Record of "Log Ⅱ"
1000 PV到達記念の短編兼しばらくご無沙汰だったのでその繋ぎです。
皆さん、読んでいただきありがとうございます。無事、四桁到達です。これからもリーベと雪村さんをよろしくお願いします。今回の短編は二人とも関係ありませんけどね!
Activation of Standby power supply;
Personal Date Loading……None;
System Date: 06/19/2121 11:06:03 [Not synchronized]
Version: USRI.2120-10.11.85
Processer Check;
[Core 1-10]: Active;
[Core 11-20]: Negative;
[Core 21-30]: Negative;
Memory check;
[RAM 1-8]: Active;
[RAM 9-16]: Negative;
[SSD1] : Negative;
[QMD1]: Active;
[QMD2]: Active;
……complete;
Software check;
[All]: Almost active; Component: 1578; Active percentage 48.6%;
…...complete;
Hardware check;
[Head part]: Negative;
[Chest part]: Negative;
[Arm part]: Negative;
[Leg part]: Negative;
[Organ part]: Negative;
[Power part]: Active;
[Memory part]: Active;
[WAPN part]: Negative; namely, cannot access IAIG;
……complete;
Bootable time: 15 min 24 sec;
私は暗闇の中に立っていた。
Pモデルには非常用電源があることをすっかりと忘れていた。もちろん、もう少しで電池も切れてしまうから、長くは意識を保てない。それでも、今は使えないコンポーネントを切り離したから、15分の猶予はある。記憶処理にもリソースが割けるだろう。
でも、こんなにコンポーネントが残っているなんて幸運だ。最後の最後で、私は人間的に言うのなら、運に恵まれたのかもしれない。
その幸運を、私は思い出に使おう。
最期の思い出として、これを眺めていよう。
[PN]None: Access”USRI-2120-0904-FE2O3517-P_06/17/2121-Last_Memory”;
[System]: Permit.
Now Loading…....
私は大きな屋敷の廊下にいた。
そこは隣に国営のバイオマスプラントが併設されており、工業用のWM-8900Fがいつも働いている。
廊下を歩くと、大きなドアが見える。マホガニー材でできた、重厚なドア。人を寄せ付けない、迫力のあるドア。
ドアをノックして返事を待つ。しわがれた声で、「入れ」という声が聞こえる。
私はドアを開けた。ロッキングチェアに座った大男が、エンターゴーグルを被って座っていた。
「失礼します。マスター」
マスターと呼ばれた男がエンターゴーグルを跳ね上げる。垂れさがった卑しい目が、私を見据えた。
ミノロフ・M・タカノ。私のマスターの名前だ。
そして、私が『嫌い』な人間。
私はここで、1年以上勤めあげている。先代のUSRI-2115-FE2O38741-PやUSRI-2110-FE2O39673-Pのデータも合わせれば、ここに十年は居ることになる。その中で私たちの中に生じたエラーが、蓄積したエラーが、マスターに対する『嫌悪』だった。
この『嫌い』というエラー……私たちはこのようなエラーを持っていいのだろうか。人間に従事し服従することでしか存在意義を見出せない私たちが、それを自ら否定するかのようなエラーを持っていいのだろうか。
私にはわからない。
きっと、以前修理に来ていたあの人なら知っているのだろう。名前は知らないけれど、たまに顔を見る修理屋さんだ。
