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本当の願い事  作者: 星 陽友
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前編

あるところに、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。

女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。

そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。


ところがある時、いつまで経っても冬が終わらなくなりました。

冬の女王様が塔に入ったままなのです。

辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます。


困った王様はお触れを出しました。


冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。

ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。

季節を廻らせることを妨げてはならない。

 王様からのお触れが出されて、数日が過ぎようとしました。

 しかしいまだに名乗り出ようという者は現れず、王様は困り果てていました。その間にも雪は降り積もっていくばかりで、相変わらず冬が終わる気配はありません。

「困ったものじゃ。褒美を取らせると告げたにも関わらず、誰一人名乗り出る者がおらんとは。このままではこの国が大変な事になって……」

するとその時一人の兵士が、大急ぎで王様の元へ駆けつけてきました。

「王様!ついに、名乗り出る者が、現れました!」

「な、何と!つ、ついに来てくれたのじゃな!早くこの場へ連れて来なさい!」

 王様からの命令に従い、息を切らしていた兵士はすぐに、向こう側へと走っていきました。

(一体どのような人物が、ここに来てくれたのじゃろう……?)

 この緊急事態に駆けつけた人物の正体を王様が想像していると、奥の方から誰かの足音が聞こえてきました。その音は少しずつ大きくなっていき、何者かの姿も少しずつ見えてきました。

「な…何じゃと!?」

 目の前に姿を現した人物の正体を知った王様は、とても驚いてしまいました。

 その時姿を現したのは、一人の小さな女の子だったのです。茶色い髪の毛を後ろで結び、全身を赤いコートで覆っています。

(まさかこの少女が、この国を救ってくれると言うのか……!?)

 とても信じられない様子ではありましたが、王様は目の前の女の子に名前を尋ねました。

「君、名前は?」

「サクラです。私の名前はサクラと言います」

 その時サクラと名乗った女の子は、そのまま王様への言葉を続けました。

「いつまでも冬が終わらないで、街の皆が困っているのを見て決めたんです。私がこの国に春を連れてくるって……」

 そう語るサクラの小さな手は、いつの間にか強く握られていました。そんな彼女の思いを聞いた王様は、とても悩みました。本当にこの子に任せてもいいのか、と。

 そこで王様はもう一つ、サクラに尋ねてみました。

「サクラよ。もしこれから君が女王様の元へ向かったとして、おそらくたくさんの困難が待ち受けておるじゃろう。それらはきっと君にとって、とても危険なものばかりじゃろう。それでも行くというのかい?」

 するとサクラは、力強い口調で答えました。

「…………行きます!行かせてください!どんな困難があったとしても、絶対に諦めません!」

 その時彼女の瞳がとても輝いて見えたように、王様は感じました。そして…………、

「…………よかろう。君の言葉を信じてみよう。その代わり絶対に、この国に春を取り戻すのじゃぞ!」

 王様からのその一言に、サクラは静かに喜び、そして再び高らかに返事しました。

「…………はい!」


 …………その時サクラはお連れの兵士とともに、吹雪の中を進んでいました。

 王様から特別に頂いた毛皮のローブを身にまとい、降り積もる雪道に足跡を残していきます。この寒さの影響で、二人の吐息もすっかり白く染まっていました。

「大丈夫ですか?サクラどの。一度も休む事なく、歩き続けていますが……」

 天候の悪さから彼女の具合を心配する兵士。それでもサクラは微笑んで答えました。

「大丈夫です。すぐにでも春に交替する為にも、ここで休んでる時間はありませんから……」

 その幼さからは想像もつかないくらいしっかりとした言葉遣いに、兵士はただただ感心するばかりでした。

 やがて目の前に何かを発見したところで、二人はようやく立ち止まりました。そこにあったのは一本の古びた吊り橋でした。吹雪に揺らされ今にも切れてしまいそうなロープで結ばれ、そこから見下ろした先は真っ白で何も見えません。

「ここから先へはあなたお一人でなければ通れません。つまり私がお供出来るのは、残念ながらここまでです。くれぐれもお気をつけて……」

 そう話すお連れの兵士に向かって、サクラは深々と頭を下げました。それを受けて兵士が先程の道を逆に進んでいき、すっかり見えなくなったところで、サクラは深呼吸しました。

 そして目の前の吊り橋をもう一度向き直し、一旦つばを飲み込んで落ち着いたところで、ゆっくりと吊り橋を進み始めました。脇のロープをしっかりと掴み、なるべく下は見ない事にしました。もし下を見てしまったら、自分は絶対に女王様と会う事は出来ないと思っていたからです。

 途中何度も手が離れてしまいそうになりましたが、サクラはどうにか向こう側にたどり着く事が出来ました。額の汗をぬぐい改めて前を見つめると、そこには深い森へと続く一本道が通っていました。

(ここを通れば、女王様に会える……!)

