モリクラフト えっ!これって遭難?
「さぁどうぞ、ばぁちゃんのご飯も美味しいけど若い子はやはりこんなのがいいだろう」
お姉さんの旦那様であるマスターは優しい笑顔でアイスコーヒーを持ってきてくれた。店内には音楽など必要ない。自然のBGM小鳥のさえずり、木々のざわめきが心地よく脳内に入ってくる。案内された席に座るとココが何処で自分が誰なのか分からなくなる感覚になる。まみ流にいえば自分が森の妖精にでもなった気分とでも言うのだろうか。
先ほどまでの騒がしかった時間がウソのようで、まみと2人ただ黙ってアイスコーヒーを飲み、外の美しい景色を眺めていた。入社して約1か月まだ右も左も分からない新入社員だが、指導役の廣瀬リーダーにしごかれながら黒澤と2人何とか頑張っている。常に人の上にいることを義務付けられて育ってきた、実際誰かの下になる事などめったになかったが、社会は違った……
人に怒られた事などなかった私が廣瀬リーダーに叱られた時、黒澤はずっと私を励まし続けてくれた。気が付くといつも私の側で私を守ってくれている。なんでこんなにお人好しで優しくて明るくてバカなんだろうと常々思っていたが。
(あぁそうか、こんな素敵な環境の中で育ったからなのか……)
「…なっ、ねぇ花南ってば!」
突然静かな空域の中にまみの声が響き渡る。
「なに?」
「なに?じゃないよー、ずっと呼んでたのに。ボーッとしてどうかした?具合い悪い?」
「ううん、何だか凄くいい気分だなぁと思ってさ」
「だよね!森の妖精さんになった気分だよねぇ♪」
(言うと思った、ふふっ)
「あれみてよ!マスターの作品なんだって、見に行ってみよう」
Cafeの中にはマスターの作品がアチコチに飾ってある。
「私コレ欲しい!似たような感じでもっと小さいヤツ作って貰えますか?」
「いいよ、どんな感じがいいのかな?今ある程度打ち合わせしちゃおう、まみちゃんのイメージを教えてくれるかい?」
まみがマスターと話している間、私はCafeの外に出てみる。空気が美味しい!『緑の匂いがするー』ってまみが騒いでいた時はソノ意味が分からなかったけど、今ならわかる。これが緑の匂いなんだ。両手を上げて深く深呼吸していると、お姉さんと女の子が歩いて来た。
「花南さん、紹介するわ。杏ちゃんよ」
「こんにちは」とニッコリ微笑むも?杏ちゃんはニコリともせず「どうも……」と言ったきりだった。不貞腐れ気味の顔をじっと見つめると誰かに似ている、何処かで会った気がする。
(この顔!桃ちゃんだわ、不貞腐れた顔してるけど間違いない、桃ちゃんだ)
困惑している私の心中を察したのか?お姉さんがクスクス笑いながら「桃ちゃん」と「杏ちゃん」は双子なのよと教えてくれた。
用事が出来てしまったお姉さんの代わりに、Cafe近くの山の中を杏ちゃんが案内してくれることになり、私達は長靴と上着を借りて山の中の探検に出掛けた。
「凄いねー、アノの木の実は食べれるの?」
「さるなし、食べれます」
なぜか杏ちゃんは始終ご機嫌斜めだった。まみも気が付いていたようだったが敢えてそれに触れず何とか杏ちゃんと仲良くなろうとしていた。がしかしやがてソレも限界になってきた頃。
「これさっきお姉さんが採ってきてくれた、アスパラなんとかって山菜だよね?」
「似てるね、でも山菜は素人が採っちゃダメだって黒澤が言ってたからやめておこう」
「そうだね、明日は黒澤君が色々連れて行ってくれるだろうし、今は我慢しよう」
私とまみがその山菜を眺めながらしゃがみこんで話していた時だった、頭の上の方で杏ちゃんが何か呟いている。
「ん?杏ちゃんなに?」
