第二話/スーパー
「いらっしゃいませー。」
色とりどり多種多様な物品が並ぶその場所、雑踏の中に高めの声が響く。最近誰かがこの場所に入って来た時の合図なのだと気づいた声を聞きながら私は目当てのものを探して歩いていた。
地下のよく分からない臭い空間から脱出して水を浴び、臭いを落とし――少し大変だったが何とか落ちてくれた――ひと眠りした後にコナミルクの在庫確保と言語習得を兼ねてコナミルク置き場――と私が勝手に呼んでいる。実際にはそれ以外の方が多いので別の名前が相応しいであろう――にやってきたのだ。
ここには様々なものが置いてある。おそらく植物であろう物から何らかの動物の肉であると思われるもの、目が付いていることからおそらく生物なのだと予測できる細長く臭いが独特な何か、柔らかい色とりどりの箱に、何に使うのかさっぱり分からない硬くて小さな数々の物品。
そのどれもが見たこともないようなものばかりで私としては大いに好奇心が刺激されるのだが、気を付けないと不審がられて話しかけられてしまう。そして彼らの言語をまだ上手くしゃべれない私はぼろを出し、この場から逃げかえる羽目になってしまう。というか一度あったのだ、そういうことが。
なので周囲に溶け込むよう意識しながら人間観察を行っているのだが、はたして上手くいっているだろうか?一応失敗した姿は使わないようにしているし、他者をそのままコピーするとコピー元を知っている人物に話しかけられてしまう――これもやはり一度体験したことである――ので、複数の姿を混ぜるような形でアレンジを行っているのだが・・・・・・。
そうして観察を行っていたところ、辺りが段々と暗くなってきた。もうすぐ夜の時間だ。それにしてもこの時間になると辺りが暗くなり周囲の温度が低下するのは何なのだろうか?寒いので止めてもらいたいのだが。
私はおそらくこの変化が人間によるもの――なぜなら辺りを照らしている熱を発する空に置いてある物体とよく似たものがこのコナミルク置き場を含め、多くの人間の棲み処にあるからだ――だと思っているのだが、これにどのような意味があるのだろうか?
わざわざ全体の明かりを消して個々の棲み処で明かりをつけるぐらいなら最初から全体の明かりを消さなければいいと思うのだが。全く不思議な習性である。
ところでここでこうして観察を行っていて気づいたことがある。ここの物品の多くやその前に置いてある板状のものには黒い模様が描かれているのだが、どうやら人間たちはそこから何らかの情報を受け取っているような気がするのだ。
というのも人間たちはその模様をしきりに見てから物品を選ぶことが何度もあったし、書いてある模様が同じなことも多く、またおそらく何らかの規則性を持って模様が並んでいるように思えるからだ。
例えば私が以前持ち帰ったコナミルクだが、周囲のおそらくコナミルクだと思われる物品を見てみると大きさは様々だが複数の模様が同じ並びで書かれているし、町に落ちているここの物品と交換してくれる似顔絵の描かれた紙や丸くて硬い物品にもそれぞれにおそらく交換に使えるという意味なのであろう似たような模様が描かれている。
ただ少し気になるのが紙の方と丸い奴の方に共通して描かれている模様があるのだが、それぞれの物品で微妙に書かれているのが違ったり、最後の模様が一つ二つ増えていたりするのだ。例えば「◆◇◇◇」と「◆◇◇◇◇」と言った風に。もしやこの仮説は間違っているのだろうか?割と自信があったのだが・・・・・・。
おっと、こんな風に長々と考えていたら日が暮れてしまう。急いでコナミルクを手に入れて帰るとしよう。私は並んでいるコナミルクと思しきものの中からすでに中がコナミルクであると確認したものを手に取――――――あれ?
おかしい、以前はここにあったはずのコナミルクがない!どういうことだ!?確かに前まではここに合ったはずなのに!?まさか今日の交換分は終わってしまったのか?以前多くの人物が交換したがゆえにものがなくなってしまった事例を見たことがあるが・・・。
いや違う!その場合には空の空間ができるはずだ!だがこのコナミルクの置いてあるコーナーには空きが存在しない!!つまり今回の事例は交換切れではないはずだ!
・・・ということはあれか?今後ここに来ても目当てのコナミルクがない可能性があるということか!?
まずい、それはまずい。やっと様々な幸運の末に生活が安定し始めたと思ったのに。・・・昔の生活に逆戻りはしたくないし、そもそも今でさえ気を付けなければ死んでしまう可能性があるというのにこれ以上、その確率を上げるなんてとんでもない!
