盾
ロイスタリア建国当初から忠義を捧げ歴史を見守り続け、王に厚く信頼されその中立性を認められた、唯一の家。
ペンシル公爵家なら確かにミチルの嫁ぎ先として問題はない。王からしても安心できる婚姻だろう。
ただ、ミチルと結婚できるような年齢の未婚の男児はいなかったはずだが。
「兄さん…それがいるんだよ。ちょうどミチルと同い年のが」
「ミチルと同い年なのは、妹のヤクモではなかったか」
「そのヤクモですよ」
「はあ?」
ユリアは美しい微笑みを崩さないまま、信じがたい真実を語りだす。
「私社交界とか人付き合いとか苦手だったので、ヤクモに代わりをしてもらってたんです。そのときちょーっと変装をさせてたものだから、皆さんすっかり性別を間違えてしまったみたいで。確かに顔は女の子みたいに可愛らしいですけど、れっきとした男ですよ」
陛下とナナキさまはご存知ですよ?
と宣うユリアにイツキは唖然とする。
そんなことを弟にさせるユリアもユリアだが、ヤクモを女友達と思っている息子になにも言わない実父と養父もどうなのか。
ちなみにイツキもあまり社交界は好まず、噂話には疎い方だが、それでも聞いたことがあるくらい「神の化身のように美しく、双子のようにそっくりなペンシル家の姉妹」の話は有名だった。
しかし、二人が揃っているところを見れたものはほとんどおらず、目撃者は「妹のヤクモはフレイヤ、姉のユリアはフレイのように美しかった」という証言を残している(補足すると、フレイヤは女神だがフレイは男の神だ)。
「ユリアのほうが男勝りだったのが余計誤解を生んだんだよね」
「うるさいわよリョウヤ。
私は、ミチルが一生独りで生きていくなんてイヤなんです。ちゃんと幸せになってほしい。…それに、ミチルには盾が必要よ」
ユリアは隣に座るリョウヤの手の上に己の手を重ね、握りしめる。
「とにかく、このままイツキさまがミチルと婚約しないというのなら、うちのヤクモとさせます」
「そんなの本人たちの気持ちは丸無視じゃないか!」
イツキは声を荒げるが、ユリアは物ともしない。
「そんなこともないですよ?幼い頃、ミチルはヤクモと結婚したいと言っていたし」
「なん…だと…?」
実際は、「ヤクモちゃんみたいなお嫁さんほしいな」と女の子同士のノリで言っただけである。そもそもミチルにはヤクモが男だとは知らせていない。抑えていようとも桁外れに強い読人の力で察しているかもしれないが。
「ヤクモの方も、満更ではないようですしね」
「ユリア、これ以上話をややこしくしないでくれ…」
リョウヤは頭を抱える。
しかし、事実ヤクモは幼い頃からミチルに思いを寄せているのだ。
「だってそれに、ミチルにお姉様って呼ばれてみたいわ」
「それは確かに」
「お前らなあ…」
呆れた声を出しつつも、あの甘やかでちょっと舌ったらずな彼女の声で「お兄様」と呼ばれるのは確かにくるな、と思ってしまった。
彼女はいくら異質な見た目といっても、それはそれは美少女なのである。
少し垂れ気味の大きな目はけぶるようなまつげに覆われ、素の状態で熟れた桃のような色をした唇は濡れたように潤い魅惑的で。華奢だが、訓練のおかげで引き締まった身体はメリハリがあり、しかもつくべきとこにはついている。
人と違う色をした、腰まであるふわふわの白銀の髪は光をまとっているかのように輝き。好奇心を宿しくるくる動くマリンブルーの瞳は透き通った色の分ストレートに感情を伝えてくるようで、見ていて飽きない。
真冬に咲いたスノードロップの花に朝露が溜まっているかのよう、と表現したのは彼女の父親だが、言い得て妙である。
それに、ミチルのそばは暖かく心地よい。
リーディングという能力をもって生まれ、人の醜いところも見てきたはずなのにひねくれることなく、その気性はまっすぐで人懐っこい。それはまるですべてを受け入れてくれているような感覚をもたらす。
たまに、彼の世界で覚えたのであろうよくわからない言葉まじりで独り言をいってるが、慣れればそれも面白い。
なにより彼女の持つ能力は利用価値がありすぎる。
たとえミチルが結婚するつもりがなくとも、まわりがそれを放っておかないくらいに魅力的なのだ。
そして、他国に嫁がないとか他家と婚姻しないとかは国を思えばこそのことであって、ミチルにそのものが禁じられている訳ではない。この国の法は個人の権利をそこまで縛ることを許さない。
そんなミチルが婚約者もいないままに、国中からいや世界中から人が集まる学院という表舞台に出てきたら、どうなるかは目に見えている。
「私だってミチルの望まないことはしたくありません。ただ、学院にいる間の盾は必要でしょう。ヤクモはちょうど同じ学年ですし、守ることができます」
ーお前はミチルになにをしてやれるんだ?
イツキはユリアにそう言われた気がして、胸が冷えた。