噂
それから一ヶ月、ナナキとイツキは証拠集めと人質の居場所確認につとめた。
もうこれ以上探っても仕方ないくらいにきっちりと。
「けどなんかもう、わんさか出てきすぎて本当にこれでいいのか判断が鈍ってくんなー」
密文書に偽造した封蝋やサイン、違法な人身売買取引の記録。
どこの誰にいくら賄賂を渡したのか、税金をいくら横流ししたのか書かれた裏帳簿。
他にもよろしくないものが山のようにあちらこちらの貴族の屋敷で見つかった。
そういうのを探すのは読人の得意とするところではあるが、それにしても簡単に見つかりすぎだ。
というのも、彼らの物の管理のしかたがあまりにも杜撰すぎる。
サピエ貴族は、長い間悪いことをしてきたせいか、悪さを隠そうという考えがなくなりかけてる。いや、ないに等しい。
取り締まるものがいなかったから仕方のないことなのかもしれないが、もう少し『悪いことをしてる』という自覚を持っていてほしかった。
これじゃあカズサのいうとおりこいつらは、ただの『阿呆』だ。
残念な子を見る目を向けてしまわざるを得ない。
怒る気も失せてくる。
まあ、そこら辺はキクトに任せることだから良しとしよう。
「これからは、証拠同士を示し合わせて横の繋がりを洗っていくぞ。時間があれば、新しい領主候補も挙げておこう」
ナナキは武闘派だがデスクワークができないわけではなく、どちらかというと人より優れている。
文官にならないかという誘いもたくさんあったが、「俺は机には一時間しか向かってられん」という理由で断っていたらしい。
ちなみに、「剣なら一ヶ月でも握ってられる」そうだ。
情報収集のついでに阿呆貴族が放っておいている領地も見に行ったが、驚くことに王都やその周辺よりよい治安の場所が少なくなかった。
領主に頼ることを諦め、自分らで組織を作り街を成り立たせていたのだ。
そのなかで皆に信頼され政治的手腕もありそうな者に、目星はついている。
作業に没頭していると、コンコン、とノックの音が響く。
なんだか少し焦っているような叩き方で、何事かと気が引き締まる。
「ヨツバです、報告があります」
「おう、入れ」
いつもほとんど動揺することも顔色を変えることもないヨツバだが、なんだか様子がおかしい。
「どうした」
「それが、最近サピエ貴族の間である噂が流れ始めたのです」
そこまで言って、チラリとイツキを見る。
ヨツバは気まずそうな顔をしながらも、言葉を続ける。
「ミチルさまがキクト王と婚約する、というものです」
「っ、どういうことだ!」
「イツキ、落ち着け」
ナナキはイツキが立ち上がろうとするのを制し、ふむ、と考える。
「根も葉もない噂なら放っておけばいい。
真実なら、それはカズサの知るところのはずだ。そのうちあいつからも連絡があるだろう。
まあ予想としては、キクト王がサピエに帰るための手段としての婚約、だろうな」
「手段、ですか」
ナナキはにやにやとイツキを見ながら話す。
「そ、王様の結婚なら国で式をあげなきゃならんだろう。
それに調査してて目の当たりにしたと思うが、この国の貴族は読人を下に見ているクセに、どれだけ有能な読人を所有しているかをステータスにしてる。
ミチルはいまこの世界で一番の能力を持った読人だぞ?
サピエ貴族は食いつくだろうさ」
イツキはそれでもと反論する。
「しかし、そこまでする必要はないでしょう。もとはそんな予定ではなかったんですし」
「いや、正規の方法で来られるに越したことはない。追っ手をまきながらの密入国より、大手を振って街道を通ってきた方が確実・安全・早いの三拍子で良いことしかないだろ。
それに…」
ナナキは更に笑みを深める。
ヨツバは嫌な予感しかせず、こっそり部屋からでる。
「本当に恋人同士になったのかもしれないだろ?ミチルは可愛いし、キクト王もイケメンだし、イツキはヘタレだし?
囚われの王とそれを救う姫、ちょっと立場は逆だけどなかなかにお似合い」
シュッ
ガキィン!
イツキは抜剣すると同時に机を飛び越え、ナナキの脇腹を薙いだ。
しかし、それをナナキは瞬時に抜いていた剣で余裕で防ぎ、弾くと同時に突きを繰り出すが、イツキはすでに間合いにはいない。
さすが、ロイスタリア一と二の剣の使い手。
攻撃の重みも早さも足運びも尋常じゃない。
もちろん、大切な証拠や周囲の家具には傷ひとつつけていない。
「先生、何か言い残したことは」
イツキにふざけている様子はない、確実に仕留める気だ。
「お、やる気だな。ここだと狭いし、外出るか」
それなのにナナキは嬉しそうだ。
そして気づけば、いつもの訓練と変わらないことをしていただけだった。
「ナナキさま…机仕事に飽きて動きたかっただけでしょう」
「さすがヨツバ、わかってるな!」
ナナキに思いっきりしごかれ、言葉を発することもできないくらいにイツキは疲労して仰向けになっていたが、それでも横目でナナキを睨む。
「ま、カズサから連絡がない限りはわからんさ。ヨツバ、報告ありがとな。また何かあったらよろしく頼む」
「はい。では失礼します」
ヨツバは凄いスピードで山の中を駆けていく。
力でいったらナナキやイツキのほうが圧倒的だが、早さや身軽さはヨツバには敵わない。まさに密偵向きの人材だ。
ヨツバを所有している(ことになってる)貴族は、あいつのことをただひょろっこいやわなやつだと思っているらしい。本当に見る目がない。
まあヨツバ自身が油断を誘うためにそう思わせたのだろうが。
「…先生」
「お、まだやるか?」
「いえ、それはもういいです。
ーーじゃなくて、噂のことです。もし本当なら、ミチルはこの国に来たあとどうなると思いますか」
「そうだなあ、とりあえずキクト王が無事王座について政治の主導を握れるようになるまでは、そばにいてやるんじゃないか?」
「だとしたら、その間に式を挙げるところまでいってしまったりしませんか」
そう。そんなにもサピエがミチルを欲してるとすれば、さっさとくっつけてしまおうと画策しかねない。
別に悪巧みをしている者でなくとも、ミチルを味方にする魅力には抗えない。
特にこれから国を建て直すにあたってロイスタリアと交渉するならば、彼女の存在はかなり有利になると考えるだろう。
カズサがミチルを溺愛していることは有名なのだ。
たとえミチルが拒んでも、既成事実さえ作られてしまったら…
「その可能性も、あるだろうな。だがどうする?カズサがそうすると決めたなら、逆らう権限は俺たちにはないぞ」
俺にはどうすることもできないのか。
それに、もし本当にミチルがキクトを好きなら俺が手を出すことじゃない…
ーいや、違う。
俺は逃げないと決めたんだ。
ミチル本人から拒絶の言葉を聞かない限り、突き進む。俺はやりたいようにする。
そう考えたとたん、頭の中がクリアになっていく。
さっきまで見ていた証拠からわかることはなんだ。
そこから、やつらの綻びを見つけなかったか。
ーーそうだ。
「結婚する間もなく、婚約する必要もなく、キクトが無事王座に着けて、治世が安定すればいいわけですよね?」
「ああ、まあそうだな」
それならば。
「俺に考えがあります」
ミチル。今度は俺にお前を守らせてくれ。




