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第八話/一段落



「・・・・・・・・・は?」


人間の間抜けな声が辺りに響く。その声を発した人間は困惑と驚愕の入り混じった表情をして隙だらけの状態で固まっている。しかしそれも致し方ないことだと言えよう。人間の繰り出した渾身の刺突は確かに私の身体を貫通した。それは事実である。そしてそれだけなら驚くことはない。むしろ人間にとっては喜ぶべきことであろう。にもかかわらず人間が固まっているのは何故か?それは偏に――












―――刺した部分に私の身体が無かったからである。




私は自身の身体に穴を作り、そこをハモノに通過させたのだ。ゆえに確かにハモノは貫通しているが――しかし私に傷をつけてなどいない。そして―――






「がぁ!?」




間抜けな声を上げて困惑している隙だらけな奴を見逃すほど抜けてはいないつもりだ。私は人間に纏わり着きつつ、細かく身体の形状を変化させて人間を刺していく。何か所も何か所も、連続して丁寧に。


「がああああ!!!」


その状態でも見事に私に対して不可視の刃を放てるのは見事だとは思う。思うが・・・残念ながらその攻撃は私を傷つけ痛みを与えるのには十分であっても、私を剥がすのには足りないようだ。そのまま私は身体を切断されながらも相手の内部に入り込み人間の内部を次々に切断していった。



「あ・・・が・・・・・・・。」



人間は身体に複数空いた穴から血液を飛び散らせつつ、切り開かれた――私が斬ったのだが――身体の正面、腹部の辺りから内部を裏返すように露出させつつ、息絶えた。その後私がするりと人間から離れると・・・しばらくした後、ゆっくりと中身(・・)を零しながら倒れ伏した。


よしよし、うまく殺せた。だいぶ人間の身体を変形させてしまい、残念ながら見分するのにはあまり適さなさそうではあるが、命の危険があったのだしそこはしょうがないであろう。うんうん、及第点以上だ。


「よし、クルミナコさん!準備ができ・・・ま・・・し・・・た・・・よ?」


そんなことを考えているとどうやら切り札の準備が整ったらしいカニシロが声を掛けてきた。しかしすでに人間は息絶えているため今回は無駄になってしまったようだ。


とはいえ私の奇襲でうまく殺せたのは運の要素も絡むことであるし――横薙ぎをされていたら駄目であったし、相手が呆けなければここまで上手くいかなかったので――意味がなかったわけではない。・・・・・・ところでその切り札、私に向かって撃ったりしないよな?




――――タッタッタ。




などと警戒していたら、なぜか顔色が悪くなったカニシロが口元を抑えながら駆けてこの場から出て行った。私は一瞬攻撃かと思って驚き、その場から飛びのいてしまったのだが、どうにもそういうことではないらしい。しかしどうしたのだろうか?何らかの危険を察知して逃げたのか?いや確かカニシロが向かっていった方向には出口は無かったはずだが。




まあカニシロのことはひとまずおいておいて千切れた身体を回収しよう。ただでさえ軽い――おそらく今後の主敵になるであろう人間と比較すると著しく軽いと言ってもいい――私にとっては体重が減ることは死活問題になり得るのだから。


私は身体を薄く延ばしてなるべく効率的になるように周囲に零れていた身体を回収していく。とはいえ完全ではなく、細かな取りこぼしや上手く拾えなかった部分があるようで、少しばかり体重が戦闘前より落ちてしまった。しかしこれ以上時間をかけるのも非効率的であるし、落ちた体重も誤差の範囲内であるため他の行動へ移ろうと思う。さて次の行動は―――





――――――ガチャリ。




「・・・すいません、お見苦しいところをお見せしました。」


そう言いながらカニシロが戻って来た。どうやら何やらしていたのは終わったようだ。しかし何をしに行ったのだろうか?もしや何らかの罠でも仕掛けられたのか?・・・カニシロが向かった場所の近くを通るときは注意することにしよう。だが今はそれよりも―――


「・・・奴らはもう襲ってこないのではなかったのか?」


――まずはこの状況について尋ねるとしよう。


「・・・・・・ええ、そうだと思っていたのですが。申し訳ございません。」

「予想が外れたと?」

「・・・はい、どうやらそのようです。」


カニシロはやや困ったような表情でこちらにそう言ってくる。ふむ、カニシロも本当に知らなかったのか?いや、まだそう考えるのは早計か。


「・・・ちなみにクルミナコさんはここから彼らに捕まらずに逃げる自信はありますか?」


・・・少し考えてみる。まず正直な答えとしては自信はない、というのが回答となる。逃げると言ってもどこへ逃げればいいかもよく分かっていないのだから当たり前だが。というかまだ私の活動範囲はそこまで広くないのだ。もう少し余裕ができたら遠くまで行ってみたいものなのだがなぁ。


それはともかく今はカニシロに何と答えるか考えようか。ここでの問題は私が奴らから逃げおおせる自信がない、ということを正直に答えてよいのかどうかなのだが。ふむ――



「・・・自信はないな。」



――悩んだがここは正直に答えることにしよう。状況的に少なくとも奴らがカニシロの敵であること、そして私の敵になってしまったことはまず間違いないであろうし、情報はある程度開示しておいた方がいいだろうと思ったのだ。


