欠艦品
誰も居ない海岸の堤防に座って海を眺めていると、誰かが堤防の上を歩いて近付いて来る。
「ねえ、君は髪を切った方が似合うと思うけど」
隣に立ち止まるなり突然そう言った女性は、俺の髪を搔き上げて正面から顔を見下ろす。
「何だあんたは、誰か知らないが構わないでくれ。唯一の安らぎの時間を邪魔するな」
手を振り払って突き放すが、その方が絶対似合うと思うんだけとなー等と呟いて立ち去ろうとしない。
立ち上がって帰ろうとすると、同じ学園の制服を着た女子生徒に阻まれる。
「君は男子生徒の制服を着ているのに女の子みたいに綺麗なんだね」
「邪魔だ退け」
「僕はティエオラ、君と同じ……」
「黙れ」
女子生徒を退かそうと肩に手を当てると、簡単に海に落ちてしまう。
それが俺とあいつの出会いだった。
§
「貴様らはこの学園では最も力の無い駆逐艦クラス、言わば軍艦の中でも最弱の量産可能な捨駒同然。いや、これでは駆逐艦に失礼だな。せいぜい手漕ぎのボートの不良品位だろう」
教卓に手を付いて入学早々罵声を発した女は、ホワイトボードに字を書いてこちらに振り返る。
吉川 緋小夜と書かれたホワイトボードを中指の第二関節で軽く二回叩いて、自己紹介を始める。
「私が貴様ら欠陥品の担任、吉川 緋小夜だ。海軍省から派遣された、階級は中尉だ」
教卓の上に乗っていたドッグタグとデバイスを持った緋小夜は、続けて口を開く。
「早速だがお前たちにこの学園の事を手短に説明する。机の上に置いてあるドッグタグは無くすなよ、この学園でのお前たちの唯一の身分証明書だ。それに全て記憶されて隣のデバイスにデータが転送される、二つあるだろう。片方は首から、もうひとつは足首にでも付けとけば戦場に落っことしても届くかもな」
ドッグタグとデバイスの説明を終えると、丁度チャイムが鳴って教室の自動ドアの前で立ち止まる。
「この後は第一体育館で集会がある、軍人たるもの五分前行動だ。欠陥品でもそれ位は出来てくれよ」
最後まで嫌味を言い放って出て言った担任を見送って、ドッグタグの片方を首から掛けて、もうひとつを足首に付ける。
デバイスを起動させて時刻を確認すると、今日一日のスケジュールが表示される。
今は八時四十分、五十分から集会が始まるから今から第一体育館に向かわなければ間に合わない。
そう思って椅子から立ち上がると、早速謎の男に阻まれる。
「ちょっと待って君。同じクラスになったんだし、自己紹介をしていかないかな?」
返事をせずにドアの前で止まって、早くしてくれないかと苛立ちを募らせる。
クラスの人間は大体が賛成の意見を出して男に注目して、別にしなくても良い派の意見を無視する。
「じゃあ僕から、僕は夢乃 祥人。これから皆と仲良くしていきたいから、どうぞよろしくお願いします」
祥人の自己紹介が終わって教室から出ようとすると、もう一度呼び止められる。
「待って、君の名前は」
進行気取りの祥人の余計な一言で注目が集まってしまい、言わなければいけないという様な雰囲気になる。
「九条 澪怜。俺も仲良く出来たらと思ってる」
これ以上付き合ってたら遅れてしまうので、教室から出ようとすると、自分よりも小さな身長の女子生徒がすり抜けて教室から出て行く。
女子生徒に続いて教室から出て廊下を歩き、デバイスに表示したマップを確認しながら第一体育館を目指す。