決行
「ミチルさんの気持ちを無視して紳士にあらざる行為を働き、本当に申し訳ありませんでした」
リクにグイッとされながら頭を下げるキクトに、どう返したものかとミチルは余計に困ってしまう。
先程の闖入者リクはキクトにチョップをくらわせたあと、「よく聞け!紳士ってもんはなあ!」と説教を始めた。
しかし、リクに会えたことがそんなに嬉しいのか、いくら怒ってもにこにこし続けるキクトに遂に音をあげた。
「もういいから、とにかくミチルさまに謝れ」とそれまで数十分放置されていたのに急に話を振られ、今に至る。
ーえーと、なんて返そう。『気にしてません』?いや、淑女としては気にしておかなきゃダメか。『未遂だし無問題☆』これは私も説教されるやつ。『本当に嫌でした』正直すぎるのも良くないのか?相手は王さま…うーん
「キクト、もう二度としません、は?」
頭のなかでごちゃごちゃしていると、まだ私が許せていないと思ったのか、リクがキクトに更なる反省の言葉を要求する。
「もう二度としませんーーとは言い切れません」
「反省してねえなおい!」
しれっとした顔のキクトに、またリクの説教が始まった。
彼らは主従関係にありつつも親友なのだと調査書には記されていた。
けど、これはまるで。
「ぷっ、あはは!なあんだ!キクトさまもだったんじゃないですか!」
いぶし銀の髪に、青みがかった瞳。
明度や彩度はだいぶ下がるものの、その組み合わせはミチルが持つものと同じ。
きっと、キクトもリクが恋しかったのだ。
ミチルがイツキを恋しく思っていたのと同じように。
ミチルの中で、キクトの今までの行動はそう理解された。
「ふふ、懐かしいなあ。ユリアとヤクモくんの夫婦漫才みたい」
二人はポカーンとしているが、表情の変化も同時で、本当に夫婦のように仲が良いのだなあとミチルは感心した。
ミチルが昨年一年間共に過ごした彼の世界の花咲みちるは、長年の病院生活を読書や勉強をすることで過ごしていたが、そのジャンルは問わず。いわゆるボーイズ・ラブと言われるものも嗜んでいた。
幸か不幸か、ミチルも特にそういう恋愛に抵抗はなく、そういう形もあるんだなあと受け入れていた。
みちるは、教えたことがまさかこんな曲解を招くとは思っていなかっただろう。
笑いが収まり一息つくと、そういえばなぜここにリクがやって来たのかというそもそもの疑問がわいてくる。
「それはですね、」
「ミチルさま、カンナです。戻りました」
リクが話そうとしたところに、カンナの声が重なる。
入室を許可すると、いつものように物静かな動作で部屋に入ってくる。
部屋にリクがいることは特に気にしていないようだ。
カンナは何か知っていたのだろうか。
「リクさん、でしたっけ。私から報告しても?」
「そうだな、そっちの方がタイムリーだろうし」
なんだか、二人は事情通のようだ。
ミチルとキクトは真剣な顔で聞く体勢をとる。
「先程ファイ侯爵が、クーデターの容疑でサピエ騎士団に捕らえられました。騎士たちの動きは統率がとれており、他の関係者も一斉に検挙されております。それと同時に捕らえられている人質の解放も行われているようです」
なるほど、それでリクが。
って、ちょっとまて。
「クーデター!?」
「はい。ファイ侯爵は王を国に連れ戻したあと弑し自分が王座につき、残されたミチルさまと婚姻しようと目論んでいたようです」
なんとまあ、成功率の低そうな犯行計画だ。
いや、実はきっともっとちゃんと綿密に策が練られているのだろう…そうであってほしい。
じゃないと、ロイスタリア側がこんなにもいろいろ考えて動いてることが虚しくなるではないか、と遠い目をするミチルだった。
「何をする!私は侯爵だぞ!このようなことをして無事でいられると思っているのか!」
急ぎの報告があると呼び出されたのに、気付けば騎士たちに囲まれ両手に縄をかけられていた。
「ファイ侯爵にはクーデター主犯の容疑があがっております、ご同行願います」
「なんだと!?」
ーなぜだ、なぜだ、なぜだ!私の計画は完璧だったはずだ!