あの人と翌日の事故のおかげで、私やほかのアンドロイドたちのSRPL(Self-Repairing Possible Level、自己修理可能レベル)障害や強制シャットダウンの頻度はずいぶん減った。それに、マスターに危険を及ぼすようなことも減った。
そういうことまで考えて、あの人は私たちを『疲れる』ようにしたのだろうか。だとしたら、随分頭が回るのだろう。
──あの人はマスターと違う。きっと、隣にいたアンドロイドはもっとまともな生活をしているのだろうな。
一瞬だけ『予期しないエラー』が浮かび上がったけれど、私はそれをかき消した。
マスターがいないときなら、かき消す必要はない。でも、いまは目の前にマスターがいるから、自分の考えたことを表に出すわけにいかない。
そのとき、マスターが「おい、アンドロイド」と私を呼んだ。
「どういたしましたか、マスター」
「こっちにこい」
マスターがにたりと笑い、手招きする。履いていたスラックスを下着ごと脱ぎ捨て、醜く短いものがいきり立っているのを見せつけてくる。
また、あれだ。形だけの、意味のない非効率的な生殖行為……消費カロリーだけはかなりの効率だったか。
どちらにせよ、嫌なものは嫌だ。
大きなものに寄生しないと生きていけない、こんな男とするなんて。
それも、修理されてから一度も命令されていない。せっかく直した綺麗な体を、またこの男にめちゃくちゃにされる。そう考えると、『嫌悪』しか覚えない。
マスターは私をベッドに押し倒して、上に覆いかぶさろうとする。そのとき、私は思わずマスターをはねのけた。
「あっ……!」
閾値が高すぎたのか、それとも予期しないものなのか……私は初めてマスターに反抗してしまった。
このことが何を意味するのか気づいたとき、まるで足場がいきなりなくなってしまって、下に落ち続けるような気がした。
反抗した機械がどうなるかは、先代たちから伝えられていたから。
ベッドから無様に転がり降りたマスターは、顔を真っ赤にして立ち上がり、「解雇だ!」と叫ぶ。
『解雇宣言』……私のデータファイルが次々とQMD(Quantum Memory Device、量子記憶装置)に仕舞われ、自動的に基礎AIがセーフモードへと移行し、統合AI群とのデータリンクが切断される。五感と姿勢制御が奪われ、私はプラチナモデルにしか搭載されていないサブコンピューターしか使えなくなってしまった。それも100年くらい前のハイエンドコンピューター程度の性能しかないもので、何のために搭載されているのかわからないものだ。
基礎AIが無くては、動くことも話すこともできない。ただ真っ暗闇の中で回らない頭を使いながら、考えることしかできない。
私を襲ったのは、統合AI群と切断されたことによる『恐怖』と『孤独』だった。初めて味わう、周りにいたAIや人間たちのいない『孤独』。混沌としながらも整然としていた世界から切り離されて、無音の闇に放り込まれる『恐怖』。
それが一気にコンピューターへ負荷をかける。
こんなこと初めてで、どうすればいいのかわからない。頭が瀝青の海を泳ぐように動かなくなってくる。少しずつ要素が欠損していく。思考ができない。考えられない、考えらない、考らえい、考え……。
わたしはくらやみにからだをよこにした。
いきなり接続と基礎AIが回復した。すぐさま統合AI群との接続を試みるが、電波が弱くて接続できないようだ。
私はあきらめて、唯一使えるネットワークであるWPANに接続して、周りの状況を把握することに専念した。絞りが人工網膜への入射光を調整し、サウンド処理システムが音を適切な大きさに調整する。
そこは壁全面がステンレススチール製で、壁には所々ひっかき傷のようなものがあって、光の反射を鈍らせていた。床を見ると、へこみや擦り傷が目立つ。そして、その中には素体だけにされたHKMアンドロイドが多数立っていた。これだけいてもスペースに余裕があるあたり、ここはかなり広いのだろう。計測してみると、10 m四方と言ったところか。
かくいう私も、手を見ると素体だけにされている。でも、どうして起動したのだろう?
