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遠方より来たる



馬車に作られた小窓から外を眺めれば、そこにはのどかに小麦畑が広がる。

そろそろ収穫の時期なのだろうそれは黄金に輝き、風に波打つさまはまるで天上の世界を彷彿とさせるほどに神々しい。


散らばるように点在する家屋は王都の石造りのものとは異なり木造建築。


そこここに丸められた干し草が転がされ、自由にそれを食べる牛たち。


その背後には山々の稜線が連なり、夏なのに上の方にはまだ雪が残る。

馬車を進ませるにつれ近づいていくそれらは輪郭が鮮明になっていくというのに、神秘さは増していき。


遠ざかるときにもまじまじと眺めてしまう。

目に写るものすべてが、ミチルには新鮮だった。



ミチルは生まれてこのかた王都から出たことがなかった。

それは身の安全のためということもあるが、一番の理由はフローディア家特有の性格にある。




この世界では、花は特別に大切にされている。

その由来を語ると世界の創世記にまで及ぶので省くが、とにかく日常にも非日常にも花というものは欠かせない。


ーそんな世界だから花を贈る、ということに大きな意味があり、それゆえあんなにもイツキは動揺したー



フローディア家の仕事は、王家に花を献上すること。


そのための花はフローディア家の敷地内で育てられている。

気候や土壌がどうしても合わないものは各地で管理されているが、ほとんどの花は最新の技術により環境調節された施設内で栽培される。


もちろんそれらを管理するための知識をもつ使用人もいるが、フローディア家の人間はこよなく花を愛し、自分の手で花を育て王に捧げることを誇りにしている。


そして、植物を育てることは一日たりとも気を抜いてられるものではない。

ゆえに、彼らは家から離れることを良しとせず、基本的に皆引きこもり体質なのである。


ちなみに採集だけは別だ。新しい種の植物が見つかったとなれば山奥の秘境だろうが荒波の向こうだろうが躊躇せず飛んでいく。ミチルの姉はプラントハンターとしても名をはせているくらいだ。



けれどミチルがそれに同行することはなく、こんな風に王都から遠く離れた、自然豊かな景色を見るのは初めてだった。




移動し始めてから一週間と数日。

はじめは緊張していたが、今は状況にも慣れ心に余裕がでてきたため、ミチルは生まれてはじめての旅と景色を楽しむことができていた。





先日すでに国境を越え、ロイスタリアからサピエに入った。王都まであと少し。







迎えに来たというサピエのファイ侯爵といえば、バレないように小賢しく細工しているようだが一連の事柄の主犯というのはわかっていて、まさに悪の親玉である。



スラリと背も高く、貴族らしく仕立てのよい服をきているが、なんだかギラギラしている。


伝わってくるオーラも、なんというか、…顔も。


しかもサピエ特産の宝石をあしらった装飾品をあちこち身に付けていて、品がない。

ひとつひとつは素晴らしいものなのに、ただゴテゴテして見える残念さ。




しかし、いくら残念でも、親玉は親玉。


親玉が自らここまでくるのは、ただ事ではない。

いったいなにを企んでいるのか。



彼はミチルとキクトが結婚するつもりだと確認すると、予想していた通り「すぐにサピエにおいでください」と言ってきた。



では両親に報告を、という話になると、何故かキクトだけでなく自分も行くと言い張り、しかもなにを思ったのか、当日まるで己れがミチルと結婚するかのようにミチルの両親に挨拶していった。


そのときに「ミチル嬢に似合うと思いましてな」と渡された花束にも驚いた。使われている花は確かに可憐だったが、それらは「おろかしさ」「幼稚」「策略」「気味が悪い」といった意味のものばかりで、遠回しに貶されているのか、それとも思惑がバレているのかと不安になった。


しかし、花の持つ意味を正確に把握しているのはミチルがフローディア家の者だからで、後日その花を購入した花屋で確認すると、彼はとにかく高級で美しいものを、と言って選んでいたらしい。紛らわしい。



それはともかく、その日以降、ミチルはキクトの『偽装恋人』から『偽装婚約者』へとランクアップした。


もちろん両親は偽装であることも承知している。




旅立つ直前、リョウヤやユリア、ヤクモに「そのときには必ず呼ぶから、来てくれたら嬉しいわ」と声をかける。


レイにもしばらく会えないことを告げると、「帰ってきたらノート写させてあげてもよろしくてよ!ちゃんと帰ってきたらよ!わかってますわね!」とツンデレなお言葉をいただいた。可愛いやつよのう。



