九
「…………は………あ。いや、あの! べ、別にっ! …えぇ…あの………」
「ほぇ。どしたの。あ。もしかしてパンツ見えた? 加減して回したつもりなんだけど…」
「ちっ、違っ! 私はただキレ…ぐッっ! 王族に何の畏れも抱かず触れるお前に呆れただけだ!」
「ありー。そんなもんかなー…みんなやってるけど…」
「あ、案内を! 案内を頼む、王宮へ!」
「あー、そうだった。俺、案内しなきゃね! え~と、どうする? 一緒に帰る?」
そう言って游さんは姫の方へ視線を落とした。
私はまたも慌てた。
「帰りくらい姫には護衛を用意してもらった方がいいですよっ! ホントは行きもですけどっ!
姫様! また黙って抜け出してぇっ! せめて僕を連れてってくださいよ!
游さん! それにですよっ! お客人もおられるんですよっ!? いくら游さんでも、姫とお客人、合わせて3人も守るの、無理でしょっ!
頼んで頼んでっ!」
「う、ぅ~ん…そぉ?」
ポリポリと頭をかく游さんをそのままに、私は縫くんへ声をかけた。
「縫くん、姫様を送って行ってくれる? お父さんとか、市の大人の人と。1人で帰ってもらうには怖いんだ」
「うん、いいよ! 2~3人集めてくるよ。あ。でも、ちょっと待ってね。すぐそこだから、先に荷降ろしを済ませちゃうよ。姫さん送ってくのはそれからでいい?」
「いいよー! ありがとー!」
「あ。おやっさんの店でしょ? すぐそこじゃない。運んであげるよ」
ガゴッ…
そう言うが早いか、游さんはやっと直った荷車に犬と商品を乗せ、そのまま、両手で肩の高さまでゆっくり持ち上げ、幾らか歩き、先程と同じ速さでゆっくりと丁寧に、店の真ん前に下ろした。
ガダン…
「はい」
「ありがとう、游さんっ! じゃ、僕、父ちゃん達呼んで来るから! 姫さん、それまで見ててー!」
タッタッタッ…
それを見ていた『彼』や付き添いの女性は、やはり驚いた。
「お前…ガタイには筋肉がそれ程付いていない様に見えるが…? よくあんな重い物を……」
「あ。俺、何でかこーゆーのだけは得意なんだー」
「………」
「俺、游』。『游ぶ』って書く」
「…。私は『白 能』。字は『士伯』。隣にいるのは私の実母だ」
「『能ちゃん』ね!」
「…あ?」
「いいじゃん。字、最近使ってないトコ多いよ? 東境国の人がね、やっぱりよくこっちの国に遊びに来るんだけど、使ってないんだー。でさー、あそこは最先端の国じゃん? で、俺らものっかろーと思って。今の流行だよー?」
「そ、そうか…」
そうか、説明しないといけないね。
昔はどの国でも、人は本名であまり呼び合わず、字で呼び合ったものなのだよ。名前には力があって相手を操ることが出来るからだとか、位が高いとか年上だとか神聖だとか、尊い人の名前を俗の者が呼ぶのは失礼に値するからだ、とかね。
今はもう、そのような風習も薄れてきたがね。
「じゃ、小夢を見送ったら行こうか」
「は? 『ショウム』?」
「このコだよー」
游さんはすぐ後ろにいる姫の肩に触れて前へ押した。
姫は游さんの背中から彼の腰を抱きしめられた。そして、上目遣いをしながら恥ずかしそうに微笑んで、頬を1度游さんの体にすってからまたニコリと微笑まれた。
「あーぁ…甘えん坊だね。[[rb:紫 > し]]ーちゃんに笑われるよー」
そうすると、少し残念そうに姫は体をお離しになった。
「このコは『夢』だよー。俺は小夢って呼んでるけどね」
「お、お前! 自国の姫を、字にせよ、呼び捨てにしているのか! 失礼だぞ! せめて『様』を付けろ!」
「えー。みんなも『夢ーさん』だの『夢ーちゃん』だの呼んでるよ?」
「………何という国民性だ…」
「ホラ、能ちゃんも読んでみなよ!」
「………ふぐっ……!」
「俺は游さん』ね。ホラ、『游さーん』て。『夢ーちゃーん』て。ハイッ!」
「……ぅ……『ユウサン』…」
「そぉ! で?」
「………………ッ………」
「…………?」
「………許してください…………」
「何ソレ」
「…………」
「……え…ちょ…大丈夫…? ……泣いてる?」
「…………」
「……うーん、ゴメン。何か、急かしすぎたね。まぁ、そのうち、慣れたら呼んでよ。そうそう、あのコも紹介しないとね! おいで!」
游さんは顔を背けている能の肩を優しく叩くと、私を呼んだ。
私にとって、游さんは大切な人だ。命よりも。国よりも。…生まれてすぐ親に死なれた私にとって、親でもあり、兄でもあった。彼になら何を頼まれても私は喜んでその通りに動く。昔も、今も。
呼ばれた私は幸せな気持ちで走り寄った。…ハハ。周りから見ればまるで子犬のようだったろう。
「ハイッ!」
「自己紹介してー」
「ハイッ! 僕は『嬌 紫瑛』ですッ! 字は…一応、『紫花』っていうのがあるんですけど、僕、『紫瑛』の方が好きだから、是非そっちで読んでください!」
しかしそこで能は私の隠された秘密に感づいたようだった。字だけで情報を読み取れるとは…やはり彼はあの天職に就く前から計り知れない程の『読み取り』『思考し』『最適の結論を導く』という才能を有していたといえる。