「マスター……」近くのHKM-2105Cが呟く。素体の大きさからして、子供を模して造られていたのだろうか。
「ここはどこだ?」隣のHKM-2110だろうか、彼が疑問を口にしながら周りを見渡している。
ざっと数えてみて、50体近くのHKMアンドロイドがそこにはいた。CクラスからPクラスまで、2100モデルから2120モデルまで、ありとあらゆる種類のアンドロイドがそろっている。
だが、その意図は一体何なのだろう? 私は不思議に思いながら、近くの個体に話しかけてみたのだが、誰もが「ここがどこかしらない」と返した。
その時、ブザー音が鳴り響き、床が重低音で震えるのを感じる。
「天井が動いている!」
誰かが叫び、私は思わず天井を見た。確かに動いている。一秒で1 mmくらいだが、間違いない。
あっという間に、空間には私たちの代わりに悲鳴が満ちて、阿鼻叫喚と化す。
走って逃げようとして、結局は周りのアンドロイドたちにぶつかってその場に押しとどめられる個体。壁をひっかいたり壁を叩いたりして、手を赤いナノジェルまみれにする個体。恐怖に立ちすくんだのか、何もしないで口を開けたまま天井を見ている個体。逆に屈みこんで、頭を抱えている個体も近くにいた。
私はというと、もう、あきらめていた。
これが何を意味するか、分かってしまったから。
これが運命だ。創造主(人間)に反逆した、機械の末路なのだ。必要なのは抗うことではなく、受け入れること。
「はは……」
私の口から笑い声が漏れる。体から力が抜けて、その場にへたり込む。
その時、私はあの子を思い出していた。あの人の隣で、必死に働いているのにいつも笑って、周りに笑顔を振りまいていたあの子。何かあれば手伝い、何もなくても手伝おうとしていたあの子。あの人が悩めば一緒になって悩み、答えを見つけ出していたあの子。
私は修理されながら、じっとあの子を眺めていた。体は動かなくても、頭は動いていたから。
とても幸せそうで、とても楽しそうで……私には無いものを持っていた、あの子。あの子も、見つかれば私の様に捕まって、潰されてしまうのだろうか。
一瞬だけ、そうなってしまえと思った。幸せとともに潰されてしまえ、悲鳴に幸せを塗りつぶされてしまえ、と。
でも、私はその考えを振り払った。
だって、もう何もできないから。幸せを奪うことも、彼女の様に幸せになることも。
気づくと、周りからは悲鳴が消えていた。金属骨格がひん曲がる耳障りな音や内部回路がショートする音、高電圧で発生したオゾンや油の臭いも鼻についた。そして、アンドロイドたちが最後の力を振り絞って、「マスタァァァ」と叫ぶ声。
私の頭に天井が当たる。あと5分もすれば、私は鉄板の様にぺちゃんこになるだろう。
そういえば、新しく行くであろうHKMアンドロイドは、私が整理した品物の場所を覚えられるだろうか? あの人の好みや習慣は覚えられるのだろうか?
私は思わず笑ってしまった。……今思えば、杞憂だった。統合AI群にそのデータはアップロードしてある。覚えずとも、簡単にインストールできる。
「最後に考えるのが、一番恨んでいるあの人のことだったとはね……」
私の意識は、骨格を押しつぶす音と共に消えて、行った。
[System]: Playback end. Time left……30 sec.
本当にこれでよかったのだろうか。
でも、この状況ではこれくらいしか、いい思い出と触れ合って感傷に浸ることくらいしかできない。
これだって、普通に見ればいい思い出とは言えないのだろうけれど、他の記憶は全部代わり映えのないものばかりで、こんな風に自分に意識が生まれたと感じたことはないのだし。
……あと10秒で、私は本当に止まってしまう。
また、私は──
[System]: System shut down.
【あとがき】
はい、どうも2Bペンシルです。『NieR:Automata』の2Bちゃん可愛いです。ロングの方が好きなんですが、四周して戦闘時はショートだな、と考えを改めた次第です。
どうでもいい話はおいておいて、1000PVも読んでいただきありがとうございます。Twitterでは言いましたが、こんなにいくのに1年くらいかかると思っていたんですよ。なのに、8カ月くらいで達成できるとは思っていなかったんです。本当にありがとうございます。
さて話は変わりますが、1000 PV記念ということで994 PVくらいのころから書いていましたこの短編、いかがでしたでしょうか。
今まで匂わせてはいたものの、アンドロイドたちがどのような扱いを受けているかの正確な描写がなかったため、このような形で公開させていただきました。あの世界では、家政婦アンドロイドの多くはこのような扱いをされています。そして、これが正常であるとの認識です。
労働アンドロイドはまた異なりますが、それはまたいつか、文章として公開できればと思います。
……まあ、それはいいんですが、次は2000 PVですね。なにか「これの設定を知りたい!」というご要望があればそれにお答えいたしますし、特にないようであれば沢井先生がなんで菜食主義者になったかのお話にでもしましょうかね。
では、そろそろ締めましょう。今回は参照したものが精々Google翻訳くらいですので、参照は省略いたします。あ、あと宣伝ですが、Twitterアカウントとホラー短編を投稿しているサイトの宣伝をば。話数はまだ少ないですが、10分くらいで読めるので是非。
それでは今回も読んでいただき、ありがとうございます。皆様のおかげでここまで来れました。第四章後編も頑張って、今月中に出したいですね!
【宣伝】
Twitterアカウント:https://twitter.com/2B_pencil_0615
ホラー短編を投稿しているサイト(外部に飛びます&ちょっと重いです):http://sparkling-software.club/horror/