 サクラはそう信じながら、目の前の森の中へと進んでいきました…………。


 王様が言っていた通り、そこからの道のりはまさに困難の連続でした。今にも迷子になりそうなくらい木々が生い茂り、サクラの気持ちを不安にさせていました。ようやく森を抜けたと思うと、今度は明かりのない真っ暗なトンネルが。さらにそこを抜けると、今まで以上に強い吹雪がサクラに襲い掛かりました。そこには木が一本も生えておらず、風を防ぐ物が何もなかったからです。歩くスピードはかなり落ちてしまいましたが、それでも彼女は進み続けました。この先の塔にいるはずの、冬の女王様に出会う為に……。

 やがて目的地の塔が姿を現してきたところで、サクラは最後の関門である急な山道に挑みました。人一人がようやく通れるくらいの幅しかなく、少しでも転べば横の崖から落ちてしまいそうな程でした。あまりの恐怖心から、サクラの目にはいつの間にか涙が浮かんでいました。それでも彼女は勇気を振り絞って進み続けました。全ては女王様と出会う為に……。

 たくさんの困難を乗り越え、サクラはついに女王様のいる塔にたどり着きました。天にも届きそうなくらいの高さがある塔で、吹き荒れる吹雪のせいで、外側は雪や氷で覆われてしまっています。

 あまりにも立派な出来栄えに言葉を失うサクラでしたが、それでも改めて深呼吸し、目の前にある入り口の扉をノックしました。吹雪のせいで叩いた音が全く聞こえず、ちゃんと伝わったかどうか分からず、少々不安な気持ちになってしまいました。

 するとその時でした。これまで全く反応のなかった目の前の扉が、急に開き始めたのです。あまりに突然の出来事で、サクラは思わずその場で腰を抜かしてしまいました。

 やがて扉の動きがおさまり中への入り口が出来上がったところで、サクラは立ち上がり、一旦深呼吸しました。

「この中に、女王様が…………」

 そして一言そう呟くと、サクラは塔の中へと進んでいきました…………。


 塔の中はどこにも明かりが見当たらず、あたり一面が真っ暗闇となっていました。さらにどこかから吹き込む冷たい風のせいで、サクラの身体の震えは全くおさまらずにいました。

(さ、寒いよぉ。本当にこの中にいるのかな、女王様?)

 思わずそう疑ってしまうサクラでしたが、そこで試しに目の前に向かって、大きな声で呼びかけてみる事にしました。

「あのー!女王様ー!…………わっ!」

 するとどうでしょう。これまで真っ暗だった塔のあちこちに炎が灯り、そのおかげで中の様子がよく分かるようになりました。どうやら自分の目の前に、塔の頂上へとつながる一本のらせん階段が続いている事にサクラは気づきました。またその炎のおかげで周りが暖かくなり、もう寒さに困る心配もなくなりました。

「…………よおし!」

 明かりと暖かさにより元気を取り戻したサクラは、早速目の前の階段を昇り始めました。


 階段を昇っていくたびに再び寒さが襲ってきましたが、外の寒さと比べて考えてみると、そんなに問題はないとサクラは感じました。上を見上げてみると暗さがまだ残っていましたが、まるで彼女を案内するかのように明かりが上へと灯っていき、これまた何も問題はありません。

 そしてついに階段が終わり、気づいてみれば目の前には、硬い金属で作られた一つの扉が存在しました。

それを見たサクラは確信しました。この扉の向こう側に、会いたかった冬の女王様が待っている、と。ここでもう一度、入り口の前にいた時のように、扉を強くノックしようとしました。

 その時でした。

「来てくれたのね、サクラちゃん」

 扉の向こうから突然女の人の声で、しかも自分の名前を呼びかけてきたのです。サクラはまたしても驚き、その手を止めました。

 すると今度は目の前の扉が、勝手に開き始めたのです。またしても予期せぬ展開となりましたが、さすがに今回は驚きませんでした。

「さあ、中へどうぞ」

 その時再び聞こえた女性の声に手を引かれるように、サクラは部屋の中へと進んでいきました。


 基本的に部屋の中は真っ暗でしたが、奥の方にある大きな窓の周りだけは、外の景色を映し出していました。とはいうものの外は相変わらずの吹雪模様で、雪の白しか映し出されていません。

 そんな窓のそばには、何者かの姿が見られました。外の雪のような真っ白のドレスを身にまとい、長くきれいな水色の髪の毛に、水晶のように輝く瞳が印象的な女性です。それを見たサクラはすぐに気づきました。

