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第一話/カラス

良く晴れた小春日和のある日、雲一つない澄み渡った青空の中に浮かぶ太陽が町中を照らしている気持ちのいい朝。スラム街の一角、入り組んだ小道の先の狭い狭い物陰に小さな籠が置かれていた。その中には多少汚れてはいるものの綺麗な毛並みの白い猫がおり、気持ちよさそうにすやすやと眠っている。


しかししばらくするとその猫はのそのそと起き上がり


「ふにゃ~ああ~。」


そう鳴いて寝ぼけ眼で伸びをした。その後白い猫は足元に置いてあったホニュービンを器用に前足で抱え、吸い付いて中に入っていた白い液体――コナミルクと言うらしい――をごくごくと飲んでいく。


お察しの通り私である。暗くて狭いところから体を叩きつけられたりなど色々と痛い思いをしながら脱出しておおよそ30回ほど朝と夜を迎えた今日、私は何とかある程度安定した生活を得ることが出来ていた。


あの後階段を上がって見ることになった初めて目にする――もしかしたらあの狭い空間に入る前に見たことがあったのかもしれないが――色とりどりの光景、その中を行き来する大量の生き物――主に人間と言われるものであった――に、そこを凄まじい速さで走る車輪の付いた四角い箱のようなもの、それからそれらが出す音の大きさに圧倒されたのを覚えている。


そんな状態にあってこの現在の棲み処である狭い物陰――であるのにもかかわらず、日中はきちんと日に当たるという凄まじい好条件の場所なのだが――を見つけることができたのは望外の幸運であった。


私はまずここに荷物を置き、それから栄養を求め周囲の探索と観察を行うことにした。その探索の結果、他の生物が私のように体を変化できないということも知ったのであるがそれ以外にも私自身に関するある一つの仮説を立てることができた。







それは私がおそらく人間と呼ばれる生物、中でもとりわけ産まれたばかりの幼体であるということだ。







まず調査の際に私が最初に行ったのは、ホニュービン――当時はその名前を知らなかったが――を探すことだった。私にはホニュービンの中の液体を飲んでいた記憶があったので他の生物がホニュービンを持っているのを確認しその中に入っているものを知ることが出来れば、私が今後何を食べて生きていけばいいのかわかると思ったからだ。


その調査の際に役に立ったのは猫とカラスと呼ばれる生物であった。私はあくまでそれらの観察をし、それに似た形状に変化しただけなのだが――それを行うまでは他の生物、とりわけ人間に警戒され、危うく殺されるところであった――それでも私がその生物であると誤認させることはできるようで、むやみやたらと攻撃されるようなこともなくなり――とはいえ0になったわけではないが、しかし少なくともよく分からない白い煙を噴射されることはなくなったのははかなり大きいと思う――調査が楽になったのだ。


そして最近ではその本来の生物をも騙すことができるようになってきたのだが、その代わりに縄張り争いで襲われたりカモフラージュしている生物の異性に求愛行動をされるようになってしまった。


変化のクオリティが上がっているのはいいのだが・・・・・・雌雄どちらに変化しても何らかの形で襲われたりする可能性があるのはいただけない。まあ以前の状態だと異物として攻撃されたのでそれよりはましであるが。


そうした苦労の末に私はホニュービンを所有している生物を発見することができ、さらにその中身に入れているのであろう物品を発見することができた。どうやら人間のそれも小さな幼体が保有し、中にある白い液体――コナミルクだとかミルクだとか言われていた――を主食としているらしい。


私はこうして自身の種族と摂取すべき食物を知ることができたのだが、ここで一つ問題が発生した。


それは中に入っていた液体、コナミルクの入手方法である。どうやら中の液体は何らかの粉末を熱した水で溶かしたもののようなのだが、その粉末の入手方法を突き止めるのまで時間がかかってしまった。何しろ保有している人間たちは自身の棲み処に私が入るのをひどく嫌がったので遠くから覗いて確かめるしかなかったし、どうやらその粉末は多く所有していたようで中々入手方法が分からなかったからだ。


おかげでその間は彼らの棲み処に入り込んでホニュービンの中身を盗んだり、あるいは猫となった状態で人間に恵んでもらう――幾人かの人間は私がそれを動きで要求するとなぜか喜んで与えてくれたのだ――しかなかったのだ。


とはいえそうして見張っていた甲斐があり、私はついにその粉末の入手方法を知ることが出来た。どうやらこの粉末はいくつかの建物の内部に置いてある容器――丸くて硬いものだったり、柔らかくて四角い箱であったりする――の中に入っているらしい。


そして驚くことにコナミルクを含むここに置いてあるものは誰かの似顔絵の描いてある紙や小さな丸い金属――ちなみにこれらは探せば町の色々なところに落ちていたりする――を渡すことで交換してくれるらしいのだ。まあ代わりにその手続きを行わないと捕らられて奥の空間に運ばれてしまうようだが。