そもそも、私は王座につかなくともすでに権力は手中に収めていた。
それを一月前、ヨツバが『侯爵さまは人望に厚いお方ですから、皆があなた様を王にと望んでおります』などと言うから、それならばと話に乗ったのだ!
『そのためには、誰よりも早くミチルさまを手に入れ、その地位を万全にするのです』とも言っていたから、面倒くさかったが王とミチル嬢を迎えにいったのに!
ファイ侯爵の肩書きは、読人管理局長。
ヨツバを所有し、上手く従えている気になっていたその人である。
私の計画、と言いつつも自分ではなにも考えていないことには気付けない。
「ヨツバは!ヨツバはどこにいる!」
ここで待ち合わせしていたのだ、来ているはず。
さあ、私を助けろ!
「ここにいますよ」
騎士団の後ろから現れたヨツバは。
ロイスタリアの紋章が刺繍された騎士服を身につけていた。
「お前!騙していたのか!」
「嫌だなあ、お忘れだったんですか?私は元からロイスタリア人ですよ?」
「私は王に望まれていると言っていたではないか!」
「ええ、そうです。一番阿呆で悪いことをやらかしてくれる暗愚な人間が王なら、自分ももっと悪いことができると、皆期待しておりました」
「あ、阿呆だと!?」
今まで従順だったヨツバから、ポンポン自分を馬鹿にする言葉が出てきて唖然とする。
そのまま、騎士たちに連行されていった。
「思っていた通り、ここの貴族は阿呆ばかりだな」
「イツキさま。ここにいらして大丈夫なのですか」
「ああ。騎士団の者たちはたった一ヶ月でよく成長した。あとはもう俺の指示がなくとも動いていける」
噂を知ったあの日。
何か穴が見つけられないかと考えて、穴だらけであることに気付いた。
しかも、修繕できるものも存在するではないか。
貴族に放っておかれた地方の治安がなぜ良かったのかの、ひとつの理由。
それは、阿呆貴族に地方に追いやられながらも、そこに作られた組織をきちんと守備する騎士たちがいたからだ。
イツキが思い付いたのは、その騎士たちを集め、騎士団として鍛え直し、彼らに国の膿を出させることだった。
もともと、騎士団はまっとうな治世を望む者たちが集まる場所となっていた。
騎士団の入隊基準は国同士の拮抗のために世界共通となっており、そのお陰でどんなに国政が腐ってもここだけは守られた。
しかし、阿呆貴族が彼らを疎ましく思い地方へと飛ばし。
それが幸いして、地方の治安は守られていた、ということだったのだ。
そしてイツキが気付いたもうひとつ重要なこと。
それは、サピエ貴族の学力が著しく低下している、ということだった。
彼らを阿呆だということは知っていたが、それは単に頭の作りがよろしくないという話ではなかったのだ。
ここまで無法地帯になったのは、いや、なれたのは、ひとえに理性や知性が足りなかったからだろう。
学のあるものはキクトのように他国に追い出されたか、騎士団にはいって結局地方に飛ばされたのか。
どうしてそうなったのかはわからないが、とにかくこの状態を良くないと判断できる人間はこの国の貴族には残らなかったのだ。
ゆえに、そこまで慎重にならざるとも、簡単に誘導できるのではないか。
そう考え、貴族の中心でありヨツバの上司であるファイ侯爵に働きかけたら、簡単に口車に乗ってきたのである。
ミチルをアイツの気持ち悪い視線にさらすのは嫌だったが、きっとカンナとキクトが守ってやってくれると信じて。
ファイ侯爵が王都をたったあと、急いで騎士たちを集め、ナナキとともに訓練を施した。
自分達が指導して着いてきてくれるのかだけは心配してたが無用だったようで、ロイスタリア一番の使い手であり若くして国王の側近となったナナキは有名で尊敬されているらしく、みな自分から教えを請いにきたほどだった。
そして、ファイ侯爵がミチルたちをつれて王都のそばの街まで来たと連絡が入り、作戦は決行された。




