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 確かに。


 姫が差し出した菓子を指ごとくわえたのは(のう)だから、それできっと指をくわえるのは良いことだと、そう覚えてしまわれたのだろう。


 私は納得した。


 私の表情を見て仰暁(こうぎょう)は自身の腰に両手を構え、ニヤニヤした、しかし少し怒っているかのような表情で能を見た。


「ほほぉ、貴公ですか、純粋な()ーさんにあんな行為を教え込んだのは」


「いいえ! 教えていません! 私はただ姫の手ずから菓子を賜った際に少し…少し、指に唇が触れただけでっ…それ以上のことはしておりません!」


 その能の言葉に、後方から「ウソつけー!」とヤジが飛んできた。能は後ろをキッとにらんで、また前を向くと仰暁と視線を交えた。


 そこで、なぜか(こう)が慌てた様子で能の前に立った。


「相手と場所を選べということを教えていなかったたけで、あれ自体はそれ程怪しい行為ではないと思うぞ! 責めるのは間違ってる!」


「え…貴方が私を庇うとは…」


 驚く能に、煌は少し頬を紅くして俯いた。


「…庇うというか…そうだったかというか…間違ってない。うん。間違ってはないと思うからこそ! だからこそ俺はお前を庇う! 間違ってないぞ、能!」


 何故か頬が赤いまま能の両肩をたたいた煌は、能の驚いた表情を見た後、ため息をついて片手を額に当て、スッと離れた。


「……あ、あぁ、ど、どうも……


 今さらですが、貴方が良い人物だと実感しました。



 …あの、それでなのですが、私は姫君にあのような行為は教えていないのです。


 勘違いだと思われますが、そうさせてしまった責任は私にあります。


 どうにか、責任を取って矯正します、他国の王に失礼をいたしました」


 謝る能に対し、仰暁はニヤニヤした表情をやめずに能の瞳を注視し、意外な言葉をつづった。


「いえいえ。やるじゃないですか。


 カワイイのにみだらな感じ。スゴク、いいですよ。スゴク。そそります。


 できれば私がお教えしたかったですな。それはもう、実演も兼ねて」


 ニヤリ。


 仰暁がいつもの表情をしながら笑った時だろうか。


「あっ…!」


 (けい)が急に驚いた声を上げたので、私も、他の皆も、能と仰暁の方を見るのを一旦やめて、慧たちの方を見た。


 姫がくわえていた慧の指をパッと放す瞬間だった。おかしかったことには、慧は少し残念そうな表情をしてことだよ、ハァッハッハ! いやぁ、気持ちは、今となっちゃあ良く分かるがねぇ!


 姫は慧の指を吐き出された後、慧の顔を見ることもなく、私の目の前を走り過ぎて、廷の外周りの廊下へと階段を上がられた。そして仰暁と対峙している能の前にいらっしゃると、片手に持っておられる黒い背子(はいし)を能に差し出された。


「みっ!」


 短い一声に加えて、首を少し傾けてニコッと微笑まれた。


「えっ…あ、あぁ、すいません、出来たんですか、早いですね…」


 能がドギマギして答えると、姫は背子を両手でバサァッと広げられた。遠目に緑と銀で刺繍がなされていたと分かるエリは、上に薄い黒の布で覆われていた。意外と丁寧に出来ているのを見て、――そうか、普段から姫様は(ゆう)さんの服を(つくろ)われてるから上手いんだなぁ――と感心したもんだよ。


 能に背子を見せた姫は、しばらく能の表情を首をかしげたまま見つめておられた。


 能はその表情を見てハッとすると、姫へと声を掛けた。


「あ。綺麗に出来てますね、感動しました。とても驚きました、ありがとうございます。


 ではすいません、頂きます。そのまま持っていてください」


 能はそう言って背子の首の辺りを噛もうと顔を近付けた。


 しかし…


「みゅっ!」


 姫はヒラリとその背子をひったくるように両手で抱き締められた。


「え…くださらないんですか。気に入られたのでしたら差し上げますが」


 能が不思議そうにしながら前かがみの体勢を元に戻した時。


「キュ?」


 姫はまたバサリと背子を広げ、無表情で首をかしげると、能の後ろへ回られた。


「え…あー…それくらい自分で着れますが…」


「みっ!」


 能の言葉を無視するように姫は短くおっしゃられた。


 そして私の視線と姫の視線がぶつかると、姫は私へ片手を振られた。そうして、手話でいくつか言葉を伝えてこられた。私は慌てて通訳した。


「能さん! 姫様が『着てもらうまでが仕事』って! 『仕立て屋さんはいつも着せてくれるもの』って! 『今日は仕立て屋さんだから私も同じことやるの』って! そう言ってます!」


