第七話/刺客
現れた人間は素早く駆けだしたかと思うとこちらへ肉迫しハモノを振るう。
くっ、かなり早いな。だが何とか避けられ――――ぐぅぅ!!??
ハモノを避けたのに関わらず私の身体が何かに切断され、辺りに鮮血が飛び散り腕が宙を舞う。そしてそのまま人間は私に二度目のハモノを振るってくる。
っ!まずい!――私は咄嗟に硬くした頭でハモノの側面を叩くようにして迎え撃ち、辺りに火花が散る。その結果、私はめまいとともに衝撃で大きく吹き飛ばれ空中でまたしても不可視の何かに数度身体を斬られた挙句に、思い切り四つ丸ににたたきつけられる。
「ぐはっ!?」
「クルミナコさん!?」
痛みに意識が飛びそうになるが、しかし目論見は成功したようだ。私は私の近くに転がっている千切れた腕をつかみ取り、それを片手で吸収しながら反対側から腕を新しく生やす。
「・・・・・・■■め。(化け物め。)」
人間が戦っているカニシロから距離を取りつつ、何事かを憎々しげに呟いた。実を言うとぶっつけ本番で、私にもできるという確証があったわけではないのだが、しかし予想通り私は身体の一部分が離れてもくっつけ直すことができて幸いである。これで体力はともかく体積としては回復できた。
しかし戦況としてはあまり良くはない。私が吹き飛ばされた後の数瞬でカニシロとも多少戦ったようだが、それだけでカニシロはだいぶ疲弊しており、おそらくあの不可視の何かに斬られたのであろう細かな傷が多くついている。どうやら私とは違い直撃自体は避けたようだが。しかしこのままでは遠からず殺されてしまうだろう。それに出口からも遠ざかってしまった。
どうしたものか。カニシロが戦っているうちに何とか出口まで移動して逃げるという方法もあるが、問題はここが何処だかわからないという点だ。それでも能力を使えば隠れられはするであろうが・・・・・・しかし昨日の人間たちを倒してから今日のこの人間がやってくるまでの速度を考えると敵はおそらくこの辺り一帯を縄張りとしているのであろう。つまりは逃げてもその後もカラスたちのように追ってくる可能性が高い、ということだ。頭が痛いな、まったく。
ん~・・・・・・どうせ敵対しなければならないのであれば今のうちに数を減らしておいた方がいいのか?上手くいくとは限らないが・・・・・・いやしかし、一回離脱して時間を稼ぐのも魅力的に思えてくるな。後が辛いといえども能力の都合上、私は逃げやすいからだ。現状では足りないものが多すぎるためにそれを補うための時間稼ぎをするのは十分ありな考えだと思う。
だが――――
試しに私がすり抜けて出口の方へ向かうそぶりを見せると人間はすぐさまこちらに走り寄りハモノで斬り付けようとしてくる。そしてこの空間から脱出するには人間の後ろにあるトビラから出るしかない(はずな)のだ。つまりいずれにせよ人間と戦わなければならないということである。
私は一度後方へ退き、相手の様子を伺うことにした。すると同時にカニシロもこちらへと下がってくる。どうやら同じこと考えたらしい。そして人間も無理には追って来ずに、ハモノを構えて様子見をするようだ。
「ぜぇ、はぁ・・・。まずいですね。相手は明らかにきちんと■■された■■――いえ■■ですかね。昨日の■■とは違い訳が違います。■■の■■による■■なんて真似もできるようですし。・・・幸いこちらを舐めているのか、あるいはそこまでの■■を用意できなかったのか、単独のようですが。
(ぜぇ、はぁ・・・。まずいですね。相手は明らかにきちんと訓練された兵士――いえ暗殺者ですかね。昨日のごろつき崩れとは訳が違います。魔法陣の非展開発動による戦闘なんて真似もできるようですし。・・・幸いこちらを舐めているのか、あるいはそこまでの人員用意できなかったのか、単独のようですが。)」
むぐ、まただ。またしても何と言っているのか理解できなかった。しかも分からない部分がいつにも増して多い。おそらく昨日の人間たちよりよっぽど強いというようなことを言っているのであろうが・・・この意思疎通がうまく行えない問題は早く何とかしなければならないな。こうした場面で認識の齟齬があった場合、致命的な失敗へとつながりかねない。状況的に今後人間と交流する場面は増えてくるのであろうし。・・・少なくとも今敵になっているのは人間たちだ。