どう見ても釣り合っていないように思えるのだが、彼らがいいと言うのならありがたく利用させてもらおう。だが少し厄介なことにどうやらここを利用するのは人間の、それもおそらく成体でなくてはいけないらしい。幼体と一緒にやってきているものはいるが、この交換を行っているものは今のところ成体しか確認していない。


私は一応人間の成体にも変化することが出来るのだがどうにもこの能力、重さの変更はある程度までしか出来ないらしく人間の成体のように身体を変化させても重さが本来のものとは大きく異なってしまうのだ。


ついでにいうと私は今、猫・カラス・人間の姿をまねることが出来るが言語習得という点ではいずれもまだ上手くできていない。一部分かる単語はあるのだが、どうしても全体だと何と言っているか分からないことが多い。中でも取り合け人間の言語は難解で単語数や言い回しの種類が多いため、その解読には時間を要している。


とはいえ今のところ生存には問題ないし、先に上げた各種言語も順調に習得しているところだ。ゆえにこのままの生活を続けていけばそれらの問題も解決するだろうし、以降の生活の見通しとしては楽観できる。














・・・・・・と、思っていたのだがどうやらそう上手くはいかないらしい。


「今日■■■■■■ヲ■■■ス!同胞■■■シタ■■■メ!(今日コソオ前ヲコロス!同胞ノ振リヲシタ魔獣メ!)」


現在私はカラスの群れに襲われていた。いつも通り町に落ちている似顔絵の描いてある紙やら硬くて丸いものやらを探したり、町の観察を行うためカラスへと変化したのだが・・・なぜか多くのカラスの群れが私を見つけた途端に襲い掛かって来たのだ。しかもその数はどんどん増えていっているようである。


はて何が原因だろうか?ホニュービンの中に粉を持っている奴がいたから奪ったのが悪かったのか、それとも縄張り争いで襲われたとき誘導してあの走っている早くて四角い硬そうなものに轢かせたのがいけなかったのだろうか、あるいは落ちていた死体を変化の参考にするために細かく見分したのがいけなかったのだろうか。


しかし粉を奪ったのは私の生存のためであるし――あの時は脱出して間もないころで空腹で倒れそうであった――縄張り争いに関しては確かにそちらの縄張りに入ったのは私だが襲われたから対処しただけであって正当等防衛だ。死体の見分に関しては殺したのは私ではないし、これを行うことで変化の質が上がり飛行することが出来るようになったのだから必要かつ有意義なことであった。


・・・だから許してくれないだろうか?駄目か?駄目だよな、きっと。まあどちらにしろ今の私にはそこまで細かく説明することなどできはしないのだが。


さて気を取り直して状況を整理すると今襲ってきている相手の数は33羽のようだ。さすがに分が悪いなんてものではないし、そもそも私には戦う理由が存在しない。・・・何とか争いを回避できないものだろうか?まだ完全とは言えないがある程度の言語は操れるのだし、もしかしたらワンチャンあるかもしれない。ここは説得を試みてみよう。


「私、戦ウ、イヤ。争イ、何モ生マナイ。」


「黙レ!■■■■■■遅イワ!同胞ノ■■■ク■■■レル!(黙れ!今更言ったところで遅いわ!同胞の仇、今こそ取ってくれる!)」


ふむ、今のは何となくわかった。どうやら私の説得は失敗したようだ。その証拠に彼らは一斉に私に向かって襲い掛かって来ているではないか。


もちろんそのままだとどうなるかは火を見るより明らかなので――まあ火の存在を知ったのはつい最近のことだったりするんだが――当然私も説得失敗と同時に飛行を開始して逃げた・・・・・・のだけれど






「「「■■■!(回リ込メ!)」」」


「「「ソコダ!■■■■■■!(ソコダ!挟ミ撃チニシロ!)」」」


「「「向コウヘ行ッタゾ!今■■■■■■!(向コウヘ行ッタゾ!今ノウチニ迂回スルンダ!)」」」


「「「生キテ■■■!(生キテ返スナ!)」」」


「「「■■■■逃ゲタゾ!追エ!(ソッチニ逃ゲタゾ!追エ!)」」」


「「「数■■■活カスンダ!(数ノ利ヲ活カスンダ!)」」」


「「「殺セ!」」」


「「「捕マエロ!」」」


「「「追エ!ソコダ!」」」




ちょっと数が多すぎるのではなかろうか?


いや確かにさっきほどまででさえ33羽いたのでこれくらいが当然なのだが。しかしそれでも動揺してしまう。これほどの数に襲われれば最悪命を落としかねないし、ここまで多いカラスを見るのも初めてだ。


とはいえいつまでも狼狽えているわけにはいかないのでまず数の利を生かしやすい上空を避けるため地上に急降下、場所は・・・あの四角い箱のようなものが通るところがいいか?今ならちょうど私が通った後に通りそうだ。そうして楕円形の軌道を描きながら私はその場所へ――








瞬間、私の後ろから1羽のカラスが私に対してぶつかって来た。







―――――――――ごふっ!?一体何が・・・・・・っ!2羽目!?


