後編
長い間吹き続けた猛吹雪がようやく静まって、数日が過ぎようとしました。
するとどうでしょう。今までの冬景色が嘘のように、国中に降り積もった雪がすっかりなくなっていたのです。広がった青空からは太陽の光が街を暖め、山や野原からは色とりどりの花達が咲き誇っています。
この国に、“春”が舞い戻ってきたのです。
そんな中お城へと目を向けてみると、かつて一人の少女にこの国の春を託した王様が腰かけていました。そして今か今かと何かを待ち望んでいる形で、玉座の手すりに指を叩き続けています。
するとその時一人の兵士が、大急ぎで王様の元へ駆けつけてきました。
「王様!塔に向かっていたサクラどのが、先程帰還いたしました!」
「おおっそうか!すぐにこちらへ連れて来なさい!」
王様からの命令に従い、兵士はすぐに向こう側へと走っていきました。疲れを見せた前回とは違い、どこか嬉しそうな表情を浮かばせながら。
しばらくするとこちらへと歩み寄ってくる、サクラの姿が見られました。前回のようなコートはなく、寒さを感じさせる姿はもう見当たりません。
「おかえりなさいサクラよ。よくぞこの国の春を取り戻してくれた。礼を言うぞ」
「はい王様、ただいま戻りました。険しい道が続きましたが、無事に女王様の元にたどり着けました。困っている人々の話をすうると、すぐに季節を交替させてくれました」
サクラからの簡単な報告が行われると、二人は顔を見合わせて微笑みました。
するとここで王様の口から、一つの質問が投げかけられました。
「……ところで、どうして冬の女王様はずっと塔に閉じこもり、季節を交替させなかったのじゃろうか?それについて女王様から、何か教えてもらわなかったかの?」
その質問を聞いたサクラは、微笑むのを止めました。
「実は…………」
それからサクラは女王様から聞いた理由を、包み隠さず王様に伝えました。ほんの些細な争いから国の人々が変わってしまった事、それを少しでも鎮めようと思い季節を交替させなかったという事を……。
「…………そうだったのじゃな。女王様達は我々国民の争いを抑えるべく、このような手段をとった訳なのか……」
サクラは無言でうなずきました。こうして理由を知りましたが、またしても王様は困り果てた表情を浮かべます。
「…………じゃが、一体どうすればいいのかの?冬の女王様の言う通り、このままでは人々は再び争い、いずれこの方法では対応しきれなくなる。人々の心を元に戻す、何かよい方法でもあれば……」
「…………あの」
するとここでサクラは悩める王様に、このような言葉を伝えました。
「方法なら、あります。女王様に提案して、その結果認められた方法が」
「ほほう。では教えてはくれないか?この問題を解決させられる、その方法を……」
王様は椅子から身を乗り出し、その方法を尋ねました。それに対しサクラは、包み隠さず語り始めました…………。
…………この日王様から、新しいお触れが出されました。広場の真ん中に貼り紙が出され、それを一目見ようと、国中からたくさんの人々が集まりました。
「これは一体どういう事なんだ?」
「さあ、さっぱり分からないわ」
その不思議な内容に、人々は首をかしげるばかりです。
それでも人々は皆それを見ているうちに、とても興味深そうに感じました。
「…………だがここに書かれた通りにすれば、何か素晴らしい事が起こるんだな!」
「そうみたいね。なかなか面白そうじゃない!」
そのお触れにはこう書かれてありました。
今から3日後の12時までに、全ての国民は城の庭園に集合する事。
我々からの最高のおもてなしを、誰にでも振舞う予定である。
やがてこのお触れは瞬く間に、国中に広まりました。そして全ての国民が、この日の到来を楽しみに待ち続けました。
…………それから3日が過ぎ、いよいよ約束の時間が近づいてきました。お触れに書かれた約束事に興味を抱いた人々が、会場であるお城の広大な庭園に集合していきます。北から、南から、西から、東からと押し寄せ、もはや区別がつきません。
人々が大勢集まっている中、庭園を一望する事が出来るお城のベランダに、6人の人物が横に並んで姿を現しました。中央にいるのがサクラと王様、その脇には4人の女性がいます。この4人こそが、この国の季節を司る女王様なのです。
