先生
この世界の人々は低明度に低彩度の、ほぼ黒と言っていいような髪と瞳を持つものが大半であるが、その中に時たま、色味がかっていたり、多少色素が薄めの者が生まれてくることがある。
その者たちは、皆一様にして人の感情を読み取ることに長けていた。
その能力はリーディングと呼ばれている。
このロイスタリア国において、読人と呼ばれる彼らは国に保護され、司法や外交の場、王族との謁見の際の立会人として働くこととなる。
フローディア侯爵家令嬢、ミチルもまた読人として生まれついた。
しかし彼女が持つ、白銀の髪に透き通ったマリンブルーの瞳という極端に明るく透明感のある色は、読人の中でもまた異質だった。
彼女の能力は、感情を読み取る程度ではない。
まさに、心を読むのである。
彼女の家族や近しい者はそれを気にする質ではなかったが、周囲はそうもいかなかった。
外に出れば向けられる眼差しや思惑、渦巻く悪意。
それらを聞き流すことを覚えていなかった幼い彼女は、かといって全てを受け止められるだけの許容量もなかった。
普通は人間不信になりそうなものなのに、なぜかミチルはしょっちゅう外に飛び出しては、そのたびに体調を崩して寝込んでいた。
そのせいか今でも食が細く、いつも貧血ぎみだ。
幸い、リーディングは訓練により抑えることができる。
新しく生まれた読人は、先人の読人にその術を学ぶ。
一度は放棄してしまったけれど、精一杯生きるって決めたんだから。
私はその術を手にいれなくてはならない。
「突然お呼び立てしてごめんなさい、ティアードせん、せ…い?」
そこには、確かに読人の証である灰色の髪と瞳を持つ青年がいた。
しかし、数年前まで面倒を見てくれていた師、ナナキ・ティアードではないその読人はもしかして。
「イ、イツキさま…?」
「ああ。久しいな、ミチル。父は仕事が忙しいから、代わりに俺が来た」
スラリとした長身に小造な顔。
表情は乏しいが、切れ長の目に通った鼻筋はまるで彫像のよう。
堂々としつつ嫌みでない態度はまさに王族。
以前、訓練を放棄することになった原因その人。
イツキ・ロイスタリア第一王子が先生になるようです。
ああ、みちる。
世界ってなんて空気読めないのかしら。
ちょっと力を分けてあげたい。
サアッと頭から血液が引いていく。
あ、ヤバい、と思ったときにはもう遅い。
「ミチルさま?…ミチルさま!!」
カンナの声が遠くに聞こえる。
体が重い。
立っていられない。
けれど床に打ち付けられる感覚はなく、その代わりに誰かが受け止めてくれたようで。
ああ、懐かしい温もり。
カンナとは違うけれど、柔らかな洗いたての毛布でふんわりと包まれるような安心感。
「ミチル…相変わらずだな」
しかし、いたわるような手つきに思い出すのは苦々しい記憶。
みちる、私、スタートラインでくじけそう。
そこまで考えたところで、ブラックアウトした。