私は瞬間咄嗟に身をひねりながら身体の形を少し変形させることでやってきた2羽目のカラスをかろうじて避ける。そしてそのまま後ろに目を作り(・・・・)後ろを確認する。そのまま続けて3羽目のカラスが発射されるが、さすがに見えていてかつ3度目ともなれば回避は問題ない。ぶつかって来たカラスたちは上手くついてこれていないようであるし。


―――なるほど、追いかけてる一羽を他のカラスが思い切り蹴とばしたのか。それならば少し距離が空いていたはずの私に追いついた理由もぶつかりに来たカラスがそのまま脱落する理由も頷ける。


そこで私はある問題を確認する。先ほど1羽目のカラスに当たってせいで軌道がずれ、このままではやってくる四角い箱と衝突してしまうということだ。どうする?もう軌道変更しているような時間はないぞ?―――仕方がない。腹をくくろう。



―――私は後ろから放たれた4羽目のカラスを伸ばした足(・・・・・)で蹴とばして勢いを上げ、そのまま四角い箱の車輪と車輪の間をすり抜けられるように地面スレスレを飛行する。


よし!車輪と車輪の間に入ることができたぞ!このままの勢いで飛んで行けば



瞬間、四角い箱は大きな音を上げ失速を開始した。



―――っ!まずい、このままではぶつかってしまう!そしてこの位置でこの勢いでぶつかったら・・・どうする?いやまだ方向転換できるはずだ!


私はスレスレなのをいいことに足で地面を思い切り蹴って無理やり方向転換を行った。――当然痛みが走り、足がそのままでは使い物にならなくなるが、その程度なら変化してすぐ直せる。痛いのは変わらないが。正直なところ今すぐ泣き出したいほどである。そんなことをしても状況が良くなるわけではないというのは分かっているのだが・・・・・・。


痛みを耐えるためそんな思考をしつつ私はそのまま反対側の車輪の間へ飛びぬけた。







・・・どうやら後ろからついてきていたカラスたちは躊躇するかあるいは突っ込んで箱と激突するか箱に轢かれたらしい。どうやら箱の方も少し滑ってしまったようだが・・・ともかく多少の余裕が出来たことは確かである。とはいえ前方にもカラスたちがいるだろうしここは逃げるしかないが。


私は身体を半液状に変化させると四角い箱が通っている道の端に空いている穴の中へと降りていった。ここには初めて入るので少々不安があるが、しかしこの状況から脱するにはこちらに逃げるしかないだろう。この場所に入るためには硬い格子をすり抜ける必要があるため、彼らはそうやすやすとは追ってこれないはずなのだ。





・・・・・・と思い切って入ってみたのはいいのだが、残念なことにこの場所は臭い。とても臭くて鼻が曲がりそう・・・ああ、鼻をなくせばいいのか。


よし、これである程度は過ごしやすくなった。まあいつまでも鼻を無くしているのはそれはそれで不安なのでなるべく早く出ることにしよう。


とか思っていたら今度は流れていた汚れた水のせいで濡れる羽目になってしまい、身体が冷える。うん、しばらく隠れたらさっさと出るのでいいな。ここに長居はしたくない。さすがに同じ場所から出ると見張られている可能性があるため他の場所から出ることにするが。


確か入った穴と同じような穴がいくつもこの町にはあったはずだ。おそらくそれらの穴はこの空間に通じているのだろう。ならば他の穴から出ればいいな。私は飛行するためにカラスへと変化すると他の穴を探し始めた。


それにしてもここは不思議なところである。目的は今一分からないが、おそらく汚れた水をどこかへ流しているのだろう。まあそこまでは分からなくもない。ただ私が疑問に思うのは所々に置かれている不思議な物体である。


これは・・・・・・石でできているのだろうか?灰色の物体でどうやら人を模っているようだが。それになにやら力のようなものを感じる。まあ気のせいかもしれないが。


――少し触ってみようか。


・・・どうやら手触りはざらざらしているようだ。ふむ、くちばしでつついてみたが特に壊れる様子もない。一体何なのだろうか、これは?少し持ち帰ってみたいが・・・思ったより重いな。私と同じくらいの重さがあるんじゃないか?しょうがない、持ち帰るのは諦めよう。


などということをしていたせいかすっかり見落としていたが、周りをよく見たら少し遠くの方に他の穴が見えている。ならばそこの穴から地上に戻るとしよう。



しかし、カラスたちのことを考えるとしばらくこの姿は使えないな。今の私ではカラスに似せた場合はすぐにばれてしまうだろうし。この姿は空を飛ぶことができて便利なのだがなぁ。彼らをどうするかも少し考えておいた方がいいかもしれない。いつまでも使えないのは不便であるし。



よし、穴の前に到着。それじゃあ身体を半液状にしながら登って地上に帰るとしよう。全く普通の一日になると思ったのにとんだ災難である。もう少し他者の目も気にして生きた方がいいのかもしれないな。まあとりあえず水を浴びて棲み処で寝るとしよう。先ほど起きたばかりだが少し疲れた。











――――――――ところでこの身体についた臭いはとれるのだろうか?




主人公の形態

・スライム

・猫 new!

・カラス new!

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