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子、曰く

たくさんの方にご覧いただいているようで、驚きと喜びの気持ちでいっぱいです。


今話もだいぶ説明っぽい回になりますが、ご容赦ください…。



「ここにいたのか」

「イツキ、さま…?」



いつも訓練に使う中庭の片隅に生えている大きなクスノキ。

この木陰が、ミチルのお気に入りの場所だった。



「また、街に降りていたのか」



ぐったり木に寄りかかるミチルの頬は赤く上気し、目が潤んでいる。熱が出ているようだった。


彼女は、すでにリーディングを抑えることができてはいるが、完璧ではない。

それに力が強い分、人の気に当てられやすいのだ。



この姿はあまり自分以外には見せたくないな、と考えながらも、目に毒だとイツキは視線をそらす。



「部屋で休め。カンナを呼んでくる」


踵を返そうとすると、服の裾を掴まれ引き留められる。



「ここが、いい…」



ここからは丘のふもとに広がる街が見渡せた。

ミチルはここから、街で暮らす人々を眺めるのが好きだった。


イツキは仕方ないなと溜め息をつくと、彼女の隣に腰をおろす。

ぽんぽんと太ももを叩いてミチルを見やると、いつものことなのかするりとそれを枕にし横になった。





もう戻ってくることのない、あの穏やかな日々。


…と思っていたのはいつのことだったか。




イツキと再会してから数週間。

別れの日が嘘だったかのように、あの頃と同じような日々がおとずれていた。



今日も、訓練の合間にともに木陰で休む。


さすがに、倒れたときのように抱え込まれてはいないし、幼い頃のように膝枕もしてもらっていないが。


彼は今日も相変わらず王子然とした姿で、隣に座って街を眺めている。



彼はいったい何を考えているのだろう。

本当に、よくわからない。





けれど普通の人にとって、このわからない感覚が普通なのだ。



わからないからこそ、わかろうとする。

相手の仕草や表情をよく見て、言葉を聞くようにする。



そうしなくても感じることができてしまう読人には、この当たり前のことが難しい。


コミュニケーションはリーディングではなく「思いやり」でとるものだと、体にたたきこまなくてはならない。


それが、この訓練の本質なのだ。



文献によると、楽団に入れられるとか、猛獣をてなずけるとか、言葉の違う国に置いてきぼりにされるという訓練方法もあるのだとか。




そして、どんな訓練方法をとろうとも、必ず最後に課される試験がある。


己の師の考えていることを当てる、という単純なものであり、難解なものである。



先生はそろそろ充分鍛えられたと判断すると、訓練の合間に「子、曰く」といった感じのことをたびたび投げかけてくるようになるのだ。

それに対し、先生は今○○と思っているのではないか、と返す。


正誤がある問いかけではないので、間違い直しをされるわけでもなく、そのやり取りを先生が納得するまで繰り返していく。




それを、一度は拒否されたイツキに対してしなくてはならないと思うと苦痛だが、やるしかないのだ。



以前放棄したときはこの試験を残すのみであったので、眠っていた間に失った体力を取り戻しさえすれば、最終試験が始まるだろう。




「ミチル」

「はい」



ぼんやりとした声で呼ばれる。

なので私もぼんやりとしたまま、街の方を向いたままで返事をする。


最初の日は動揺していて気にしなかったが、やはり彼に視線を合わせることは躊躇われた。


試験のためにはそんなこと言ってられないのだけれど。



『見るな』

『触るな』

『関わってくるな』

『覗かないでくれ』


『もう、顔も見たくない』



目が合えばあのときに流れ込んできた思いがよみがえり、心がすっと冷えていくから。


みちるに存分に生きると誓ったけれど、それでもやっぱり傷はまだ癒えていなくて。




「一年前、ミチルが彼の世界に捕らわれたと聞いたとき、俺がどう思ったかわかるか」



これは、最終試験が始まったのか。



「…試験ではない」



読まれてる。いや、読まれて(リーディングされて)はいないが、読まれてる。

これができなくてはならないとは、道のりは長い。



「そうですね…」



私と彼が最後に会ったのは、四年前だ。


それからずっと会っていなかったし、会うことがあるとも思っていなかったから、その頃の彼が何をしていたのか私は知らない。



彼はどうだったのだろう。


私のことを気にかけてくれていたのだろうか。

それとも、たまたま眠りについたことだけ知ったのだろうか。


別れの日までは何年もともに過ごしたのだから、多少の心配くらいはしたかもしれない。



それよりも、異界に捕らわれる、という事象に興味を持ったかもしれない。

幼い頃も私がみちるの世界とこちらとを区別できなくなっていたりすると、いつも飛んで来ていた。



そうだ。そのたびに尋ねられることがあった。



「『俺のことがわかるか』でしたっけ」



隣から、はあ、と息をつく音が聞こえる。

どうやら当たっていなかったようだ。



「ミチル」



今度は強く呼ばれたので咄嗟に顔を向けると、彼は随分真剣な顔をしていて。



「ミチルが目覚めなかったらと思うと、俺は生きた心地がしなかった。なぜ離れてしまったのかと、とても悔やんだ」



存外心配させていたらしい。



では、あの日の彼の思いはなんだったのか。


目覚めるその瞬間まで私を捕らえて離さなかったのは、異界よりみちるより何より、大好きな彼に拒否されたあの日の恐怖。



「…そうでしたか。ご心配をおかけして、申し訳ございませんでした」

「謝ってほしいわけでは、ないのだが。まあいい、これから覚悟しておけ」

「えぇっ、試験はそんなに厳しいのですか!?」

「…そうくるか」



彼は表情を苦笑に変えると、ミチルの頭をポンポンと軽く叩き、訓練に戻るぞと言い残して先に行ってしまう。





ああ、みちる。

勢いでスタートラインは越えたけれど、古傷がこんなに痛むとは。


前途多難だわ。

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