四
その日。
姫のお召し物は、寒かったからか、春緑色(白に近い、極薄い緑色)の袷(裏地が付いており、綿も入っている上着。長めの羽織り)を羽織っておられ、玉石藍色(薄めの藍色)の裙(スカート)の上に深毛月色(くすんだ紺色)の、1枚布から出来た深衣(上下の分かれていない着物の一種。衽と呼ばれる、外側にくるエリの下からスソにかけての部分が長く三角形をしていて、その部分を腰に巻き付けた上で帯を締める物。紫瑛の着ている深衣とは同種であるが、姫の方が巻き付け部分が長く、体を1周出来る程ある)であられた。
そして…
両腕で、たたまれた黒い着物を抱えておられたねぇ…
「みゃみぃっ!」
慧の所まで一目散に走って行った姫は、慧の目の前でキキィッと止まるが早いか、最高の笑顔をお見せになった。走って来られたからだろうか、肩で息をしておられて、寒いはずなのに頬が赤くなっておられ、温かい息は少しだけ白く濁っておられた。
久しぶりに会えて嬉しかったんだろうね。
…恋愛感情とは、おそらく関係なく…
しかし、慧は、そうはとらえなかったようでね。
少しずつ、頬に赤みが差していった。
「え…そ、そのぉ……
……
き…
来ました! …じゃ、なくて…
た…
……
『ただいま』!
元気でしたか?
ウフッ…」
いつも無表情で冷たい表情の慧が、頬を染め目を細めて幸せそうにニコッと笑うのを見て、長い付き合いの面面は気持ち悪そうにしていたよ。フフフ。
そんな中で。
チュッ!
慧は姫の片手を取り、その手の甲にキスをしていた。
「……!」
「!!!!!」
「!!!!!」
「!!!!!」
…お察しの通り。
私は驚いただけで済んだのだけれどもね。
後ろをゆっくり振り向いてみると…1名はそれまで仏頂面が笑顔になり気味が悪いと言って自身をさすっていた両腕を腕に食い込ませる程きつく握って相手をにらみつけ…1名は表情を暗くして腰の刀に手を掛けてカチカチと震え…1名は顔色を白くして目を見開いていた……ハァ……
「…西洋式の挨拶です。
取り入れてみました」
声が聞こえてきた方へ顔を向けると、顔を紅潮させた慧が優しく姫を見つめていた。
しばらくじっとキスされた手の甲を見ていた姫だったが、急に顔をお上げになり瞳を輝かせると、ご自身の右手で慧の左手を取られた。何かに気付かれたような、発見したような、そのような表情をされておられたよ。何を考えておられたのだろうね?
「みゃう!」
「あっ、今のは女性に対してす…」
パクッ!
「ひゃうっ!」
慧は煌に負けない程の速さで顔を真っ赤にし、普段絶対に出さないような妙な声を上げた。
……
…まぁ、仕方ないとは、思うよ…
姫が…慧の左手の薬指と中指をくわえておられたんだ、良く見たら…
「あっ…あっ…あの……えぇ…?」
上目使いでじっと慧を見詰めた後、姫は指をくわえたまま、ニッコリと微笑まれ、その後は口元をニコッとしたまま、ずっと慧を見上げておられた。…私には今だに分からないが、どうやら、これで良いのか反応を見ているようだったよ。
「あ、温めてくださってるんですか、2本だけ…?
そ、それとも、な、何か、ほ、他の、意図で…?
わた、私は…どうすれば良いのですか…?
そ、その…
もう温まりましたから! もう…あったかい…ですし…あっ…舌を…そんな…動かしたら、ちょっと…クるものがありますし…
…だからその!
もう!
ちょっ…
ど、どうしたんですか、いつの間に、こんな…!
あっ…う…
…ちょっ…と……こ、困り、ますぅ……誰が教えたんですかぁぁ……
知らないですよ、どうなっても! そんなことしてると…僕もオトコですんでぇぇ…! あくぅぅ……」
何も言わずニコニコしたまま指をくわえ続けている姫を見て、慧は真っ赤になったままひざまずく様に座り込んでしまった。
そこで。
そんな姫の姿を見て、珍しい人物が発言した。
「ほほーぅ…
これまでにない対応ですなー…これは…萌えます…クク……
さて。
どなたが夢ーさんにこんなことをお教えになられたのですかな?」
アゴに手を置いてニヤニヤと笑った後、仰暁は廷の廊下にいる人物らを階下から見上げた。
それを見て。
「あ。コイツですよ」
「えっ!?」
坦は能の背中を押し出した。




