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 東境国 の話(一)

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 あれはまだ、私が『幼かった』時で。


 そうだねぇ、いつ頃だろう。


 (こう)(ゆう)さんから翡翠(ひすい)の首飾りをもらって…元宵節(げんしょうせつ)(正月から数えて15日目。正月を過ぎて初めての満月の日のお祭)は終わっていたけれども、(たん)春竜節(しゅんりゅうせつ)(旧歴2月2日に行われる、水を操る龍を祀って雨を願い豊作を祈る祭り。新暦では3月になる)で行われる演奏の練習をよくしていたから…それくらいの頃の話だね。



 あの日は朝からとても寒くて。


 でも、私はそんな早朝から外に出ていなくてはならなかった。


 しかも、いつもよりもきちんとした頭で。


 …うん、いつも綺麗にはしてたんだけどねぇ。煌に選んでもらった髪をまとめるものなんかを使ったり。…あ。もらいはしなかったよ、いつ頃からか煌は姫以外に自作の装飾品をあげなくなったからね。


 ま。服装なんかはねぇ…そこらへん、西境国(さいきょうこく)は自由だったから…うん、王の游さんがあんなだからね。本当は私の服装もどうでも良かったらしいんだけど、私は当時、一生懸命だったし、偉そうに見せたかったからね。きちんと深衣(しんい)(上下に分かれていない、丈の長い着物の一種。役人が着る着物の場合は白い生地に黒いエリで、左右のエリが交差する形状の物)に黒い帽子などを色々合わせて…『コーディネート』というのかね? そうして身に着けていたよ。


 それで、その日は。


 特にきちんとね。


 役人らしく。


 偉い人物らしく。


 そうしないと、『あの人』は特に目ざといから…


 緇撮(しさつ)(髪を頭の上、後方で1つにまとめ、そのまとめた髪を長い1枚の布で巻いてくるんだ後、残った部分の布は垂らしておく状態)をした後、その上から役人らしい黒い帽子を被った。


 一応、この頭の状態でも帽子を落とさずに游さんを追い駆けるられるよう、紐を通してアゴの下でギュッと結んでいたんだがね。


 手に息をかけながら、正門を正面からにらめる位置にある(てい)(会議や儀式、裁判など公的に使用する建物)の外周りの廊下で立って待っていたよ。


 …そうしないと、機嫌が悪かった場合、ネチネチと言われるときがあるもんでね。


 なかなか来ないお客人に待ちくたびれてきた私は、廷の廊下と庭をつなぐ冷たい石の階段に腰を下ろした。


 ハァッハァッと手を温めていると、急に背中が温かくなった。


 驚いて後ろへ振り返ると、温かい白い毛が私の鼻先に当たった。


「おーおー、ご苦労なこったな。あんなヤツのために」


「…誰かを待っているのか、こんな寒い日の朝から…私が代わるから、少し中に入っていてはどうだ?」


「あー…そうか、今日は、『来る』日なんだね。…ということはまた、游ちゃんは忘れて畑に行ってるな…ハァッ…探して呼んで来てあげようか?」


 ウ~ルルルルルル…クルルル…


「あ。皆さん…


 じゃ、このフカフカはライラ? あったかぁ~い」


 いつの間にか、私の背後にはライラが座っていて、私の体を温めるように体を密着させていた。ライラの体の陰から、いつもの、坦と(のう)と煌が並んで立っているのが見えた。


 私が温かいライラを抱き締めて嬉しい声をあげると、ライラはその場に伏して、私の体の周りをその大きくて温かい体で囲った。温めてくれていたのだろう。頭が良くて優しい白虎だよ、今も昔も。


 坦も煌も普段通り。坦はその日、薄い茶色のデール(モンゴル衣装)に同じ色の(きん)を頭に鉢巻き状に巻いたいでたちで、煌は赤の(たん)(ひとえ)の着物。上下がつながっている着物で、平服)と黒の()(こん)()とも。ハカマのこと)と外套を着ただけの冠も帽子もない破天荒な状態でいた。長い髪は頭の上で1つにまとめ、宝石を通した組紐でしばって、まるで馬のしっぽのように背中へ垂らしていたけどね。能も足を使いやすくするために下を少し短く仕立てた寒色(かんしょく)上衣下裳(じょういかしょう)(上下の分かれた着物。上は着物だが下はエプロン状のスカート)に、軍用の()とブーツをはいて、高官らしい冠を着けていたが…


「あれ? 今日は能さん、いつもの黒い(さん)(ソデの長い羽織り)を着ていませんね。飽きちゃいましたか?」


 それを言った途端、能は三白眼(さんぱくがん)(目の白目の部分が黒目より多い状態。目の中の左右と上部、もしくは下部の3方向に白い色が見えることから)をぐっと見開いて、下唇を噛んで押し黙ってしまった。それを見て、坦は腕を組んで能を横目で冷ややかににらみ、煌は汗を一筋(ほお)に伝わらせた上で片手で刀をつかみ、カチカチカチと震わせた。


