二
煌は、初めは身分を明かさず、他愛ない話を少年『游』とした。
しかし、隠して話をするのにも、どうもつっかえる所がいくつかあった。
煌は、自身の町や村へ、公務としての視察や作戦の下見のために行くことはあっても、そこで過ごすということはほぼない。それゆえ、町の様子や食べ物のことなどを聞かれても答えることが出来なかった。
それで、どうにでもなれ、と少し躍起になって自分は北境国の王だと告げた。
すると、少年はおかしげに笑って、自分も西境国の王だと名乗った。
2人は大笑いして、それからはもう、王宮の話や臣下の話で時間も忘れて語り合う。
2人共、年は同じで、産まれながらに王として育てられたこと、幼くして王位についたこと、実父母を幼少期に亡くしていたこと、など共通点も多く、元来の優しい性格や趣味も理解し合えることから、寂しい気持ちも嬉しい気持ちも、お互いに良く分かり合えた。
しばらくして、游は、帰る時間だと言って立ち上がる。
煌は寂しさを覚えて、また会ってくれるよう、懇願した。
すると、游は、自分の国は国境を警備していないし出入国に審査もいらないから、王であれば眠龍山(東、南、西、北、のどの国にも接している山。聖域なのでどの国の所有地でもない。どの国の者でも出入り自由)側の北境国の国境の門を開けて、眠龍山から西境国に入り、そこらにいる人に適当に声をかけて自分の居場所を聞けば連れて行ってくれる、と答えた。
いつでも来ればいい、とも。
そして楽しげに笑うと、額をコツンと煌に付け、籠をかついで山を降りて行った。
その背中を見送った後、煌は咲いている花を幾らか摘んで懐にしのばせ、馬を走らせた。
国境では不安がった大勢の警備隊員が城の上から煌を捜していた。
戻って来たとき、ほとんどの兵士は泣いていて、きちんと立って出迎えられたのは数名のみ。
そのことに触れることなく、煌は馬を駆って、またまっすぐ、来た道を戻る。
そして、自室に戻ると、懐から摘んだ花を出して机の上に置き、数年ぶりに笑って、寝台の上を転び回った。
しばらく経ってから、煌は摘んできた花を貴重な紙を使って押し花にする。
次の日が楽しみで仕方なかった。
それからずっと、煌は、游と友人である。
游が龍胎湖で夢を拾った際にも居合わせることができて、その時に夢の髪を銀の鈴で結ってやった。因みに、その時に煌は夢に一目惚れしている。
寂しい煌の人生に、温かい日差しが差した瞬間だった。
夢を抱き締めている間、煌は游や夢との出会いを思い出していた。
(夢ーちゃん。俺の正妃になってくれたらいいのに。
游ちゃんの親は1人しか妃を置かなかったみたいだけど、何てステキなんだろう。1人の人をずっと愛し続けて良いなんて、何て贅沢なんだ。
俺ももし、国の駆け引きとかが絡まなければ、夢ーちゃん1人を妃にして…夢ーちゃんと俺しか入れない部屋作って、そこで話したり遊んだり抱キャアァァァァァァ!
俺、何やってんの!?)
そこで煌は、北境国では見せない、純朴な正気を取り戻した。一瞬で真っ赤になって、多くの汗の筋が額を流れだした。
(俺、まだ手しか握ってないのに、何途中すっ飛ばして抱き締めてっ…
そりゃ、夢ーちゃんからやってきたことはあったけどっ…堪えて抱き締め返すのやめてたのにっ…
交換日記だって今日決まっただけで、何もしてないのにっ!
うわぁぁぁぁぁ! どうしよう、言い訳が思い付かない! 何かもう、感情の流れというか、爆発というか…
しまったぁぁぁぁぁぁ! 戦った後だったから! 北境国での精神状態が勝っちゃってたかぁぁぁぁぁ!
あぁぁ…游ちゃんゴメン…大事な養女さんに…でもまだ何とか…そうっ、これは、友情のハグしてるだけでっ!