「お答えいただきありがとうございます。・・・ではクルミナコさん、一つ提案があります。」

「・・・何だろうか?」


カニシロが何やら珍妙な顔つきでこちらにそう話しかけてくる。はて何であろうか?なにやら提案があるようだが。


「現在のこの状況、どうにも私たちは狙われているのは間違いないようです。

しかも人数を考えると敵は組織と見て間違いはないでしょう。それもそこそこ以上の大きさの。」

「・・・・・・そうだな。」

「それに対して単独で争うというのは・・・いささか不利ですよね?」

「・・・まあそうであるな。」

「ですのでどうでしょうか?この問題が片付くまでの間、ともに協力して事に当たるというのは?」


・・・・・・ふむ、なるほど。確かにカニシロの言う通り奴らと単独で戦うのは不利である。ならばこの局面において奴らを倒すために、あるいは状況を切り抜けるために協力するというのは悪い話ではない。


それに私に必要な人間の情報を収集すると言う点においても近くに人間がいるというのは都合がいいのも事実だ。ただ――――


「・・・信用できませんか?」


うむ、その点に尽きる。私はカニシロのことどころか、人間たちのこともよく知っているわけではないしそもそもこの状況でさえよく分からないことだらけである。またカニシロは奴らに追われることになった詳しい経緯なども話していないのだ。これで信用するのは中々難しい。


それに場所の問題もある。私じゃそもそもここはどこかもよく分かっていないし、どうすれば棲み処に帰れるかも、棲み処との位置関係や移動にかかる時間も知らない。ゆえに私としてはそういったことを調べるためにも一度棲み処へ帰りたいところだ。ただ――果たしてカニシロは私を大人しく帰すのだろうか?



「・・・・・・・・・クルミナコさん?」



むっ、いけない。どうやら考え込みすぎていたようだ。カニシロが私を帰そうとするかどうか、それを確認するにはやはりそれを聞くしかあるまい。いや上手いことすれば話さなくとも確認できるのかもしれないが、今の私の言語力ではそれは難しいのだ。ゆえにここは素直に直接聞いてみることにする。


ただ現在の位置取りと状況はあまり良くないな。私はいまだに半液状の形態であるし、直接出口を塞いでいるわけではないがカニシロの方が出口に近く、私が出口へ向かおうとするのに対して妨害が行える位置だ。まずはそこを変える必要があるだろう。カニシロとの交渉が決裂した時のことを考えて。


「この問題を片づけるまでの間、協力する。それがカニシロ、そちらの提案だな?」


私は手足を伸ばしつつ、先ほどの人間を参考に新たに人間―――中でも雄の成体―――形態へと変化する。


「え、ええ。そうですが・・・・・・」


カニシロも私の変化を警戒したのか、臨戦態勢へと移行する。ふむ、うまくいかなければ中々に面倒な戦闘になりそうだ。とはいえ聞いてみなければ始まらない。私はじりじりと出口の方へ近づきながらその距離を稼ぐためにわざとゆっくり話しかける。


「・・・一つ、そちらの提案に答えるにあたって行いたいことがある。」

「・・・・・・何でしょうか?」

「それは―――――――」


私は意を決して口を開き、カニシロにこちらの要望を伝えた。
















青空の下、物陰にある籠の中でホニュービンの中の白い液体を飲もうとしている一体の猫がいた。―――私である。カニシロの棲み処で一度帰って考えたいと言ったところ、カニシロは拍子抜けしたような表情であっさりと許可してくれたのだ。


ただ明日になったらカニシロの棲み処に来て答えを聞かせてほしいと言われたが。・・・まあそれくらい時間があるのなら考えるのには十分であろう。私はひとまず状況がひと段落したことに安堵しながらホニュービンに口をつけ―――




「ゴホッ!?」




―――思い切り口に含んだ液体を吐き出した。悲しいことに私が交換したものはコナミルクではなかったようなのである。私が口の中の液体を頑張って吐き出そうと一生懸命咽返りながらそれが入っていた箱を見つめる。確かに人間の幼体の絵が描かれているし、中身も粉であった。しかし、にも関わらずこの液体の味はコナミルクとは似ても似つかぬものだったのだ。むぅ、なんということだ。





しばらくして交換してきたものがコナミルクではないという衝撃から立ち直った私は数瞬前の記憶を探り、その液体の味を思い返して――実際にもう一度口に含むわけではない――みる。


・・・確かにコナミルクとは違う味ではあったのだが、味わった感触としては別に悪いものではなかったように思える。まあそうはいっても口にしていいかどうかは分からないので、そこの判断が付くまでは飲むことはないのだが。











はっ!?・・・参ったな。ホニュービンの中を洗って残っているコナミルクを飲もうと思ったのだ――実際やや空腹ではあるのだ――が少々、いやだいぶ眠気が襲ってきてしまった。おそらくあの戦闘がいけなかったのだろう。


それに棲み処に帰って来たという安心感もあるだろうか?私をこのまま眠ってしまいたいという欲求が包む。しかし飲める時にコナミルクを飲んでおいた方がいい気もするが――などという思考とは裏腹に私はなるべく暖を取れるようにと布を身体に捲き始めているではないか。これはどうしたことであろう?


なるほど、身体が勝手に眠るための体勢を整えてしまったらしい。どうにもこの睡魔には勝てそうにないな。うむ、こうなっては致し方あるまい。せっかく身体が眠ることを訴えかかけてきているのだから、大人しくそれに従うことにしよう。


最近何度も無茶をしてしまったし、身体を労わることも大切だ。・・・だからこれは決して私が怠け者であるとか、そういうことではないのである。ないったらないのである。



・・・などと心の中で言い訳を重ねながら私は眠るのであった。










――――――――すぅ。







赤ん坊用のポ〇リス〇ットがあるらしいですね。

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