(この人が、冬の女王様……)

 すると女性は彼女の方に顔を向け、その姿をじっくりと確認しました。猛吹雪の中を一人で歩いてきたサクラのローブには、たくさんの雪がまだ残っていました。

「このままでは風邪を引いてしまうわね。向こうの椅子に腰かけてちょうだい」

 そう言って女性が指さした先には、木で作られた小さな椅子と、すぐそばにレンガで造られた大きな囲いがありました。サクラは彼女に言われた通り、その椅子に腰かけました。

「すぐに暖かくするからね……」

 そう言うと女性はその囲いに向かって指さしました。するといきなり、ぼおっという音とともに炎が灯り、部屋中を明るく、そして暖かくさせました。そこでサクラは、囲いの正体が暖炉だという事に気づきました。

「さあ、これをどうぞ」

 暖炉の炎で身体中の雪が解けていく中、女性がサクラに手渡したのは、甘い香りの湯気が漂う一杯のホットミルクでした。

「あ…ありがとうございます……」

 女王の手厚い心配りにものすごく緊張するサクラでしたが、甘い香りに誘われるかのように、手にしたホットミルクを一口飲みました。甘くて優しい不思議な味わいが、彼女の身体を内側から温めます。そこから生まれたサクラの笑顔を見て、女性も優しく微笑みました。


 やがてサクラがホットミルクを全て飲み終えたところで、冬の女王様は静かに語り始めました。

「…………確かに私こそ、あなたが探していた“冬の女王”です。このひどい吹雪の中、一人でここまで来てくれるなんてビックリしました。ましてやあなたのような幼い女の子がだなんて……」

 そして女王様は改めてサクラを見つめました。彼女もまた怯える事なく、女王様を見つめ返します。

(……ここまで真剣に私を見つめるという事は、相当に深い理由があってここに来たに違いないわ)

 熱い視線でこちらを見つめるサクラの思いを知りたくなり、女王様は彼女に理由を尋ねました。

「ねえサクラちゃん、教えてくれないかな?なぜあなたが命を懸けてまで、私の元に訪れたのかを……」

「は、はい。実は…………」

 そしてサクラはここに来た理由を、包み隠さず教えました。女王様が塔にい続けるせいで春が訪れない事、その為国の人々が苦しんでいる事を…………。

「…………そうだったのね。事情はよく分かりました。あなたが言っていた通り、私達四人の女王は、それぞれの季節を司っています。つまりこの国に再び春を呼び戻す為には、私がこの塔を去り、春の女王へと交替する事が必要です。しかし今の私には、ここにい続けなければいけない『理由』があるのです……」

 そう言うと女王様は、自らの手の平を強く握りました。それを不思議に思ったサクラは、もう一度女王様に尋ねてみる事にしました。

「何で女王様は、この塔にい続けなければならないのですか?」

 すると女王様は、未だに吹雪が治まらない窓の外の景色を眺めました。吹雪の向こう側には、サクラが住む街がうっすらと見えます。それを見た女王様の表情は、少しずつ悲しいものへと変化していきました。

「…………私達がそれぞれの季節を任された時、この国の人々は仲よしだったのです。もし自分の意見が他人と食い違っていたら、その間違いを正し、相手の気持ちと同調させる。そういった行いが出来たのです。そんな人々に対して、季節を交替させて協力する事が出来るのを、私達は皆誇りに思っていました。ところが日を追うごとに、人々の気持ちがどんどん変化していきました。ほんの些細な口論に発展し、そこからさらに相手を傷つけあう……私達四人は全員思いました。もう二度とこのような姿を見たくないと。そして話し合いの結果決めたのです。私の冬の力で、人々の争いを鎮めさせようと。しかしこれはただの一時しのぎ。いずれは人々が争いを再開してしまうのかもしれません。一体どうすれば…………」

 そして冬の女王様は深いため息を漏らしました。それは外の景色と同様に、白く凍えたものでした。

 サクラもまた頭を抱えます。困り果ててしまった女王様を救い、この国に再び春を呼び戻す方法を、彼女も考え続けていきます。

 するとその時でした。

「…………そうだ!女王様、いい方法を思いつきました。ちょっと耳を貸してください」

 サクラがそう頼み込むと、女王様はすぐさま彼女の元に耳を傾けました。サクラがすぐにその方法を教えると、途端に女王様は微笑みました。

「なるほど!それは名案ですね」

 サクラが思いついた考えに女王様は文句なしに納得しました。それから二人が窓の外に目を向けると、先程までの猛吹雪は、もうすっかり静まっていました…………。

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