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 姫は大事そうにコハクを両手ですくうように持ち上げスッと立ち上がると、瞬きをしながら目の前の状況をを一瞬観察された。周囲の人々が道を開けてくれていたので、よくご覧になれたと思う。


 姫はその時確か平服をお召しになっていたので、きらびやかな着物ではなかったが、それでも翠緑(ツイリュー)色(濃い翡翠色)の1枚布から出来た薄めの着物は姫の髪や目と合い、まるで生きた宝玉のように見えていた、と思う。


 まぁ、着物のことは置いておいて…そう、そうして、『姫』は目を見開く『彼』と口に手を当て息をのむ女性を一瞬ご覧になったその直後、すぐに視線を1人に固定された。そうして嬉しそうに微笑まれた。


「あぁ、来たのー?」


 游さんがニコリと笑って声をかけると、サァッと衣を風になびかせながら姫は游さんの元に走ってこられた。軽い足音に混ざってシャンシャンという鈴の音と、うっすらと花の香りがした。


 姫は嬉しそうに笑ったまま両手を游さんの前に差し出された。それを見た游さんはやはり姫のように嬉しそうに笑った後、ゆっくりと横にのいて、口を押さえたままの女性を、手の平を上に向けて指し示した。


「このおばちゃんとあの男の人のだよ。渡したげてー」


 姫はコクンと首を縦に振ると、目線を相手に合わせないよう下に向け、表情も笑顔を押さえた面持ちに変え、両手を女性へ差し出された。 


「え…あ、あぁ……あの、どうも……ありがとうね……」


 その声が聞こえるやいなや、周りの道を開けていた人々は優しそうな微笑みをこちらへ向けた後、止まっていた体を動かし、また(いち)への時間へと戻って行った。


 瞬きも出来ない程とまどっている女性が姫からコハクを受け取り荷物の中へ入れると、游さんは姫の頭をポンポンと軽く撫でた。


「初めての人に優しくできたね~、よしよし!」


 それを見た私は、それまで黙って見ていた分を出すように声を上げた。


「あ――――っっ!!! もう! やめてくださいよッ!」


「え。あ、そか。俺、今手ぇ汚いんだったー」


「もうっ! それもありますけどっ! 前にも言ったでしょっ! 姫様とはそんなに簡単に触れ合っちゃダメなんですッ!」



「えっ! 『姫』だってっっ!?」


 目を見開いていた『彼』は更に目を大きく開けて私達を見た。


「き、聞いていたが…西境国 (さいきょうこく)の王女は、まるで(ぎょく)の様だと…しかし、いや…王族がこの様な場所に簡単に……」


「あらー。良かったねぇ、褒めてくれてるよ? カワイイ? ねぇ、カワイイ?」


 そう言うと游さんは姫の左手を自身の右手で握ってそのまま姫の背後にスッと回り、その手を握った状態のまま、ぐるりと姫の体を一周させた。必然的に姫はくるりと回った。ヒラヒラとスソが蝶の羽のように動いた。姫は無表情でいらっしゃったと思う。私は慌てた。


「やめてください! 足見えちゃうでしょっ! 『姫』様として扱ってくださいっ! もう、ダメぇッ!」


 私は飛びついて游さんの行為を辞めさせた。


「えー。カワイイって言ってくれたしー、サービスじゃない。ねぇ」


 そう言って游さんが姫の方に笑った顔を向けると、姫は少し困った様に微笑まれた。それが意外にとてもなまめかしく感じられたものだ。


 クスクス…


   ガヤガヤ…


()ーちゃん、いいじゃないの。もう、いつものことじゃないか」


「そんなに気にしなくっても」


「姫さんの楽しそうな顔見れりゃあ、俺達も働き甲斐があるってェもんよぉ」


「あたしらの子どもと同じさね」


「まぁまぁ。游さんにしか姫さんの笑わせ方分からねぇんだから、大目に見てやんなァ」


「もうそんなに警戒せんでも良いんじゃなかろうかのぉ。命を狙うモンはおらんよぉ」


「心配性だねェ」


 フフフ…


   クスクス…


 (いち)での買い物に往来する人々は笑いながら優しく私をなだめた。


 しかし、私は心配だったのだ。西境国(ここ)の人々はノンビリしすぎると。



 今では考えられないと思うが、4つの国が統合されていない当時、この国以外の国では、そんな風に王族が護衛も付けず王宮や城の外をうろつくことはありえなかったのだ。何せ、他3国の国家間戦争は終わりそうもなく、(やや)もすれば内乱も起こしかねない国もあったのだ。他国の王の命はおろか、自国の王の命ですら狙われる状況。どこに暗殺者がいるか分からないのだから、警戒しても損はない時代だった。姫の周囲に危険な人物を近付けないためにも、軽々しく触れ合わせることは避けたかった。



「…だってェ…」


「うん、ありがとうね。さすがは太保(たいほ)さんだね、良く王族のことを考えてくれてるね。アリガトー! ねぇ、でさぁ、そろそろ行こっか? えっと、君は何て名前なのー?」


 そう言って游さんが『彼』の方に振り替えったので、私も――しまった、『彼』のことを忘れて騒いでいた――と思い、慌てて『彼』の方を見た。


「……………」



 ハッハッハ!


 その時の『彼』の顔は忘れられるものか!


 見開いた眼は小刻みに揺れ、唇を軽く噛み、息をしている様子はなく…姫の方をただただ凝視していた。惜しいことには、私はその時の『彼』の具体的な視線の先や顔の色を良く覚えていないのだよ。私は『幼かった』からね。…いやはや、惜しいことをした。もっと良く観察しておけば、『彼』との笑い話が1つ増えていたのにね。


 実に惜しい。


 人が恋に落ちた瞬間など、見ようと思って見れるもんじゃあない。



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