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「……ん…? 漢字はどのような物でしょうか?」


「女ヘンの『(きょう)』に、色の『紫』と、美しい(ぎょく)の意味の『瑛』で、『紫瑛(しえい)』です。(あざな)は、色の『紫』に、咲く花の『花』です…」


「………ん……いえ、美しい漢字を持つお名前だろうと思ったのですが()が思い付かず、失礼ながらお聞きしました。無学で申し訳ありません」


「いえ!」


 優しい能はそれ以上聞いて来なかった。



 …教えておこう。(あざな)は本名と関連付けて名付ける場合、兄弟がいれば何番目に当たるかを示して名付ける場合、この2つが多い。


 その他の理由で付けることもまぁあるが、それは珍しい。


 その知識を基礎に、能は私の本名と(あざな)に関連付けが薄いことに考えを巡らせたのだろう。…どこからか、私が太宰(たいさい)太保(たいほ)となってまだ日が浅いこと、功績もないこと、など、色々一般的に出回っている私の情報を耳に入れていたのかもしれない。それで思ったのだろう。名前関連でも功績でもない、(あざな)の『花』はどこから来たのか、どの様な意味を含んでいるのか、とね…



 しかし、何かに気付いても、能はそれ以上私に聞こうとはしなかった。優しかったのだ。


 そして、『幼かった』私も、能の言動にあまり疑問を持たなかった。



 …まぁ、この話は、今の話とは関係ないね、飛ばそうか。



 そうしていると、しばらくして父君や時間の空いた男性陣を連れた(ほう)が戻って来たので姫を託し、我々は宮殿へ向かった。


 道中、游さんと能はずっと話していた。私は能の母君の持っている荷物を持つのを手伝いながら2人の背中を追い、話に聞き耳をたてていた。


「中入ったら風呂入ってきなよ。あれね。あそこの休火山。えーと『眠龍山(みんりゅうざん)』。温泉源、沢山あるじゃん。この国にも幾つかあってね。宮殿に近い所にもあったから、引いて来てるんだ。大きい風呂だから温泉気分で入れるよ。誰か来るのイヤだったら『個人使用中』の札かけておけば大丈夫だから。


 あと、テキトーに服ももらって着替えれば? ()ーちゃん、この間誰か着たい人にあげてくれって着物屋さんが置いてったでしょ。あれ、見つくろって能ちゃんにあげてよ。…あ、汚れたのは外のカゴに出しといてもらえれば、洗濯屋さんが洗って元のカゴに返してくれるよ。今日出して明日返ってくるってのは、なかなかないけどねー」


「…いやいや…西境国(さいきょうこく)がどういう国なのかまだよく分かってないんだが、『王宮』なのだろう? 私は一族でも仕えている者でもなく、ましてや国民でもない。無理だろう、そんな振る舞いは」


「え。みんなやってるけどー…洗濯屋のおばちゃん達は働けるから嬉しがってるよ?」


「ッいや、だから! 洗濯屋はこの際、もう、いい! 風呂とか服とかはマズイだろ! 宮殿内の物だろう!」


「大丈ビ大丈ビ。


 あのね。宮殿(あそこ)は、個人の物や部屋以外、基本は自由に入ってもいいし、使ってもいいし、もらっていいし。何なら住んでもいいの。『王族が住んでる』ってーも、王と姫しかいないんだから。使ってない部屋なんていっぱいあるんだよ。あるのに使わないのなんて損じゃん。


 …あー、でもねー…やっぱり自分の家持つのが1番落ち着くみたいで、みんなすぐ出て行くよ。好きな土地見つけて周りに頼めば、家作るの手伝ってくれるしね」


「……」


「あぁ、そういやぁ、()ーちゃんが仕事してる部屋が最近できたっけ。そこも一応個人部屋の1つだってことにしてあるけど…うーん…でも実質は『個人』じゃなくて『役所』みたいな感じかなァ…何て言ったらしっくりくるんだろ」


「…いや私に聞かれても。西境王(さいきょうおう)が何もおっしゃっておられないのならば、それで良いのではないか? おかしいとは思うが」


「そうだねェ。あ。そうだ。君も住めば? ()ーちゃんの隣りの部屋にでも。あれ、掛けておいて。名前だか、ナントカ室だか、ナントカ部屋だか。木の板にでも書いて」


「……全く。何て国だ。…それで本当に国民は約束を守って入って来ないのか」


「うん。()ーちゃんが『読書中!』って書いたの掛けてたら、静かにもしてくれてたよー。あ。小夢は一応王族の住まう居住区にいるっけ…」


「………」


「あそこも別に入っていいんだけどね。色々、昔の物の部屋だの先代のコレクションの部屋だの何だの…物がモノで汚かったり山積みになって危険だったりで小夢は恥ずかしくて慣れた人以外来てほしくないみたい。だから俺が『ここから一応王族居住区。用のある人は横の鐘を鳴らしてね』、の看板を書いて立てといてあげたよ。これでまァ、個人宅になった感じだから、汚いトコ見られないかなーと思って。小夢もねぇ、自分の部屋の掃除は仕上げられるけど、なかなか。他の部屋はねぇ。物、多いから。時間かけてやってくみたい」


