駆ける
カズサと話を終えてすぐに、食料や地図などをまとめた荷物を手渡された。
こうなることがわかっていたのだろう。
ティアード家へはカズサが連絡をしておいてくれる。
だからさっさと行けと言わんばかりだ。
ナナキが移動しないとも限らないから、確かに早く合流したほうがよいが。
ーああ、ミチルに会いたい。
花が咲きこぼれるような笑顔が見たい。
そのためには早く終わらせなくては。
四日間、最低限馬を休ませながら西へ西へと移動する。
これから他国に密入国するというのに、考えるのはミチルのことばかりだった。
国境は山脈に沿って引かれているので、正式な街道でない獣道を通るのは普通楽なことではないが、イツキは乗馬技術もナナキに叩き込まれていたから、これくらいの道は苦ではなかった。
「よっ、イツキ」
「先生…随分悠々としてますね」
「いい加減『父さん』って呼べよー」
イツキはナナキの養子に入って1年ほど経つが、先生と呼んでいた期間が長すぎて、父さん呼びには変えられそうもなかった。このやりとりは恒例となっている。
それはともかく、ナナキはのんびりソファに腰を沈めて、イツキの見知らぬ読人と談笑していた。
その読人は目が合うと立ち上がり、ペコリと礼をしてくれる。
ナナキがポイッと清潔そうなタオルを投げてきたので、反射で受けとる。
「イツキが来るのを待ってたんだよ、カズサが『絶対行くと思うから』って。それにあらかた状況は落ち着いてるからな。先にその泥と汗を風呂で流してこい」
風呂まであるのか。
この隠れ家は、外から見たらわからないようになっていたが、中は相当に広い。
長期間大人数が滞在しても大丈夫なようになっているのだろう。
それに、置かれた家具や床もだいぶ年季が入っている。
それだけ、この計画は前から動いていたということだろう。
イツキが身なりを整えて戻ると、ナナキは会議室に移動していた。
机の上にはたくさんのピンが刺された大きな地図が広げられている。
「先生、先程いた方は?」
「ん、ああヨツバのことか。ヨツバは潜伏先に戻ったよ、先に挨拶しておけばよかったな。まあまたすぐに会うことになるさ。
あいつは、お前が生まれる前にサピエに人がさらわれてたときに紛れ込ませたスパイでな。
うまーく入り込んでくれて、今はなんとサピエの読人管理局の局長補佐だ」
いつかキクトに聞いたことがある。
サピエには読人管理局というものがあって、国内の読人の動向はすべてそこに把握されているらしい。
どこの家にどんな読人がいて、どんな仕事を任されているかはもちろん、誰と接触したのかまで管理される。読人は決められた範囲から勝手に出ることは許されないのだ。
そして定期的に管理局に呼び出され、尋問をうける。
しかも精神を不安定にする薬を飲ませて心を閉じられないようにし、管理局に所属する読人にリーディングさせるのだ。
管理局長の補佐といえば、読人をリーディングする読人、まさに管理局の要。
そんなとこに入り込むとは。
「だから、あいつはこの国全土の読人と面識がある。貴族の弱味なんて握りたい放題ってわけ」
そういいつつ、地図にたてられたピンを人差し指でトントン、と軽く叩く。
「これは、人質の居場所。
無理矢理この国に言うことを聞かされている者たちの、大切な人達」
いつもふざけていることの多いナナキが真顔になっている。
これは、本気で怒っているときの顔。
彼は、こういう曲がったことをする人間が大嫌いなのだ。
昔イツキが人とコミュニケーションをとるのが面倒でリーディングしてしまおうとしたとき、この顔で怒られたことがある。
「俺たちの仕事は、この人たちを解放し安全に保護すること。
そしてヨツバが握ってきたわるーい貴族の弱味が、真実であると証明するためのものを手に入れること。
オッケー?」
なんだか軽く纏めているが、かなり大変な任務のような気がする。
「確認しますが、俺と先生の二人でやるんですよね」