あぁぁぁ…夢ーちゃん。俺は、夢ーちゃんだけは大切にしたいんだよ、きちんと段階踏んで付き合っていきたいんだよ、いきなり体の関係求める他の女とは違う扱いをしたいんだよ!
何せ君は純粋で穢れてなくってそのままの俺を好きでいてくれる、理想の…もう、女神様とかの域の女性なんだ! 遊びとかその場の勢いで適当に選んで相手させてる妓女(遊女、芸妓)とは違う!
…そもそも、妓女遊びも、夢ーちゃんの面影を追い駆けて似た女選んでるんだよ、でも、幾ら似てる女でも、似てるだけで、俺は全然満足できないどころか、逆に想いが余計つのっちゃって。夢ーちゃんみたいに振舞わせたり夢ーちゃんに似た見た目にさせたりしたこともあったけど、全然満足できないから最近質より量で人数増やして相手させてるんだけど…
あー…夢ーちゃんの姿で相手させるのに凝ってた時、一時期だけどねー、楼閣じゃあ、無表情を入れたツンデレな仕草してたり、長い髪の先を脱色してグラデーションにしてたりしたら俺に声かけられるってミョーなウワサまでたって…関係ないけどそれ、その時期に無茶苦茶流行して…それくらい、俺がたまらなくて追い込まれてた時期があったよ…
君は知らないだろうけどね…
だからその…軽い男だと思わないでぇぇぇぇ…)
滝のように涙を流し出してしまった煌だったが、それでも何とか、理性を取り戻して夢の両肩を両手でつかみ、ひきはがそうとした。その際、つい、夢の顔をのぞいてしまった。
(えっ…と…? 何その表情…?)
…そう。
夢は、またもや失敗してしまった。
『自分のノドを裂く!』とキッパリと言い放った煌の声を聞いて、まさかと思い、心の中を確かめてしまった。抱き締めていたくらいで死ぬのか? と疑問に思って、本心を探ろうと、また、何の身構えもなく心の中を見てしまった。
そうしてまた…夢のことしか考えていない煌の心の中を見て、驚いた上、快感が走ってしまった。
夢の体は人の幸福感から主なエネルギーをもらっている。それは、夢が人の心の中を見ることによって、取り込まれる。
それが強く、大きいほど、体には良いのだが…強すぎたり大きすぎたりすると、エネルギーは一気に夢の体へ入り込んでしまって…いわゆる快感状態になる。
身構えておけば制御は効くのだが、今回、また、夢は身構えていなかった。まさか、死ぬと言っていた人間が夢自身のことしか考えていなかった、溢れるほどの幸福を感じているなどとは、思わなかった。
煌は、夢の姿が見えていないときも、見えているときも、いつも半分は夢のことを考えていた。それは、人の心の中がまるで円グラフに似た炎や水に見える夢の能力からすれば簡単に分かることだった。
夢はそれを見て、母親みたいだと思った。
夢は母親と呼べる人物と触れ合ったことがなかった。しかし、本や周囲の情報から、いつも子どものことを思い、子どものためならば自身を盾にしてまで守り慈しむ存在だということを知っていた。
夢には游の心の中がなぜか、見えない。だから、いつも夢のことを考えているのかは確かめられていなかった。しかし、煌の心の中は見え、いつも、半分は夢のことで埋まっていた。もし母親という存在がいるなら、この人物のようなものかな、と夢は思っていた。
そのような人物が、抱き締めただけで自分を放っておいて死ぬとは、そんな辛い仕打ちをいきなりするとは、どういうことだろうと…その疑問を解決しようと心をのぞいてしまった。
…失敗した。
なぜ嘘をついたのか、なぜ今自身のことを考えて幸福にひたっているのか、など、良く分からないことは沢山あったが、とにかく、夢は今、煌の想いに痺れてしまった。
(嘘…何で、そんな…耳まで赤くして…潤んだ瞳で俺を見上げてるの…?
カワイイを通り越して色っぽい…んだけど…何で?
…ハッ! …俺、今、もしかして…ハグの先に進めるの…?
請われてるの…?
一大チャンスなのか…?)
いつになく熱い視線で視線を交わす2人の顔が少し、近付いた。




