結婚について語り合う呑気な遭難
「とにかく私は透を呼んでくる!早く探さないと日が暮れてしまうわ」
「あぁ僕は杏ちゃんと待機しているよ、もしかしたら自力でココに戻るかも知れないし」
「わかった!」
花南たちが山の中で迷子になった事を知ったお姉さんが慌てて実家に戻る。
「私が……私が……」
「杏ちゃんが悪いわけじゃない、そんなに自分を責めちゃいけないよ?」
「違う、私が悪いのっ!透兄ちゃんのお嫁さんが東京から来たって……桃が泣いて、それで私あの人たちに酷い事を言った」
「うん」
「あんな人に透兄ちゃん取られるのが悔しくて悲しくて……」
「あの人たちは透君の友達で、まだお嫁さんじゃないよ?」
「でもっ!みんなそう言ってる。それ聞いてから桃はずっと泣いてた、隠れて泣いてた。だから悔しくて私……」
「そっか」
「ひどい事いって、自分でもどうしていいかわかんなくなって逃げだしちゃったの。でも広場に出てからすぐに戻ったんだよ?ホントだよ!」
「わかってるよ」
「だけどあの人達もうソコにいなくて、いっぱい探したんだけど何処にもいなくて、私……」
「花南みてー、凄く綺麗な景色だよ」
休めるような安全な場所を探して歩いていたら、突然視界がひらけた空間に出た。もしかしたらココならスマホが繋がるかも知れない。
「でもさぁ繋がったところで、この場所を口頭で説明するのは無理だよ?」
確かにまみの言う通りだったけど、とにかく無事でいることを伝えたかった。絶対に心配している。この事を知った黒澤がどれだけ心配するか、様子が目に浮かぶ……
「まみ?なにしてるの?」
まみは周りの景色を数枚撮りラインに何かを書き込んでから、スマホをアチコチに向け何とか飛ばそうとしている。にしてもどうやってこの場所を黒澤に伝える気なんだろう?
『イワナシの実がたくさんある。山ブドウがアチコチに絡みついてる。下の方に沢も見える。ミズの群衆があって、シラネアオイの花も沢山咲いてる、ココにいる』
「よく花や実の名前知ってるね?」
「食べて美味しかった物しか覚えてないよ。山菜は自信ないんだけど、さっきミズっての食べたから覚えてたんだ!このお花はマスターと話していた時に写真があってソレで覚えたばかりだから忘れてなかっただけ。あはは」
何度もラインを飛ばそうと試みるが送信できない。それでも今の私達にはこれしか黒澤に居場所を伝える方法がないので場所を少し移動しながらトライし続けた。
「でもこんな画像だけで居場所が特定できるのかな?」
「黒澤君じゃ無理だろうけど、お姉さんや杏ちゃんならわかると思うんだ」
ここはCafeの近くの山だからお姉さんはこの辺りに詳しいはず、運転しながら山菜見つけちゃうくらいだから山の達人だよ!自分のテリトリー内の山菜や食べ物がある場所は記憶にあるはず、それにお花の写真がいっぱいあったと言う事は好きで撮ってる。こう言う人は来年もみる為にその場所を必ず覚えているはずだから、今見えている景色からある程度の場所を特定できるはずだよとまみは笑う。
「もし私なら何処になんの食べ物が実っているか絶対に覚えとくもん!あはは」
「まみと一緒なら無人島に遭難しても生きていける気がしてきたよ」
お腹空いてきたから何か食べれるものないかなぁと木の実に手を出したまみを慌てて止める。このままだと何を口に入れだすか分かったもんじゃないので、綺麗な草の上に座ってまみの持っていたチョコを2人で食べ始めた。山の怖さを知らないからか?何とも呑気な二人であったが……
「ねぇ花南、こういう時にどんな王子様にきて欲しいと思う?」
「王子様?なにそれ?」
「上空にパラパラとヘリコプターがやってきて、そこから梯子と共に王子様が降下してくるでしょ」
「はい?」
「でね、『なにやってんだバカ!』とか口では怖い事いうんだけど、私をぎゅっと抱きしめて『無事で良かった』って優しくキスしてくれるの」
「えぇっと……まみさん?お目目がキラキラしてますけど大丈夫ですか?」
「はぅ~、そんな王子様いないかなぁ」
まみは脳内お花畑ピヨピヨ状態に陥り、理想の王子様について熱く語りだした。時々この子は大丈夫かな?と思うような発言をするがさすがに私も慣れた。
「そのツンデレ加減は何となく廣瀬リーダーに似てるかも」
「えー!あの人怖いから無理!と言うか話をしたことないもん。やっぱり課長がいいなぁ」
「でも今の話を聞いてる限り課長じゃなくて、まみの理想とする王子様は廣瀬さんって感じだよ?」
「ないない!そう言う花南は黒澤君のことどう思ってるの?」
どう思ってると聞かれても正直どうも思っていない。好きとか嫌いとかを考える以前の人物である。「大切な仲間」という表現が一番なのかも知れないが、そもそも仲間という心地よい関係を知ったのはまみ達と出会ってからだし……
「本当に黒澤君のお嫁さんになっちゃったりして?うふふ」
「それこそあり得ないわよ。どう考えても黒澤に恋をする自分が想像できない。私の理想は互いに自分を高め合うことの出来る人かな?ベタベタした関係は好きじゃない。黒澤はいいヤツだけど嫁なんて考えられない。と言うより『嫁』という存在に何ら憧れもないし」
「私はお嫁さんになりたいな。愛する人の子供を産んで笑い声がいつもある幸せな家庭に憧れる」
「私は夫婦という関係より人生のパートナーって関係が理想。仕事をしていく上で結婚・出産はマイナスになる要素が多い、現に待機児童がどうとかで職場復帰できない女性が多数いるでしょ?うちの会社は職場復帰の女性を支援してくれるけど現実はそんな甘いものじゃないわ」
「つまり結婚より仕事優先ってことね?花南らしいなぁ」
「そう言うことになるかな。恋するなら私と同じような考えを持ってくれる人とじゃないと続かないわ」
「私はお嫁さんになるなら課長みたいな優しい人がいいな♪」
「確かに課長の奥様は幸せそうだよね、お子さんも可愛いし?」
「……ぶぅ」
まみはほっぺたを膨らませてスマホを空に向けながら『ライン飛んでー!』と叫んだ。まみの不貞腐れがエネルギーとなったのか?
「あーっ!いった、いった!」
無事に黒澤・秋月・藤咲の三名にラインが届いた……はずである。