桃色のドレスを着た金髪の女王様は春、青色のドレスを着た白い髪の女王様が夏、橙色のドレスを着た緑の髪の女王様は秋を、それぞれ司っています。もちろんそこには冬の女王様の姿もあります。
登場した6人に国民全員の視線が向けられたその時、王様からのお言葉が発せられました。
「全国民の諸君、本日はこの場に集まってくれた事を、心から感謝する!皆も存じ上げている通り、長きにわたる冬が終わり、この国に再び春が舞い戻ってきた。本日はそれを祝福する為、盛大なもてなしを用意した。皆にはこれから庭園に用意されたテーブルに移動してもらいたい」
王様からの頼み事を受け、人々は改めて庭園に目線を移しました。確かにそこにはいたる所に、きれいに整えられた円卓が置かれています。そして全ての円卓には、どうやら白い布がかけられてあります。
そこに先程の頼み事に従い、人々が円卓の元へ移動し終えたところで、再び王様がお言葉を発しました。今度は庭園の隅で待機している、大勢の兵士達に向かって。
「それでは兵士達よ、布をとりなさい」
その言葉の直後、隅の兵士達が円卓に歩み寄り、かけられた布をどかしました…………。
「こ、これは…………!」
人々が驚くのも無理はありません。
円卓の上に用意されていたのは、一組のティーセットでした。顔が映り込む程きれいに磨かれたカップと2種類のポット。そのうち透明なガラスのポットの中には氷が入っており、白い陶器のポットの口からは湯気が溢れています。さらに中央の大皿には、色とりどりのお菓子がたくさん置かれてあります。
そしてここで王様の口から語られました。サクラと冬の女王が計画した、人々を仲よくさせる方法が。
「さてこれより、ティーパーティーを開催する!テーブルに用意されたお茶やお菓子の数々は、ここにいる少女サクラと、季節を司る4人の女王様により作られたものなのじゃ!」
すると今度は4人の女王様から、テーブルに置かれた品物の説明が行われました。まずは春の女王様。
「私は春の力で咲かせたお花で、お菓子に使う蜜を作りました」
続いて夏の女王様。
「私は夏の力で照らした日の光で、陶器に入ったお茶を温めました」
そして秋の女王様。
「私は秋の力で実らせた果物で、美味しいお菓子を用意しました」
最後は冬の女王様。
「私は冬の力で作り上げた氷で、ガラスに入ったお茶を冷やしました」
4人の説明が終わると、今度はサクラから一言だけ、人々に向けて声がかけられました。
「それでは皆さん、今日は素晴らしい時間を過ごしましょう!」
その言葉と同時に、兵士達はテーブルのポットを手に取り、空のカップにお茶が注がれていきました。人々の心を和やかにさせる香りが、あたり一面に立ち込めます。
そんなお茶の香りに導かれるかのように、人々は注がれたカップを手に取り、パーティーの始まりを心待ちにしているようです。そんな人々の様子を確認し、王様は高らかに宣言しました。
「それでは、パーティーの始まりじゃ!」
…………その時全ての国民が集まった庭園は、とても賑やかな様子でした。用意されたお茶やお菓子を片手に人々は語り合い、そして一緒に笑い合いました。争いなど起こりそうな気配すらない、平和な雰囲気に包まれています。
「これこそが、サクラや女王様が望んでいた光景なのじゃな」
いつの間にか外に移動していた王様がそうつぶやくと、そばにいる5人は静かにうなずきました。それを見た王様も、とても嬉しそうに微笑みました。
「このような平和な時間を作ってくれた諸君に、心から感謝しているぞ」
するとここで王様から、サクラに尋ねたかった事を一つ聞いてみました。
「ところでサクラよ、どうやってこの方法を思いついたのじゃ?」
サクラは答えました。
「…………おばあちゃんが教えてくれたんです。この国のお茶には特別な力があって、どんな人でも優しくさせる、と」
「そうじゃったのか。ならばそのおばあちゃんにも、感謝しなければならないな。当然彼女もこのパーティーに?」
「そ、それは…………」
すると突然サクラの表情が、これまでに全く見られなかった、とても寂しそうなものとなりました。そしてしばらく無言のままでいましたが、サクラは勇気を持って語り始めました。