「…! ッお前、姫…いや、王族の部屋にまで入ったのか! それに…掃除? ご自身でなされるのか? 使用人は?」


「使用人なんて誰もいないよ。基本使った人が掃除してくんだけど、暇な人が来てやってるときもあるよ? あ~…整備とか修理も暇な人がしてるね。後は、ボランティア風味で楽しみでやってくれる人とか。ホラ。いるでしょ。メイド服好きだとか執事に憧れてだとか。何か、好きでやってる人。そーいう人。あとは…アレかな。小夢のファン? みたいな人が関わりたくてやって来るよ? いーよねー。俺もファンほしーなー」


「おまっ……えぇ?」


「知ってる? 東境国(とうきょうこく)(まれ)~にいるよ?『メイド』とか『執事』とか」


「いや、それは…置いておいて……」


「能ちゃんも『王女は(ぎょく)みたい』って言ってたじゃん? 遊説に失敗して職にあぶれたらさー、ファンの人と小夢の執事やればー? ハッハハ!」


「不吉なことを…! あぶれてなるものか! 絶対説き伏せてみせる!」


「おーその意気その意気! 大丈夫、絶対上手くいくよ!」


「そうか。…ありがとう」


「あ。もし執事になっても窓の(そば)は行かない方がいいよ。こないだ洗ったパンティ干してて怒られたから」


「…! …!! …!!! お~ま~え~…ッ…一体何なんだ、お前はッ! いくら天人の様な国民性とはいえ、お前は特にずうずうし過ぎるぞッ! 王族の居住区に遠慮なく出入りしているようだし、そそ、それにッ…何妙齢の女性の部屋に入って下着を見てるんだ! 犯罪スレスレじゃないか!」


「え~? 俺すぐ外出たからほぼ見てないよ。何かガタガタ(おと)したから、高い所の物取ってるのかなーと思って。で、戸開けたら怒られたの。ちゃんと『開けるよー』っつったし犯罪じゃないモン。


 あ~ん…俺ねぇ、テキトーだから時々そーゆーハプニングあるんだよ。何かねー、歩いてて気になったら入っちゃうんだよー。でもまーいーじゃん。入った所で何か用ができたりするし。発見もあるし。あ、そうだ。小夢に怒られたときにね、『女性はショーツっていう人もいる』って教わった。いい話でしょ。俺、勉強になった。エヘ」


「……オマエ…私が王だったら極刑にしてるからな……」


「ぷぇ~…………ん?」


 丁度、王宮の幾つかある門の内、1番近い門の前まで来た時だった。


 游さんが楽しそうな声を疑問も感じる声に変えて歩みを止めた。


 どうしたのかと能の背中の影から出て2人の視線の先を見てみると、誰か『先客』が見えた。『先客』は能に似た衣服を身にまとっていた。つまり、北境国(ほっきょうこく)の国民が王に謁見を願うときのような、きちんとした格好だ。能ほど汚れてもいないし、年も能より年上に見えたので、パッと見、偉い先生か学者が来たのかと思った。


 優しそうな、柔らかい微笑み。博識を思わせる顔の作り。しかし痩せすぎている体つきではなく、良い具合に肉が付いている。荷物も足許に置いてあったが、本ばかりのようだった。


 この人を雇えば、この国は今よりもっと良い国になる、そんな気持ちを思わせる雰囲気をかもし出していた。


「………」


 目の先の『先客』は拱手(きょうしゅ)をしつつ頭を下げ、ゆっくりと直った。


「失礼いたします。(わたくし)北境国(ほっきょうこく)より遊説に参った『(おう) (かく)』と申します。市街でお尋ねした所、王がご帰還なされるまでこちらで待つと良い、とお聞きしたので待たせてもらっています。…市街の方からは勝手に入って良い、とお聞きしたのですが、何とも、初めてのことですし…自国で王の居所に許可なく入る、ということはなかったので…不審者ではございませんので、ご安心を。…こちらでお仕えしておられる方々ですか?」




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