さて、そうした今後の課題はともかくまずは目の前の敵である。相手の動きは俊敏でおそらく生半可なことでは先手は取れないであろう。そして奴はハモノ以外に何らかの不可視の攻撃手段を持っている。それから―――
「気を付けてください。あの刃物にはおそらく■が塗られています。斬られるとそれだけで致命傷になりかねませんよ。
(気を付けてください。あの刃物にはおそらく毒が塗られています。斬られるとそれだけで致命傷になりかねませんよ。)」
何かは分からなかったが、ハモノに斬られるとまずい―――斬られるとまずいのは当然だが、それ以外に別の理由で問題がある――らしい。まあ元より喰らうつもりはないが・・・しかしそういうことならいざと言う時はあの不可視の方に斬られることとしよう。すごく痛いのでそういう選択はしなくて済むといいのだが。でも不可視の方はかなり避けづらそうなんだよなぁ。
「クルミナコさん、■■ほど時間を稼げますか?
(クルミナコさん、5分ほど時間を稼げますか?)」
「・・・何かあるのか?」
「はい。・・・昨日は使えなかった切り札を少々。・・・お願いできますか?」
カニシロが時間を稼ぐように言ってきた。あいにくとどれほどの時間を稼げばいいのかは分からなかったが、あまりにも長い時間を稼げとは言ってきていない・・・と信じたい。問題はカニシロが私が時間を稼いでいる隙に逃げ出す可能性があることだが――――それはあり得るのだろうか?カニシロはどうにも身体能力自体は私と比べてもそこまで高くないようであるが。・・・それでも悲しいことに力は私よりもずっとあるのだろうけれども。
いやしかしあの雷を発射する力がどういったものか不明な以上、一人で逃げてしまう可能性は考える必要があるかもしれない。どうしたものか。
・・・だが他に思いつく有効打がない以上、協力せざるを得ないか。一応逃げた時のことを考えて、その瞬間に気を取られた敵に上手く攻撃を仕掛ける方法は考えておくべきだが。
「分かった。できるかは分からないがやってみよう。」
「ありがとうございます。お願いします。」
時間を稼ぐことになった私はとりあえずそこらにあるもの――と言っても力の関係であまり重いものは投げられないため軽い物になるが――を投擲する。奴の攻撃はハモノと不可視の切断攻撃なので近距離でない方がいいであろうと思ったからだ。
私の投擲した小物がいくつか飛んでいくが当然のように人間は躱し、あるいはハモノやあの不可視の攻撃で弾き――そのまま私へと駆けてくる。・・・どうやら私から先に片づけるつもりらしい。
――狙い通りである。私はこちらへやってくる人間を待ってましたと半液状化状態で迎え撃つ。それも普段よりも体積を大きく、そして薄く展開できるようにして。
「何!?」
どうやら私のこの状態は予想していなかったのか、驚きながら剣を振ってくる。だがいくらこの形態と言えど動揺した状態ならば当たろうはずがない。・・・と言いつつしっかり不可視の方には当たってしまったが。痛い。
しかし元よりそれは織り込み済みである。私の身体が斬れてもくっつけることが可能な以上、このように広げておくのならば斬られてもまたくっつければいいのだから。まあすごく痛いし体力も削られるので避けるのならば避けるべきだが。
私はそのままハモノにだけ注意して戦闘を行っていく。ついでに足元にも身体を広げてあわよくば相手に纏わりつけないかと試行錯誤する。
それに対して相手も素早く動きながら私に纏わりつかれないように、そして何とかハモノを当てようと動いてくる。中々に惜しいタイミングもあるのだが、この状態では薄く延ばしすぎてこれ以上急に身体を伸ばすことが出来ないため、昨日の奇襲攻撃が行えないのが響いている。とはいえ薄くしなければ割と簡単に身体を剥がされてしまいそうなのでこのまま戦うしかない。
それにしてもこの状況でもハモノを私に当てることを重視している以上、カニシロの言った通りあのハモノには何らかの秘密があり、それを私に当てることが出来れば大きく状況が変わるのであろう。その部分に確信が持ててよかった。当たらないようにしなければ。
「っく!当たらん!!どうなっている!?だんだんと動きが■■に・・・。
まさか手を抜いていたのか!?
