乙女ゲームの世界に転生したと思ったが色々ハードモードが過ぎる
端的に言うが死んだと思ったら乙ゲーの世界に生まれ変わっていた。
私の名はエドワード・オブ・ウッドストック。別に本物の黒太子ではない。だってここ異世界ですしー。似た地名はあるけどイギリスないですしー。しかしやっていることはそれっぽいかもしれない。
――乙女ゲーム『百年恋戦争』。ヒロインはジャンヌ・ダルクをモデルにした少女ジャネットで、黒の国に攻め込まれて窮地に陥る白の国を助けつつ騎士とか王様と恋愛するやつである。今思えばちょっとネタが不謹慎ではあるまいか。でも乙ゲーのくせに戦略シュミレーション要素があったのがちょっとハマってしまって、わりとがっつり何週もプレイした私である。前世はガチゲーマー系女子大生だった。わりとゲームは幅広くやってた。サバゲーとかもやってた。あ? どうでもいい? うるせえやい。
ちなみにこの乙ゲー、登場人物は百年戦争がモチーフらしいが、ジャンヌ・ダルクと私――エドワード黒太子が同じ画面に出てくる辺り時代背景とかの細かい設定が何つーか雑なのはお察しである。ちなみに私ことエドワードはゲーム中では黒の国の王子でラスボスになったりジャネットに靡いたりする。ゲーム的には敵に回すと弓兵使った遠距離攻撃で猛攻撃されて、それで攻略対象の騎士が死んでバッドエンドになることもあったので戦闘すごい面倒くさかった。でもそういうのやりこみがいあって好き。ちなみに倒すと逃げ出すけど後で病気で死ぬという。なんでそこだけ妙にリアル?
とまあそんな世界にラスボス枠で生まれ落ちた私は死にたくないんで色々頑張ることにしたわけですよ。ラスボス枠に生まれた以上死亡フラグとなるものは極力避けていかないと死んじゃうじゃん? できるだけ平和に生きたいじゃん?
じゃあヒロインのジャネットに靡けばいい? 馬鹿を言うんじゃない。彼女に靡くということは、実質的な人質になることと同義だ。いかにこの戦争が黒の国から吹っかけた形になっているとはいえ、正しく黒の国の領地であった場所を虎視眈々と狙っていた白の国に無抵抗でいられるはずがない。将来的には白の国は黒の国の領土全てを飲み込む計画を立てている、というのはゲーム中で白の国の王様ルート入ると語られる。今私が生きているこの世界でもそれは同様と見ていいはずだ。ゲームキャラと同じ顔した同じ名前の貴族どもがうじゃうじゃいるんだし。仮にも王子たるもの、祖国を売り渡すような真似はできない。原作ゲームではしてたけど。
「くっ殺せ!」
「いや殺さないけど」
「敵の情けを受けるなど……!」
「いや情けでもないけど」
「ならば何故私たちを生かすのです……?」
「逆に何故そんなに死にたがるんだ貴様ら。戦いは終わった。大体、ジャネット・ド・アルク、貴様生き残ったのなら役目があるではないか」
「や、役目……?」
「貴様らの兵はよく戦ったのだ。生き残った貴様らは、死んだ仲間を弔わねばなるまいよ」
というわけで、頑張りの結果ジャネットは捕虜として捕まえたとこなんで結婚相手としては考えてないですねー。一応これでも平和的な方向持っていきたいから戦闘終わったあとは無暗に殺しはしないし、人質として交渉材料にするだけだし、その後は言ったとおり死者の弔いでもしてもらうつもりだ。まあだからって戦闘の時はがっつり高所から弓を射かけて白の国の騎士も歩兵も大人数始末してるからまず好意を持たれてないけどね? 私からも立場上天敵としか思ってないよ? 捕まえたけど。殺さないけど。
いやほんと、転生先が乙ゲーの主人公とかその家族とか、はたまたライバルの悪役令嬢とかだったらそこまで悩むことなかったんだけどね。そういうのに転生するもんじゃないんかフツー。私性別変わってんぞ。どうするんだ、死亡フラグ以外も問題が山積みではないか。女の子恋愛対象じゃないから(男も興味ないけど)お世継ぎ問題絶対揉めるやつー。弟たちがいるから血は絶えないけど権力闘争激しいやつー。戦争頑張った分土地が荒廃してるから復興頑張らないといけないやつー。なんということだ。なんということだ……。