学院には休学届けを出した。まだ編入してきたばかりだというのに。

受理してもらえたのでひと安心である。


侯爵はもう戻ってこさせる気がないのか、「そんなものもう必要ないでしょうに。まあ、ミチル嬢がそうしたいなら、何も言いますまい」とか横で喋っていた。



何も言いますまい、とかすでに口出したあとで言われても。


それに、名を呼ぶことを許した覚えはないのだが。

しかもいちいち距離が近い。



いちおうサピエ国王の婚約者だというのに、馴れ馴れしい男である。


読人だからなめられているのだろうか。






ロイスタリアの王都からサピエの王都まで、馬車で街道を行くとだいたい二週間ほどかかる。

急げばその半分の程度だと思うのだが、王族や貴族は優雅に余裕を持って移動するものらしい。



侯爵が、来る途中で寄ってきた街についてなにか語っていたがミチルは適当に聞き流す。


というか、なぜ婚約者であるはずのキクトだけでなくファイ侯爵も同乗しているのか。

ミチルが最初緊張していた原因でもある。


この馬車は王族の家紋が入ったもので、侯爵は自身の家の馬車に乗ってきたはずだし、実際それがあるのも目にした。

偉そうな態度の人なのに、わざわざ下座側にきてまで同乗するなんて。



見張り、なのだろうか。

もしかしたら、まだキクトとの関係を疑っているのかもしれない。


彼が自ら見張る意味がわからないが。



ちなみに、初日に「ミチルと二人にさせてもらえないだろうか」とキクトが侯爵に言ったが、「いくら婚約者とはいえ未婚の男女を二人きりにはさせられませぬ」とかいって乗り込んできた。


私の侍女として連れてきたカンナがいるので、決して二人きりではないですよ、お二方。



リーディングしてしまえばファイ侯爵が何を考えているのかは分かるのだが、彼は時折ミチルを見つめていて、そのたびに背筋がぞっとするものだから、心を覗く勇気が出ない。


どちらにしてもまだしばらく共に旅をしなくてはならないし、サピエの王都に着くまではおとなしくしていなくてはならないのだから、企みを知るのはまだ先でいいや…と逃げ腰のミチルである。






「ミチルさん、疲れていませんか」



国境と王都の中継として栄え広がる街に、今日は泊まることになっていて、すでに到着している。


ミチルはあまり体力がないので、二、三日は馬車に乗っているだけでもヘトヘトだったが、旅も終盤、さすがに慣れてきた。



「はい、大丈夫です。そろそろ到着ですしね」



ミチルは苦笑したように微笑みながらお茶を淹れる。



ファイ侯爵はなにか用があるのかそそくさとどこかへ向かった。カンナには尾行をしてもらっているので、今は久々にキクトとミチル、二人きりだ。


泊まらせてもらうこの街の領主の館の一室で、ゆっくりお茶をしている。



キクトはソファに並んで座っている、伏し目がちなミチルを見つめる。

彼女と目が合うことはほとんどない。

王に対する態度としては正しいが、たぶん彼女の真意は。




「ーーミチルさん。声、そんなに似ていますか」



はっ、とミチルは伏せていた視線を上げる。

しかしその目は一瞬合うとすぐそらされる。



「…気付いてらしたのですね」



そう。イツキとキクトは顔も似ていたが、何より声がそっくりだった。

不意に聞こえてくるとどちらかわからないくらいに。


そしてミチルは、いくらフリとはいえ仮にも恋人で、失礼だとわかっていながらも、キクトの声を聞きながらその瞳の奥では別の人間を思い描いていた。



ミチルを大事に思ってくれている暖かさもイツキに似ていて。

膝枕をしたりされたり、ピクニックのように庭でお昼ご飯を食べて、じゃれあって。


そのやりとりは、まるで昔のイツキと過ごしているようで。




「ミチルさん、こっちを向いて。…どうか、私を目に映してほしい」



侯爵がいる間はほとんど触れることができなかった彼女の柔らかな頬に指を滑らせる。

トン、と華奢な肩を押せばその体は簡単にソファへと倒れる。



「き、キクトさま…!?」



近づいてくる彼の顔に戸惑う。



ーキス、されるの?イツキさまにも唇にはしてもらったことないのに?



嫌だ。

だけど、人を呼ぶわけにもいかない。婚約しているのに、キスされそうなくらいで騒いだら怪しまれる。



二人の唇がふれる寸前。



バタァン!



と、すごい勢いで扉が開く。


その音にキクトは身体を飛びおこし、扉を振り向く。

傍らに置いてあった剣を持とうとしたが、そこに立つ存在を確認すると、ピタリとその動きを止める。



「…リク。リクだよな。無事だったのか!」



親しい間柄なのだろう、いつもの丁寧な口調はない。

そして、三年ぶりに会えた喜びにキクトは表情を明るくし、親友の名前を呼ぶ。


が、相手はクワッと青みがかった色の瞳を見開き、ズンズンと荒い足取りで近づいてくる。



二人の空気が違いすぎてミチルは困惑する。




「俺は、お前をそんなやつに育てた覚えはないっ!」





リクはキクトのもとへたどり着くと、ズビシィッ、とその頭にチョップをかました。

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