・・・・・・どうしたらいいのだろうか?いや何をするのか、その選択肢自体はおおよそ3つで決まっている。まず基本となるのがここのコナミルクコーナーから今度から交換するコナミルクを決めることである。そうすればこれ以降もこのコナミルク置き場を利用することで――少なくとも落ちている紙や丸くて硬いものを見つけることが出来る間は――今まで通りの生活を続けていくことが出来る。
だが当然問題がある。ここで交換したものが本当にコナミルクかどうか開けてみなければ分からないということだ。中でも一番恐ろしいのは交換したものがコナミルクに似て非なるものだった場合である。まだ明けてみれば明らかに違うものであれば変なものをひとつ手に入れるだけで済むのだが、似て非なるものであったのならコナミルク扱いとして摂取することになる。そして間違ったものを摂取してしまった場合、体に害が出てしまう可能性が高い。
そうなった場合、私もいままで何度か見た地を這って苦しむ猫や人間たちや小さな虫たちの仲間入りをすることになるだろう。頼れるものがない状態でそれは避けたい事態である。いや頼れるものが借りにあったとしても避けたいのは変わらないが。
また収支関係にも気を配らなければならない。私が町に落ちている交換用の似顔絵のついた紙や丸くて硬いものを見つける速度より、消費する速度の方が早ければいずれ生活が続けられなくなってしまう。しかも厄介なことに現在の私はそれらの交換を行う際の価値を知らないのだから、なおさらである。
以上のことを踏まえて考えると3つの選択肢となる。
①今から頑張ってコナミルクを選ぶ
②今日の所は諦め、後日また情報収集を行って適切なコナミルクを選ぶ
③すっぱりこの場所を諦め、盗んだり施しを恵んでもらって生活する
まず①は今まで話した通りの問題があるが、一番コナミルクに余裕が出る。今後もこのような不測の事態が起きる可能性があるのだからそこは大きなメリットだ。
②はまたここに観察にやってきて誰かがコナミルクを買うのを見て値段や情報を収集する。これのメリットは当然①のデメリットの軽減だが、問題としてコナミルクが尽きてしまったのにもかかわらず情報が得られていない場合は後がないという状態で選ばなければならないし、不測の事態が発生した場合に弱い。
③はある意味一番消極的な案で、今までの安定を手放すという大きなデメリットがあるが、コナミルクを選ぶというリスクを冒さなくてもいいという利点がある。
さて、これらを比べてどれにするか――――――――
――――ここは①にしようと思う。理由はまずなるべくコナミルクを安定して得られるようにしたいという点。それから私はまだまだ知らないことが多いため、不測の事態が起きる可能性が高いと思われる点だ。
さてそうなると、私は今からどれが目当てのコナミルクかを選ぶ必要がある。色々考えなければならないことはあるが、まずどれがどのくらいの量の似顔絵の紙や丸くて硬いものを消費するかについてはあまり考える必要はないだろう。なぜならここに関しては純粋に分かりようがないからだ。おそらく何かしらの法則性があるのだろうが、まだそれらのどれがいくつかかるのかは分からないし今から調べている時間もない。
そうすると私が今考えるべきはやはり、どれがきちんとしたコナミルクか、である。さてここで頼りになるのはやはりそれぞれの物品に付属している絵であろう。私の目当てのコナミルクがそうであったが、どうやらここの物品は中に入っているものを暗示させるような、かろうじてそれだと分からなくもない絵が描かれているのである。
というわけでこのあたりに置いてある物品を見てみよう。まず分かるような絵が描かれていない物品、これらは私には判別不可能であるため交換候補から除外していいだろう。というわけで人間の幼体が描かれている物品に絞り込む。そうは言ってもまだまだ数は多いが。
次に実際に手に取って触ってみる。こうすることである程度中の推測を行うことが出来る・・・・・・こともあるのだ。できない場合もあるが。少なくとも私が求めているコナミルクは粉状のものであるため、品物を振ってみれば粉が入っていることが分かるはずだ。
~~~~~~吟味中~~~~~~
――――うん、よしこれがいいんじゃないだろうか?振ってみて中に粉のようなものが入っていることは分かったし、人間の幼体の絵も書いてある。大きさも小さいからもしかしたら交換する絵や丸くて硬いものが少なくて済むかもしれない。よってこの青い箱に決定だ。
さて、交換する物品も決まったので次の難関の場所まで歩いていくことにする。私は青い箱を手に取り、そのままゆっくりと交換を行う場所へと向かっていく。いくつかの細長い台が置いてあり、そこに幾人かの人間が並んでいる。この時台の向かい側に人間がいない場所では交換できないのであるが、私にとってはそこは気にしなくてもいいところだ。
なぜなら、交換を行える場所はもう一か所あり、私が利用するのはそのもう片方であるからだ。台の並んだ区画の隣に楕円形に光る板が配置された場所がある。ここでは驚くべきことに似顔絵や丸くて硬いものと物品の交換をこの光る板を利用することで人間を通さなくても行えるのである。