「ああ、大人数で行動したら目立つしな。読人の上密偵の訓練も積んだ俺とお前で動いた方が効率がいい」
リーディングは対人で動くとき本当に便利である。
変装して情報収集をしているとして、怪しまれているのかどうかもすぐわかるし、相手が心を許しているならばより話を聞き出せる。
相手が無防備な精神状態なのか、緊張状態なのか判断できればどれだけ踏み込むべきかも見あやまらないで済む。
しかも、サピエの街中には読人はいない。
こちらが読まれる心配がないならば、ナナキやイツキの独壇場ということである。
幸い人質の場所はだいたい王都付近である。
恐らくサピエ貴族は、領地の管理なんてほとんどしていないで王都に入り浸っているのだろう。
「わかりました」
「まあ、証拠集めはさっさとするにしても、人質の解放はミチルがキクト王とロイスタリアを出たという連絡が来てからだな。あんまり早いと動きを読まれる」
今日はもう遅いし、イツキは強行軍でかなり疲労していたので、動くのは明後日からになった。
ということで、今晩は二人で酒盛りすることにした。
こうやって二人で食事することは今までなかったので新鮮である。
お互いほどよくお酒が回ってきたころ。
「イツキ、ずっと聞きたいことがあったんだが」
「はい」
「なんで、ミチルはリョウヤ王子が好きだと思ったんだ?」
ごふっ
イツキは予想外の質問に咳き込んだ。
それまでの会話の主題は、サピエがロイスタリアに送ってきたスパイの話だったり、ヨツバの武勇伝だったのだ。
あのときの気持ちは思い出すのもつらい。
が、みんながみんな、ミチルはずっと自分のことが好きなのだと言う。
あのときに見たものはなんなのか、誰かに聞いてみるのもいいかもしれない。
「…ミチルが、リョウヤに花をあげていたんですよ。フローディア家にしかない、愛する人にだけ渡すという特別な花を」
「ーーん?ちょっと待て。なんか覚えてるぞ」
眉間に手を当てしばし沈黙すると、突如として「あー!」と叫んだ。
「あれだ、ミチルとリョウヤの婚約が決まる少し前だろう!
あれは、お前にあげるつもりだったんだよ!」
イツキは呆然とする。
ナナキが言うには、あれはリョウヤからイツキにプレゼントするためにミチルが摘んできたものらしい。
不在で受け取ってもらえなかった、とミチルは後日ナナキに言っていたのだ。
あのイツキがミチルとの約束を破ることがあるのかと大層不思議に思ったので、ナナキの記憶の片隅に残っていた。
「嘘だと思うならフローディア家に保管されている採取記録帳、見せてもらえ。採取日時と本数、理由まできっちり書いてあるはずだ」
ああ。俺は本当になんてバカなんだろう。
あの日逃げずにちゃんとミチルと会えばよかった。
「その様子からするに、本当に勘違いしてただけで、ミチル本人から気持ちは伝えられてないんだな?」
こくん、と顔を縦にふる。
衝撃的すぎてまだ言葉がでない。
「あいつ…イツキの心、覗いたんだな」
「え?その後会ったときも、読まれないよう俺はずっと抑えていたはずです」
ナナキはふう、とため息をつくと、頬杖をついてグラスの中の氷を揺らす。
「ミチルはな、本気になれば剥がせるんだよ。こっちがいくら抑えてても。しかも自分のことは読ませないまま」
そう。あの日のミチルはナナキの言いつけを破ってイツキの心を覗き見した。
「こりゃあ、イツキだけがヘタレとは、言えねぇなあ」
ナナキの目には剣呑な光が宿る。
しかも、真顔。
ぞくっ
まだ学院入学前で、家のテラスで優雅にお茶を飲んでいたミチルに、突如として寒気がおそった。
「あら、冷えてしまいましたか?やはり夏とはいえ、冷たい飲み物を夜風にあたりながら飲むのは身体に良くないですよ」
そう言いながらカンナはミチルに羽織をかける。
「ありがとうカンナ。うーん、今のはそういうのじゃない気がするのだけど」
もっと嫌な予感がする。
数ヵ月後、その予感はまさに的中することになる。