「…………おばあちゃんが今どこにいるのか、分かりません。雪が降り続けたある日、おばあちゃんは私を置いて、どこかに行ってしまったんです。だからここに来ているのか全然分からないんです」
王様はとても申し訳なさそうな表情を浮かべました。まさか彼女にそのような事情があっただなんて、考えもしなかったからです。どうにかしてサクラを安心させたいと、王様は深く考えます。
そんな王様の様子を見たサクラは、あえて作り笑いを浮かべながら、無理やり元気そうに声をかけます。
「大丈夫ですよ王様!こうしてまた春が戻ってきてくれたので、寒さに心配はありません。今度は私一人で、おばあちゃんを探しに行こうと思います!」
自信満々な様子でそう語ったサクラでした。しかしやはり寂しそうな雰囲気は残ったままでいます。
そんな彼女の頭を優しくなでて、微笑みながら話しかける人物がいました。それは冬の女王様でした。
「そんな事をする必要はないわよ」
「え?何でですか?」
すると女王様は、こう言いました。
「なぜなら、あなたのおばあちゃんは…………」
「…………サクラ!」
その時サクラは驚きました。なぜなら大変聞き覚えのある声で、自分の名前が呼ばれたのですから。
(この声、まさか…………)
サクラはすぐさま後ろを振り返りました。そしてそこで彼女の名前を読んだ人物の正体を知り、思わず両手で口元を覆いました。
そこに立っていたのは、一人の年老いた女性でした。美しい銀色の髪の毛を後ろに束ね、かけた眼鏡の奥には優しそうな瞳が見られます。
今度はサクラがその女性に声をかけました。それに対して彼女も返事してきます。
「…………おばあちゃん」
「…………サクラ」
次の瞬間、二人は強く抱き合っていました。サクラは大粒の涙を流し、それを女性は優しく受け止めます。
「ごめんなさいサクラ。あの日あなたに少しでも暖かい思いをしてほしくて、暖炉の薪を取りに行こうとしたのよ。それが急に大雪になってしまって、いつの間にか帰れなくなってしまったの。本当に心配をかけて悪かったわね」
「ううん。おばあちゃんが無事なら大丈夫だよ。でもどうやって、ここに来てくれたの?」
すると女性はサクラの背後に目線を送り、その理由を教えてくれました。
「あそこの女王様達が連れてきてくれたのよ。冬の女王様と話していたあなたがとても寂しそうだったから、わざわざ私を探し出してくださったの」
「そうだったんだ」
そう言うとサクラはすぐに後ろを振り返りました。おばあちゃんの手助けをしてくれた4人の女王様達が、二人を見て嬉しそうに微笑んでいます。
そんな彼女達に向かって、サクラは深く頭を下げました。それを受けてから、冬の女王様が代表して、サクラにこう呼びかけました。
「さあサクラちゃん、おばあ様とご一緒にティーパーティーに向かいなさい。せっかくの美味しい物がなくなってしまうわよ」
「あ、はい!」
サクラは元気よく返事をして、人々でにぎわうティーパーティーへと走っていきました。二度と離れないように、おばあちゃんの手を強く握りしめながら。
そんな二人の姿を見届けてから、冬の女王様は王様に声をかけました。
「どうやらあの子に、これ以上のご褒美は必要ないみたいですね」
その時王様は大きくうなずき、高らかに大笑いしました。
そしてパーティーが終わりを迎える瞬間まで、人々の笑い声が絶える事はありませんでした。
そしてこの年も、無事に春が舞い込んできました。
この日の朝はいつも通り晴れやかで、人々は笑顔で挨拶を交わしています。
そんなこの国の一軒のお家からは、女の子の明るい声が響き渡ります。
「おばあちゃん早く早く!せっかくのパーティーに遅れちゃうよ!」
「ほらほら、そんなに慌てちゃだめよサクラ。忘れ物はないのかしら?」
この日はすっかり恒例の行事となった、「春のティーパーティー」の日。この国の人々が一つの会場で、食べたり飲んだりしながら笑い合う、それはそれは楽しい一日です。
出発の準備も終わり、サクラとおばあちゃんは外へと出てみました。他の人々も笑顔で会場に向かい、どうやら今年も楽しいパーティーとなりそうです。
外の空気を思い切り深呼吸し、二人は仲よく手をつないで、明るく一歩足を踏み出しました。穏やかな暖かい風が、二人の背中を押していきました。
初めて童話を作ってみました。へたくそな文章も多々ございましたが、大変貴重な経験でした。