 坦は親指を能に向けると…


「…コイツな。あざといんだよ」


「なっ! 私はなにもあ…」


()ーちゃんに自分の服仕立て直させてるんだよ。ねー、ナニサマなんだろうねー、この丞相(じょうしょう)はねー! 自分の目上の、しかも王族に服直させるなんてねー!」


 坦は、イラッとした声をあげ、それに反論しようとする能の言葉をさえぎって私へ話し続けた。まるで告げ口をするような様子に見えた。…能は私の上司だったからね。部下の私の信頼を落とす報復をしてやろうと思ったんだと思う…坦は昔からそこらへんの人間心理をつくことは上手かったからねぇ。いやはや。


「何かねー! この丞相はねー! (さん)を羽織ってると風でエリがなびいてうっとうしいとかで、最近背子(はいし)(エリが真っすぐになっているソデのある羽織りの一種。(さん)には交差させるためエリが大きく作られているが背子にはない)をご購入されたんだけどねー! エリの装飾がちょっと派手だとか何とかでわっざわざ持って来てくれた仕立て屋さんにねー、同じ黒でもっと大人しいエリのないかって文句つけてたらねー、そこへねー、丁度夢ーちゃんが通りかかってねー。コトもあろうに、『エリ隠すだけだったら私がやったげるー、丁度游の着なくなった服処分してたから、黒いエリの探して来るのー』って言ってねー! 今直しててねー!! あー!!! ホント、ナニサマなんだオマエ!!! しかも夢ーちゃん、出来たら持って行くからここらで居てくれって言うし! 配達までさせてんじゃねーよ! あーっ! っタクッッ!!」


 私に報告してくる坦の、額に筋が見える程怒っている顔の横で、カチカチカチカチと小刻みな金属音をさせながら、暗い表情の煌も続いて話し始めた。


「…な、ななな、何かね。俺もその場に居合わせちゃって…今日もさぁ、夢ーさんに膝ついて挨拶してさぁ、手握ってもらってクラクラしてさぁ、坦に女子っぽい反応するなって言われてさぁ、そこまでいつも通りだったのに…向こうで話し声が聞こえるなぁって思って行ってみてから、そこからずっと、モヤモヤが止まらなくてさぁ…


 どどど、どうして、かなぁ…さっきから、能を見ると震えが止まらなくってぇ…何か、切る物ない…? 野菜でも、薪割りでも、今なら何でもスパスパいけちゃうから…」


「『肉』でよければ」


 坦はそのタイミングで能を煌の前へ押しやった。


 煌は鷹のような目でグッとにらみ、煌の怖さを知っている能は珍しく悲鳴をあげた。


「ぅのぁッッ!!!!!」


「あぁ、ゴメン。つい、いつものクセが…大丈夫、殺さないから、この国での殺生はなるべく控えとこうと思ってるから」


 ハッとした煌が能に謝っていると、横から坦がニヤついた表情でチャチャを入れた。


「でもぉ、必要なトキはぁ~?」


()る!」


 ニコリとして言い放つ煌に、能は真っ青になって目を見開いたままひきつった笑顔で煌に対峙した。


「あっ! 何言わせるんだよ! 違う、違うから」


 大笑いする坦に、少し慌てている煌。顔色の戻らない能を見れて、私はとても嬉しかったもんだよ。もうみんな仲良くなっている、とね。


 しばらくにぎやかなやりとりが続いて。私がライラの体で暖を取っていると、坦が能の肩に手を置いて、それまでの楽しい雰囲気から一変した、少し険しい表情と真剣な空気で彼へ顔を向けた。能はどうしたのかと不思議そうな表情をしていたよ。


「いいか。能」


 坦はため息交じりに語り始めた。


「『お偉いさん』の紫瑛をここまで待たせるヤツ。


 お前はたぶん、今日、初めてその『ヤツ』に会う。


 先に言っとく。


 アイツは…


 アイツはっ……


 ……


 ………このっ、()ーちゃんファンクラブの中で!


 最っっ強、最っっ悪のっ、刺客なんだぁぁっ! 気ぃ付けろっ!」


 坦の真剣な表情とは裏腹に、能は冷めた表情と態度で冷静に返答していたよ。


「…そのようなくくりに入れられても困る。入った覚えもない。その言葉、即撤回してもらいたい」


 真面目に返答する能に対し、坦はイライラした声を出した。


「いいから! 聞けっ!


 アイツはなっ!


 俺がこの世で1番警戒してるヤツなんだ!


 アイツに比べたらコイツ(煌)なんざ雑魚中の雑魚だ!


 今に分かるから!」


 そう言って坦は煌を指差した。


「え。俺…ザコだったんだ…」


 煌が涙目になって坦を見つめる中、能は少し困っていた。


「すまないが」


「あぁんっ!?」


「話が見えん」


「あ? ……あ、…あー……」


「一体、誰のことを言っている」


「あー、ごめんな。そうだったよな。えっと、まぁ、見た目から言うとアイツは…あ、いや、本業から言った方がいいのかな? えっとな…」


 坦が2言目を探っているうちに、遠くから聞き慣れない音が聞こえて来た。



 ブオォォォォォン……


 バカラッバカラッバカラッ…

   バカラッバカラッバカラッ…



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