未だ見えず
「なぜ、ミチルは帰ってこないんですか!」
ファイ侯爵逮捕から二ヶ月が経とうとしていた。
最初のころは事後処理でイツキもバタバタしており、会えなくても仕方ないと思っていたが、それも終わりロイスタリアに戻ってきてもう随分経つのに、いっこうにミチルが帰ってくる気配がない。
そもそも、このような強行突破に出たのはミチルを早くサピエから引き離すためだったのに、これでは全く意味がないではないか。
そしてサピエに行く前と同じく、イツキはカズサの執務室を訪れた。
「ミチルはねえ、向こうでナナキにこきつかわれているんだよ。教えを破っていた罰だ、ってナナキが張り切っていたから、まだかかるかもね」
そういえば、ナナキはミチルが『覗いた』と知ってかなり怒っていたことを思い出す。
「まあ向こうにはユリアやリョウヤもいるし、心配することはないよ」
「俺も行きます!」
「駄目だよ。イツキにはこっちでやってもらうことがたんまりあるんだから」
そう。
人質を解放され自由の身となったスパイたちの確保と処分、その人たちが抜けたせいで回らない部署の補佐や采配をしなくてはならない。
いちおう王子だし学院もでているので一通りのことはできるため、イツキはイツキでカズサにこきつかわれていた。
「リョウヤにさせればよかったじゃないですか!」
リョウヤは次期王である。そちらの方が適役ではないか。
「わかってないなあ、これはお前が城に馴染むためでもあるんだよ。せっかくミチルがそのために頑張ったんだから、ちゃんとヤヨイやまわりとも交流しなさい」
サピエから帰って、カズサに報告に来たとき。
執務室のドアを開けたら、そこには優しく微笑むカズサと、その隣でズビズビと泣いている母がいた。
「ほら、ヤヨイ」
カズサがとんとん、と彼女の背を軽く叩くと、意を決したようにうなずき、
「おかえりなさい、イツキちゃんっ…!」
と抱きついてきた。
もう何から驚いたらいいのかわからない。
「イツキちゃん、ごめんね、今までひどいこといっぱい言って意地悪なことして、嫌な母親でごめんねぇっ!」
「いや、あの、こちらこそ、事情を察せずに申し訳ございませんでした」
「はうあっ!」
ヤヨイは変な叫び声をあげながら、イツキから離れる。
「は、母上…?」
ヤヨイの眉は見事に八の字に垂れ下がり、その下にある若干つり上がり気味の瞳も泣いていたせいか腫れぼったく、いつも感じていた鋭利さやトゲトゲしさはまったくない。
「な、ななな、なんて良い子なのぉーーっ!」
そしてまたピャーと泣き出す。
困ったイツキは、笑ってないで何とかしてくれとカズサに視線をむける。
「ほらヤヨイ、泣き止みなさい。プリンセスローズのような可愛らしさが台無しだよ」
「はい、カズサさま…」
「よしよし、えらいね」
カズサに頭を撫でられ、えへへと笑うヤヨイ。
今までの母の印象とは全然違っていて、正直戸惑う。
本当はこういう人だったのか。
「…ということでイツキ、城にいる間はヤヨイと過ごす時間をとってあげなさい」
「ということって…どういうことなのか、全くわかりませんが」
「い、嫌なのねぇっ!」
「っ、そういうことではありません!わかりました!」
ヤヨイがまた泣きそうになったときのカズサからの威圧がはんぱなかった。
そうしてひとつき、ヤヨイと食事や午後のお茶をなるべく共にするようにしているが、どう接したらいいのかわからず、いまだに『イツキちゃん』呼びをやめてほしいとも言えていない。
「イツキ、そろそろ仕事に戻らないと大変なことになってるっぽいぞ」
「リク…わかった、すぐ戻る」
キクトとイツキ共通の友人リクは、サピエでやらなくてはならないことをナナキとミチルに奪われてしまったため、それなら代わりにとロイスタリアへとやってきてイツキの補佐をしてくれている。
彼は元々キクトの従者として色々学び働いていたので、カズサやイツキの考えをよく理解し、その働きぶりにはとても助かっていた。
「ほら、行っておいで」
「…ミチルが戻ってきたら、絶対教えてくださいよ」
「わかった、わかった」
カズサの執務室を出、臨時に与えられた部屋に戻ると、そこにはたくさんの人がつめかけており、机には書類の山ができていてげんなりする。
「書類にサインください!」
「俺が先だったろ!」
「ひとつお聞きしたいことが!」
「静かにしろ」
イツキは大きい声を出したわけではないが、まさに父親譲りのその威圧感でまわりを瞬時に黙らせる。
「サインや意見が必要なだけの書類は、その箇所に付箋をつけてこの箱にいれてくれと頼んだろう。
あと、質問はまずリクにしてくれと言わなかったか。リクに答えられないことならリクがまとめて俺に聞くから、直接俺に聞くな。
どうしても俺に話があるというなら、今すぐ俺が対応しなかったら国家に損失がでる、というぐらい重要な案件のやつから聞く」
椅子に座り、さあ、と視線を投げると、そこに集まっていた人のうち半分近くがサササーッと出ていく。
残ったものたちも、直接何か尋ねてくる者はいなかった。
質問への対応はリクだけでなんとかなっているようだったので、箱に入れられた書類に目を通していく。
「イツキ、人気者だなあ」
しばらくすると、人をさばき終えたリクがニヤニヤしながら戻ってきた。
「人気者って言われてもな…」
「そこにおかれた山、半分はお見合い用の姿絵だろ?」
最近の悩みの種は専らこれだった。
いらない王子と思われていたころは誰も見向きもしなかったくせに、今は「うちの娘をぜひ!」と揉み手をしながら姿絵をもってきて、少しでもかまおうものならすごい勢いで娘自慢を始める。
さっきの人だかりも半分はそういうやつらだった。
そういうやつらとじゃなくて、俺は早くミチルと話しをしたいのに。
いったい、いつになったら会えるのだろうか。
姿絵を取り除いても小山ほどある書類に目をおとしてイツキはため息をついた。