(っく!当たらん!!どうなっている!?だんだんと動きが巧みに・・・。
まさか手を抜いていたのか!?)」
そのまま切り結んでいると人間が何かに対して怒るような、それでいて困惑しているような声を上げる。やはり何に対してかは分からないが。
しかし一つだけ分かることは私は手を抜いてなどいない、ということである。どうしてそう思ったのかは不明であるが、実に遺憾だ。手を抜くぐらいなら最初から奇襲でもしかけて早々に戦闘を終わらせている。そうすればこんな痛い思いをしなくて済んだというのに。
そうやって戦闘を行っている合間にちらとカニシロの方を確認したのだが、何やらぶつぶつと唱えていてどう見てもまだ準備は整っていない。その行為にどんな意味があるのかは分からないが、どうにもまだ時間がかかるらしい。もう少し時間稼ぎを行わなければならないようだ。
人間がカニシロが何かをしようとしているのを見てそちらの妨害をしそうになれば外へ行こうと試み、距離を取ってこようとすれば肉迫し、こちらに迫ってきたり攻撃をしてくるのならやや距離を取りつつ攻撃の回避に専念する。そうして時間を稼いでいくのだが・・・かろうじてハモノの攻撃には当たっていないものの幾度となく相手の斬撃を受け、回収しきれない身体もいくつか出てきてしまっている。
最初の内は上手く翻弄できていたのだが、相手が積極的な攻撃を選択したせいで、ダメージ量が上がっているのだ。おそらく経験の差であろうが、相手の方が次の行動を読むのが上手いのである。
とはいえ私も少しずつ相手の攻撃を読めるようになってきてはいる。しかし問題はこれが果たしてカニシロの準備が整うまで持つかどうか・・・すでに身体の4分の1ほどが削り取られ、そのせいで能力の低下も招いている。幸いそのおかげで被弾面積は減ってきて避けやすくはなっているのだが。
けれど表情を見るに人間もどうやら苦しいようである。何度もちらちらとカニシロの方を向き、何とかして向かおうとしているのだが、さすがにそれは私が出来ないように止めている。ハモノ以外の攻撃は受けることを甘受して人間を留めているのだ。
カニシロの所へ向かいたいのなら私を倒すか、あるいは私が出口へ向かうのを許容してもらおう。・・・私は私を逃がしてくれても一向にかまわない。というかもうだいぶ身体が削れてしまったし、そうしてくれるとありがたい。
そうこうしていると人間が大きく動いた。どうやら人間はこのままだとジリ貧だと思ったのか勝負を仕掛けてくるらしい。あの不可視の斬撃を一方向に集中させ、私の行動先を制限しつつハモノを当てようとする。
しかも厄介なことに今の私が避けた場合、そのままカニシロの方へ向かいかねない位置関係である。むぅ・・・これはもしやこの状況を戦いながら狙われていたのか?
私は身体をさらに削られながらまずは不可視の斬撃の範囲内から脱出し人間と相対する。そしてそのまま一瞬思考し、何とかする方法がないか考える。
・・・どうやら賭けに出るしかないようだ。横薙ぎか刺突か・・・私は人間が私の望んだ方を選んでくれることを祈りながら身体を黒く染めつつ本命の――望んだ方が来た時に何とか出来るような変化を行う。
そこへ人間が今までにも増して速いハモノによる攻撃を行ってくる。どちらだ!?横薙ぎか刺突か。どうか―――が来てくれ!!
人間は私へ近づくと渾身の力を込めて刺突を繰り出し――――
―――ハモノが私の身体を貫通した。