「私は認めない!透にいちゃんは桃の婚約者なんだから横取らないでよっ!」
いきなりだった。杏ちゃんは身体を小刻みに震わせ我慢の限界だとでも言う感じで、両手をぎゅっと握りしめ、ただ一点を見つめて吐き出すように叫んだ。
「透兄ちゃんをとらないでっ!」
「えっ?いや私達はそんなんじゃなくて……」
「桃は優しいし大人しいから何も言わないけど、心の中では大泣きしてんだから!ずっと透兄ちゃんがココに帰ってくるの待ってるんだから!」
「だから……私達は黒澤君とは何でもなくて」
「ばぁちゃんやおばさん達が認めても私は絶対に許さない!都会の人に本家の嫁なんてできるわけないじゃない」
「嫁って……」
「透兄ちゃんは桃と結婚するんだから!アンタ達みたいな都会のバカな女になんて渡さないからっ」
「杏ちゃん、ちょっと落ち着こう?」
「気安く名前呼ばないで!桃と透兄ちゃんは小さい頃からの許婚なんだから本家の嫁は桃なんだからっ!」
アンタなんかと出会わなければ、アンタがいなくなれば、透兄ちゃんは私達の側に戻ってきてくれる!私も桃もそう信じてんだからっ!泣きながら杏ちゃんは走り出した。
「杏ちゃん!」
追いかけようとしたけど相手はこの山の中を知り尽くしている女の子、私達が到底追いつけるものではなかった。
「なんか激しく誤解してるね。花南と黒澤君はホントに何でもないのに」
「そうだね。でもあぁやって悲しんでいる子がいるって事は事実なんだから、この際黒澤にハッキリ否定してもらおう。桃ちゃんとの事だって今は妹かも知れないけど先の事なんてわからない。その点も含めてちゃんとしてあげないと」
「Cafeに戻ってお姉さんに相談してみようよ。杏ちゃんや桃ちゃんがこんなに傷付いているって知らないと思うし。ノリで『透の嫁がきたー』って宴会までしちゃって、桃ちゃん黙って微笑んでお手伝いまでさせられて凄く辛かったと思うもん」
私達は急いでCafeに戻ろうとしたが……
「こっちの方だったよね?あの木の実みたいのは食べれるのって私聞いたもん」
「滝みたいのがあったでしょ?まずそこを目指そう。水の音がするのはどっち?」
Cafeからそんなに遠くまで歩いた感じはない、と言う事は特別深い山の中ではないはずだ。私は不安そうにしているまみの手を引いてとにかく水音のする方へと歩き出した。
「あった!この滝の向こう側を歩いてコッチに来たんだから、Cafeはアッチの方角」
「良かったぁ、山で遭難するかと思った」
「こんな雑木林的な山で遭難なんてするわけないでしょ、方向さえ間違わなければ大丈夫」
「うんっ、花南が一緒なら大丈夫だよねー」
「遭難よりクマに出くわす方のが怖いわ、とにかく離れないようにしよう」
だけど、いくら歩いてもCafeは見えてこないし、山の中に入り込む前の広場みたいな所にも出れなかった。山を上った感じで歩いてきたんだから逆に下ればいいと言う思いだけで歩いたため、私達は完全に方向を見失ったようだった。
「花南……」
「こうなった時は動かない方がいい。もうすぐ日も暮れる、そうなる前に何処か安全な場所を探そう」
「うん、チョコとアメ持ってるから夕飯は大丈夫だよ」
この状況でニコニコしながらそう言うまみに、救われるやら呆れるやら?(笑)
「絶対に黒澤が助けに来てくれる。大丈夫だから!クマだけ気をつけよう」
「私なんて食べても美味しくないんだけどなぁ、でも万が一の時は私が逆にクマを食べるからねっ!その隙に花南は黒澤君に助けを求めに走ってね」
まみを犠牲にして逃げるわけないでしょ!万が一が起きないような行動をする事が先決……と思ったが、まみの優しい心が嬉しかったので私は何も言わずにただ頷いた。