そもそもの世界観からしてハードモードである。中世ヨーロッパ風ファンタジーというと貴族とかがいてきらきらしてるみたいなイメージを持っている人もいるかもしれない。剣と魔法のRPGって面白いし、前世ではめっちゃいろいろやりこんだ覚えがある。正直乙ゲーよりよっぽどやってた。でも中世ってわりと悲惨な時代ですし。町は汚いし城も汚いし世間での病気の流行っぷりはやばいし医学とか衛生の革命が必要です。ナイチンゲールのような才女……烈女? みたいなのが切実に表れてほしい。私だけでどうにかなる範囲は限られてんだよ。チートとかありませんし。私にわかるのは前世ゲームやって覚えたこととかそこから興味が派生して勉強した戦術や戦略だけですし。あと経営学。経営シュレーション系も好きだったし。うん。
さて、現状である。ジャネットややばそうな騎士たち、もといゲームのメインキャラのイケメン騎士どもはあらかた捕虜にした。あるいは倒した。ゲームを元にした未来予想が大体当たっていたので、ここまでは問題ないし、この状況にもってこれたのだから彼女らに死亡フラグを立てられるということもないはずだ。捕虜だから丁重に扱っているし。捕虜虐待ダメゼッタイ。
白の国は主戦力を失ったわけで、講和を持ちかければ断れはしないはずだ。黒の国の圧倒的優位をここから覆すのは難しい。こちらとしても戦争でヒャッハーするのはそれなりにやりがいはあるが、要するに大量殺人なので、しないほうがいいのも確かだ。長引けば兵も疲弊する。終戦にはちょうどいいタイミングだし、賠償金とかその辺の調整は上手くやれば何とかなるだろう。
問題は、この後の復興だけだ。荒らしてしまった土地は広い。その辺り金は惜しまないが、きっと時間がかかる。随分と恨みも買った。一応の死亡フラグはなくなったと思うが、まだまだこれからが大変だ。乙ゲー転生しといて何故私は乙ゲー展開になることもなくそんなことを悩まなければならないのか。乙ゲー世界なら乙ゲー展開やらせろや。それが無理なら平和に暮らしたい。
「エドワード殿下、ご報告申し上げます!」
慌ただしく伝令がやってくるので、一体何事かとちょっと吃驚してしまう。急に話しかけられると心臓に悪い。
「なんだどうした今度はなんだ」
「黒の国本国におきまして、ヘンリー・ボルングブリック殿下が挙兵なされました。御謀反です!」
なんということだ。ヘンリーはこの世界における私の甥であり、ゲームでは名前も出てこないモブであるというのに、まさかの歴史の表舞台に立つという。
まさか、まさか――死亡フラグが祖国から湧いてきた、だと……!?
「っていうか、これどう攻略すればいいんだ……」
白の国との戦争は勝った。捕虜もいるし、交渉もいくらでもできる。だが時間はない。すぐにでも本国へ戻り、こんなタイミングで暴れやがった甥っ子をとっちめなくてはならない。あっこれ秀吉の中国大返しっぽい。いやそれにしたってこんなんある? それ再現しろってきつくない?
しかしタイミング的にはそうしなければ祖国がピンチ。速やかに話し合いの席を設けなくては。私の家臣たちはその辺有能なので、ささっとやってくれるだろう。私もなんか上手い言いくるめ方考えとこ。
折角(?)の乙ゲー転生というのに、このハードモードっぷりはなにゆえに。ジャネット倒しても身内から敵湧いてくるとか予想外が過ぎる。やることが山積みだというのにこの仕打ちだよまったく。平和に! 暮らさせろ!
この時速やかに講和条約を取りまとめ本国へ引き上げた私は、この後生き延びたジャネットが私に興味を持ち謁見を望んでいるなど知る由もない。