プロローグ/コインロッカー
処女作です。
見切り発車ですが良ければご覧いただけると嬉しいです。
私が最初に感じたのは空腹感と恐怖だった。
ぼんやりと何かを飲んでいた記憶がある容器はとうの昔に中身が尽きており常に空腹であったし、辺りは暗くて何も見えないどころか私の周りをふわふわとした何かが包んでおり動くことも上手く泣くこともままならなかった。
そしてそうした環境がとても恐ろしくそして心細く、今すぐにでも誰かに助けてもらいたいと思っていたが、しかしこの状態は――少なくとも私の主観では――長く続いていて、おそらく助けはやってこないだろうと諦観していた。
この暗さと空腹と恐怖にさらされ身動きも取れない状態はとても不快で、できることなら抜け出したいと思っていたが、この時の私は口をもごもごと動かしながら泣くので精一杯で、泣いた後はそのまま疲れて眠ってしまうという今から振り返ってみるともう少しどうにかならなかったのかと思う醜態をさらしていて抜け出すことなどできそうにもなかった。
そうした状態にあって私が緩やかな死ではなく、現在の生を掴めたのは皮肉なことに凍え死んでしまいそうな寒さの到来のおかげであった。ある朝――これは私の主観によるもので、実際には朝も夜も分からなかったので眠りから覚めた程度の意味であるが――私は寒さによって目を覚ました。その寒さはすさまじく私はいつものように泣き声を上げるのも一瞬上手くいかなかったほどで、このままでは死んでしまうと意識せざるを得なかった。そしてそれ故に私はようやく泣く以外の選択が取れるようになったのだ。
そう、その寒さによる恐怖が私の本能に生にしがみつくことを選択させ、いつもよりも大きく動くことを可能にしたのだ。・・・と言ってもできたことなど口を左右に動かし、助けを求めて声をあげようとし手足をもがくようにバタバタと振り回す程度であったが。
とはいえそれにも多少の意味はあったらしく、そうしたことをやっていたところ体の奥から何かが湧き上がってくるような印象を受けた。それに期待したのか、あるいはただ未知の感覚に興奮していただけなのかは定かではないがそのままバタバタと手足を動かしていると・・・
————————不意に私の腕が伸びた。
これは比喩表現やあるいは間接を折り曲げていたのを伸ばしたなどというものではなく、純粋に物理的な変化として長さが3倍ほどに伸びたのだ。
・・・その結果壁に手をぶつけることになり少し痛かったし、急に変化したことと痛みによって私は混乱し、左程目的もなく手足をバタバタ振って余計痛い目にあったのだが。しかし意味はあったようで驚くことに足が伸び、そのさらに次には首が伸びたりした。
その結果何が起きたのかと言えば、お察しの通り壁にぶつけて余計痛かったのもそうだが、それ以上に絡まって余計に上手く動けなくなった。せっかくの変化だというのになぜこんな悪いことになってしまうのだろうか。まあ混乱した私のせいと言えばそうなのかもしれないが。
しかしその状態で何もしなければ結局死んでしまうのは変わらないため何とか体を動かせないかと試行錯誤を行った。その際、ぼんやりとした記憶にあった白い液体――確か私はこれを飲んでいたような気がする――の滑らかさを思い出してそんな形でうまくなめらかに動けないかと考えていたのが良かったのか、ゆっくりと全身が液状のものに変わっていくのを感じた。
が、少し怖かったので慌ててすぐに止まるように念じてみた。そうするとすぐに変化は収まった。どうやらこの体の変化は私の意思によって行うことが出来るようである。その後私は恐る恐る身体を液体と固体の中間の状態、半液状状態になるようにゆっくりと体を変化させていった。ちなみにこの時は暗くて色など見えなかったのだが、後でこの状態の身体を見てみたところ案の定白い色をしていた。
この原理も理屈もよく分からない変化――この時の私はそんなことを気にする余地も余裕も無かったのだが――によって私の身体はとてもなめらかに動くことが可能になり、一息つくことが出来た。まあ時間がないため本当に一息程度であったが。
半液状となった私はそのまま自身の周囲を駆けずり回り手がかりを探した。この時自身に巻き付いていたよく分からないふわふわしていたものから抜け出すことに成功したが、その反面さらに寒くなってしまい思わず身震いする羽目になった。
そんな状態で周囲に何かないかと触れて回ったところ、どうやら今いる場所が狭い立方体の空間であること、その一方向にだけ何やら凹凸があることが分かった。そして薄くではあるがその方向から光が差しているのが見て取れ、この方向に進めばおそらく外に出られるであろうことを察せられた。
しかし問題はその方面の壁を押してもびくともしない、という点であった。今の私ならば隙間から半液状化し、すり抜ければいいのであるが、この時の私は能力に目覚めたばかりで隙間から抜け出せるほど薄く体を伸ばすことができなかったのだ。
――それにしてもこの能力は一体何なのであろうか?てっきり他の生物も同様の能力を有しているものと思っていたのだが、どうやらそんなことはないようであるし。まあこれがいかなるものであろうとも他に頼れるものがない以上、使わざるを得ないのだが――
そこで私はこの狭い空間一杯に体を広げてみることにした。空間内で自身を膨張させそれによって壁を壊そうとしたのだ。
・・・結論から言うとこの方法は空間からの脱出、という点においては成功であったが、それ以外の面では失敗であった。なぜなら膨らんだ私が壁――後から考えると実はこれは扉と言うべきものだったのだが――を吹き飛ばすまでの間、全身が壁に圧迫されるはめになったし、中に置いてあった私の入っていた籠に、私を包んでいたふわふわの何か、それから白い液体の入っていた何か――後で知ったのだがこれはホニュービンと言うらしい――と言った品々が私に当たるばかりが私が柔らかいのをいいことに身体の内部にに食い込んできたのだ。すごく痛い。
挙句の果てには一気に扉をこじ開けたがゆえにその勢いによって私も外へ思い切り放り出され地面にたたきつけられるし、その上から私に食い込んでいた物品が降ってきて私に命中するしで、もうなんというか最悪である。
「へぶっ!?」
などという情けない声も上げる羽目になったし、むしろここは痛みで気絶しなかった私を褒めたいぐらいである。私が居た立方体の空間と同じ位冷えた床の上で気絶などしようものならあっという間にお陀仏であったであろうし、それでは一体何のために痛い思いをしたのか分からなくなるからだ。さすがにそれで死んだら死んでも死にきれない。
しかしいつまでもそうしているわけにもいかないためもしかしたら何かの役に立つかもと思ったホニュービンとふわふわを籠に入れ、それを運びながらまずは暖を取れる場所を探すことにする。このままでは凍え死んでしまうであろうし。
幸い出た場所は広いうえに他の生物はおらず、また外へと通じていると思われる段差の道もあったためそちらの方向へえっちらほっちらと進んでいくことにする。欲を言えば暖かくて何もしなくても栄養が取れて安全な場所があれば最高なのだが・・・そうでなくとも最低限生きていく場所を見つけなければならない。上手くいくといいのだが。
そう思いながら私は未知の世界へと動き出すのであった・・・。
・・・ところで籠とその中身、重くないだろうか?引っ張っていくとなると中々に重労働なのだが。
――――――以上が私のはっきりと思い出せる中での原初の記憶である。
主人公はスライム形態を手に入れた!