つまりこのやりとりに対して怪しまれたり言語が分からず望む交換が行えなかったりしないということである。これは実に大きなことで、このおかげで様々なトラブルに巻き込まれたりせずにスムーズにコナミルクを入手することが出来るのである。
とはいえ完璧と言うわけではないし、うまくできるようになるまでに多少の時間を有したのも事実である。だがそれでも会話を行わずに交換できるという利点はやはり大きいのだ。私は意気揚々と光る板を何度か軽くたたいた後――よく分からないのだがこうしないとこれは上手く作動しないのだ――、青い箱に描かれている太さの違う黒い線を光る板の下部分に取り付けられている透明な板――実をいうとこれも光るのだが――にかざす。
「ピッ!」
瞬間、軽快かつ奇妙な音とともに一瞬だけその部分が光ったかと思うと上の画面の模様が変化する。これでおそらく何を交換したいのかがこれに伝わったはずだ、仕組みはさっぱり分からないが。これからこの横にある丸くて硬いものを入れるための溝や似顔絵の紙を吸い込む機構にそれらを入れていく。そうするとこれがいれた量が交換に適しているかどうかを判断してくれるようなのだ。そして適した量になったと判断すると光る板の一部の模様が少し変化するのでそれを合図にその場所を軽くたたけば交換を行ってくれるのだ。
なんと素晴らしいのだろう。これで私がよく分かっていなくても交換が行われ、不審に思われることもなく、さらにここの様子を見ることで交換の法則性を予想していくことが出来る。この仕組みを知った時は喜んだものである。まあただ他の人間がこれを使うのを見るのは不審がられることが多く、まだ交換の法則性までは分かっていないのだが。
などと考えているうちに交換が終わり、おそらく交換した際の余りと思われる丸くて硬いもの――その中でも薄目なものが多い――が出てくる。おそらくここで多く出てくるものが交換の際に価値が低いものなのだろう、と私は予想しているのだがまだその中の順番とそれからその価値の比率については分かっておらず予想も立てれていない。
さて、コナミルクと思しきものも交換できたし早く帰ろう。すでに日は落ちており周囲は――こういったおそらく人間が作ったのであろう光を除けば――真っ暗である。少し悩むのに時間をかけすぎてしまったせいだろう。
私はコナミルク置き場から出てゆっくりと人気のない路地裏へと歩いていく。身体を変化させるためだ。私の現在の棲み処がこの身体では入りずらいということもあるが、どうやら私の棲み処周辺とこのコナミルク置き場では不自然にならない姿形が違うらしいのだ。以前同じ姿で歩いていたら数人の人間に囲まれて危うく殺されそうになった。その時はなりふり構わずカラスに変化して逃げたのだが、もう一度上手く逃げれるという保証はないし、そもそも2度もそういうことは御免である。
私は町の綺麗な場所と少々路地裏でカラスに・・・・・っとそうだった。今はカラスの姿にすると襲われる可能性があるのだった。全くもって不便である。ならばここは猫かあるいは人間であろう。ふむ、どちらがいいだろうか?
猫の方が不審には思われづらいが・・・・・・ここは人間でいこう。歩幅が広く移動しやすいこともそうだが、猫の状態だとせっかく手に入れたコナミルク――だと思われるもの――が運びづらいうえ、最悪人間に奪われかねない――これもやはり一度奪われたことがあった。あの時は肝が冷えたものだ――のだ。
私は路地裏を歩くのに適した姿――やや汚れた格好の人間の成体の雄――に変化し懐にコナミルク(仮)を仕舞い隠れ家へと歩いていく。このまま帰って眠れば今日も何とか一日が終了だ。ある程度のトラブルはあったが何とかなってうれしい限りである。まあ眠れるのはコナミルクの真偽が着いてからではあるが・・・・・・
・・・・・・・・・などと気を抜いていたのが悪かったのだろうか?
私の目の前には周囲に雷のようなものが走っている人間の成体(雌)と複数体の同じ衣装に身を包み、目以外の部分が露出しないようになっている黒い服を着た人間と思われる集団がおり、どちらも必死の形相――集団の方は顔が良く見えないためあくまで予想ではあるが――で戦闘を行っているではないか。
ふむ、やはり不測の事態というものはどうしても起こってしまうらしい。とはいえこういった事態になら巻き込まれるのも実は2度目であるゆえ対処法も分かっている。
1度目は猫の姿をしている時のことである。理由はいまいちよく分からなかったのだが2匹の雄猫が争っている横を通り過ぎようとしたら、争いに巻き込まれてしまった。その時は人間に変化して追い払って事なきを得たのだが、おそらく同種同士が戦闘を行っている場合その種族に変化していると無関係ではいられないらしいのだ。
であるならばどうすればいいか?それはさっさと人間以外に変化して場を離れればいいのである。どうにもどの生き物も――被食捕食の関係や何らかの利害関係があるのならばともかく――同種以外に対する関心は同種に対するものより低いのだ。
そうと決まれば素早く猫に変身して――あ、やばい気づかれた。というか猫に変身するところをばっちり見られてしまった。・・・場にいる全員がこちらを見ているようだ。
・・・・・・どうしようか?