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恋人



「えと、あのですね、け、結婚は好きな人とした方がよいと、思いますし、私は、もう結婚とかはする気がないといいますか、あの、」



何と返していいのかわからない。

しかもテンパってどもってしまう。



急になんなんだ!

いったいなんの話をしていたっけ!?



頭の中でぐるぐるしていると、向かいから弾けるような笑い声が聞こえてきた。



「キ、キクト国王陛下…?」

「あ、あははっ!そんなに慌てないでください!

すみません、『フリ』をしてもらえませんか、というお願いなんです」

「フリ…?」



あんなに真剣な顔をして冗談を言うなんて、何てやつなの!

しかも、イツキ似というのが余計心臓に悪い。



「ごめんなさい、まさかあんなに慌てるとは思わなくて。ミチルさんは可愛いですね」

「ほ、褒めても誤魔化されません!もう、話がそれてしまったではないですか」



やっと笑いがおさまったのか、キクトはお茶を一口飲むとまた真面目な顔に戻り話始めた。



「先程のは、全くの冗談というわけではないのです。王の結婚となればさすがに国で式をしなくてはなりませんし、とくにミチルさんが妻と聞けばサピエの者たちは目の色を変えるでしょう。


彼らは読人を支配しうまく使いたいと考えているので、あわよくばあなたを取り込もうと皆躍起になると思います。


確実に、連れて帰ってこいと言ってくるはずです。」



なるほど。

それなら、こちらが強行突破しなくとも安全にサピエに行くことができる。



「ただ、こちらから急に話を持ちかけると、怪しいことこの上ありません。なので、向こうに『あの二人は付き合っているのか』と思わせるように誘導しなくてはならないのです」


「…と、いうことは?」



にっこり、という擬音がつきそうなくらい、キクトは完璧な笑みをつくる。いっそ胡散臭いほどだ。



「しばらく、私と恋人のフリをしてください」



安全性と確実性を考えれば、ここは素直に「はい」と答えるところなのだろう。


でもなんだか悔しいので、たっぷり間を開ける。


それでもキクトはそれがわかっているのか、いい笑顔のままなのが余計悔しさを煽る。



「…承知いたしました。フリ、ならば、やりましょう」

「ありがとうございます。

私の国が馬鹿なことをやっていて貴国に迷惑をかけてしまっているのに、いろいろと要求してしまって申し訳ないです。国を建て直したら必ずこの御恩を返します」



民を省みない貴族たちのせいで荒れてはいるが、国自体は豊かなのだ。流通ルートをきちんと確保できれば、ロイスタリアの経済にも貢献できるだろう。


というかカズサは、それを見越してキクトに手を貸している。

純粋に善意で動いているのはミチルくらいだ。



「そうですよ、キクト国王陛下は国に帰ってからが大変なんですから!」



それまでの間、よろしくお願いします!とミチルはキクトに微笑みかける。



「ミチルさんは優しいですね。とても好ましく思います」

「勿体なきお言葉、ありがとうございます」

「…でも鈍い」


「ごめんなさい、何か仰いましたか?」

「いえ。お茶、おかわりいれましょうか」



ミチルがやろうと腰を浮かすと、茶葉の場所もわからないでしょうとそれを制され、渋々椅子に座り直す。



「それにしても、ミチルさんは想像していた通りの方ですね」

「そういえば私のこと、ご存知だったのですか?」

「ええ」



幼い頃、周りの者たちはキクトをミチルと結婚させようと画策していたため、キクトはしょっちゅうミチルの姿絵を見せられていた。



この白銀の髪はどんな触り心地なんだろう。

海の色の瞳は何を写しているんだろう。

桃の花のような唇はどんな声でどんな言葉を紡ぐのだろう。



サピエにいるときは、考えたり想像したりすることだけが彼に許された数少ない自由だった。

ミチルのことは、童話のお姫様みたいに思っていた。



結局はフローディア家にすげなく断られるわ、カズサに妨害されるわでミチルにまで話はいかなかったようだが。



「それに、イツキ王子からあなたの話をよく聞いていました」

「イツキさまに?お知り合いなのですか」



直接会ったのは彼が学院に入学してからだったが、それまでの間もお互い共通の友人リクを通して、話には知っていた。


リクは、サピエからついてきてくれた読人の従者である。

街でイツキと出会い仲良くしていたらしく、キクトにもよくイツキから聞いた話をしてくれた。


そうして紙面の存在だったミチルは、キクトの中で段々現実味を帯びた姿かたちをとっていった。




「そうだったのですか」



ミチルは幸せそうに笑みをこぼした。


イツキが自分の話をしてくれていたのがそんなに嬉しいのか。



ーもっと私を見てくれたら。




「実際会ってみて、話に聞いていた通りで。

勝手に昔馴染みのような気持ちになってしまってました」

「まあ。嬉しいです」



「『フリ』でも、私は本気でいきますから。


…覚悟しててくださいね?」







いつかみちるがぶつぶつ言っていた。



『クールビューティーただしヘタレな第一王子に、正統派王子さまちょっぴりツンデレな第二王子、可愛い系ツッコミ担当いじられっこかあ。あと、年下敬語キャラほしいよなあ。グイグイ来る感じの』



こういうことですね、今わかりました。


わかったところでどうしたらいいのかはさっぱりだが。

対処法まで教えておいてもらえばよかったわ。






ーー翌朝。



「…ヤクモ、あれなに」

「こっちが聞きたいよ」



馬車の降車場にはキクトが待っており、今はミチルの横に寄り添うように立っている。


年下とは思えないスマートなエスコート。


身長もちょうど頭一つ分くらいミチルより高く、若干色白ではあるものの不健康そうではなく筋肉もついている。

彫刻のように整った顔はどことなくイツキに似ているが、彼と違って表情が豊かだ。

少々鋭い知的な瞳が柔らかく微笑むと弧をえがく様は、その人物の優しさを物語っている。


そして、羽織っているマントについているブローチには、サピエ特産の宝石の中でも貴重なものが、これまためったにお目にかかれないサイズで、あしらわれている。


それは、サピエ国王のあかし。



「一番厄介なのに目をつけられているじゃない…」

「いったい何がどうなっているのか…」



ユリアとヤクモの数メートル先には。



「ミチルさん、今朝は何を召し上がりましたか。少々顔色が優れないのでは」



キクトがミチルの頬にそっと手を添えて彼女の顔を覗き見る。

ミチルはその行為に頬を染めながら答える。



「朝はあまり食べれないので、スープを少し」

「それはいけません、あなたはただでさえ折れてしまいそうで心配なのに。果物を食べるといいですよ、無理なら搾ったものを飲んでみてください。私の研究室に美味しいオレンジがあるので、あとで渡しに参ります」

「まあ、ありがとうございます」



朝っぱらから親密げに、至近距離で会話している。

いつの間に二人は接触したのか。


しかも、まるで、恋人みたいだ。




「どういうことよー!!!!」




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