっとこの国にいてもらいたかった。


 それを暗に伝えようと思った。似合いもするだろうとも、思っていた。

 


 え? あぁ、もちろん、昔も、冠婚葬祭での赤や白、緑の帽子は離婚の象徴、など、時・場合・意味を考えて色を身に着けるということは変わらないよ。普段着でも、自国の色を取り入れた服装をわざわざしている人はいなかったし。…王の前や朝議で着るべき服装も昔から決まっていたよ。今回は朝議に匹敵する重要な時間を過ごすのだから、それなりの衣装を渡さないといけなかった。


 しかしそれを踏まえていても、幼い私は緑の着物を着てほしかった。


 ところが自国の色ばかりでは押しつけがましい…そうも感じた。


 そこで、私は黒の長い羽織りや深緑宝石(シェンリューパオシー)色(暗めの深緑色)の生地に赤青白の線で花をあしらった着物を選んで楽しく廊下を急いだ。もちろん、能の母君の分も、そこそこ上等な絹で出来た果緑(クオリュー)色(果実が青い時の色)の着物を用意したよ。母君の下着はさすがに、姫に用意を手伝って頂いたが。



 息を切らしながらも嬉し気な表情を崩さず浴場の前まで来た私は、『個人で使用中。しばらくお待ちください』の札が浴場の入り口にかかっているのを見つけた。


 そうして、中に声をかけようとすると。



「母さーん? いるか? 頼むよ!」


「ハイハイ。今行くから」



 そのような大きな呼び声とそれに応ずる声が聞こえて、今発そうとした声を飲み込んでしまった。


 ――僕より年上なのにな。一緒にお母さんとオフロ入るの? ――そのように不思議に思ったことだ。


 まぁ、この疑問はこの後解けたがね。


 …ここにいる諸君は当然知っているだろうから、今はもう、言わないでおくよ。



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