 それを聞くと、能は周囲を見回した後、さも仕方ないといった様子でため息をつきながら返答した。…でも、『さも』『仕方ない』といった態度を装っていただけだということは、姫以外の人間には良く分かったと思う。眉間にシワを寄せている割には、頬が赤かったからねぇ…


「…姫のマネ好きにも困ったものだ…ではすいませんが、お願いします」


 その言葉を聞くと、姫は軽く一瞬微笑まれ、能の後ろから背子を彼の肩に掛けてやった。それから、能の目の前に回ってまるで優しく抱き締める様に彼の体に自身の体を密着させて両のソデを通された。


 …これも分かっていると思うんだけどね…


 ものっすごくキっツい視線が能の背後の2方向から…私はもう、あぁ、能は後で殺されるに違いないと思ってハラハラしたよ。特に、あのカチカチ音は、いつもより大きくて…もうあと数秒で命が終わるとしか聞こえない音だったよ…能はよくあの2人の前で平然として服を着れたね…あー…気が付かない位、姫のことに夢中になっていたのかもしれないねぇ…


 そんな中。


 もう、1名…


 あぁ、面倒なのが……


「仰暁っ! 『歯輪(しりん)』を出しなさいっ!」


「ハッ!」


 いつになく冷たい表情と真っ青な顔色でこちらへ速足に歩いてくる元雇い主。その声を聞いて即座に馬まで走り、言われた物品を取って来て、手元で作業を加えてから手渡すその部下。右手でそれを受け取る『白眉』の男。ニヤリと笑う妖艶な雰囲気の男。


 ……


 私は本気で――しまった!――と思ったよ…


 動けなかった。


 慧は姫にくわえられた左手の薬指と中指を自身の唇でぬぐうように触れると、その左手で先程仰暁から受け取った細長い物品を廷の廊下にいる能へ向けた。慧は階段下の庭にいたが、能は階段を上がった廷の廊下の先にいて、そこに遮蔽物は見当たらなかった。…姫以外は。


「失礼します。名前も素性も知らないアナタ。突然ですが今から死んでください。夢ーさん、どいてくださいませんか、この距離で外すことはありませんが、一応、こちらに、どうぞ」


 慧の左手に構えられた細長い物品。


 今で言うところの、『ホイールロック式装填銃(そうてんじゅう)』。


 東境国(とうきょうこく)の最先端技術で作られた武器だ。


 またヤバンな物を出して来て…



 …ん?


 銃だよ?


 火縄銃に似てる見た目の。


 当時慧が持っていた物はあれより銃身が短かったけどね。


 …あぁ。あのね。


 『歯輪(しりん)』は『歯車』、つまり『ホイール』という意味だということは知っているね。『ホイールロック式』というのは、点火方式がライターに似た構造の物をいうんだよ。弾丸の込め方は火縄銃と変わらないんだけどね、火縄じゃなくて鋼の歯車を回転させてその火花で火薬部分に火を点けるんだよ。不発率は低かったね、当時にしては。そして、高価な物だった。見た目も装飾が施されていて、カッコ良かったよ。平和になった今では銃自体ないから分からないと思うけど…あぁ、猟の仕事をする人が使っているのや、競技なんかで見たことあるの。そう。なら形状は説明しなくて良いね。


 元元精密な構造で限られた技術者しか作れない物だったから高価だったこともあるんだけど、その銃自体を製造する材料も、火薬の材料も、北境国(ほっきょうこく)に比べて他国では少なかったから。全くない、というわけではないんだよ、一応ごく少量であれば採掘できたんだけどね。ごく、少量ね。だからあまり作られていなくって。それで高価だったってこともあるんだ。


 当時、銃といえば火縄銃でね。しかも、使用している人は少なかった。先程も言ったけれども、作るための材料も、火薬の原材料も北境国以外では稀少でね。高価だった。猟師、狩人と呼ばれる人人でさえも普段は弓で、音を出す必要があるときや弓の有効射程外に危険生物がいたとき、若しくは弓での貫通が困難な場合などのごく必要な事態でしか使用していなかった。


 …慧くらいだろうね、そんな高価な物で遊んでいたのは。だからその当時、もし銃の命中率を四境(しきょう)(東、南、西、北、全ての国を総称した呼び方)全土で競わせたなら、おそらく、彼の右に出る者はいなかっただろうね。右に出る者どころか、並ぶことも許されない程だったと思うよ? 猟師たちですら、そう思っていたんだから…


 …ハァァ……


 …ねぇ?


 とんでもない王様でしょう?


 …過去、その王様にお仕えしていたんだよ、私は。



 …ハァ…



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