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すべては



囚われといっても、サピエ国王キクトは別に拘束されているわけではない。

好きなものを食べ、好きなことを学び、好きな服を着ている。


何かに不自由することはない。



ただひとつ、彼に許されていないのは。

彼が統治しているはずの国に帰ることである。





ロイスタリアの西に位置する国サピエは、貴金属となる鉱物が多く採れる鉱山をいくつも有し豊かだが、その実は格差がひどく、治安も良いとは言えない。奴隷制もまだ残っている。


ロイスタリアとは隣り合っているが、穏やかな気性のロイスタリア国民たちはサピエをあまり好いておらず、そのためか積極的な外交はほとんど行われていなかった。



しかし、サピエとロイスタリアの仲は切っても切れない。


なぜかといえば、サピエ国民がロイスタリアに亡命してくるからだ。


ミチルたちが生まれる少し前。


サピエでは王族の後継者争いや貴族の派閥対立が悪化し、彼らの目が向いていないうちに私腹を肥やそうとする貴族や商人のせいで国内の物価は高騰、パンひとつろくに買えやしなかったという。


そうして、サピエからの亡命者は増えていく中、ロイスタリアへ流れる分を取り返そうとするかのように国境ではサピエへ人がさらわれていく。



ロイスタリア国民はサピエへの反感を募らせていった。


そろそろ両国間で戦が起こるのではないかと言われるほどになったとき、驚くことが起こった。



ロイスタリア国王カズサが、サピエの王女、ヤヨイを妻に迎えたのである。



王がなにを考えているのか国民にはわからなかった。

民を平気で虐げるというサピエの王族と婚姻するなんて、ロイスタリアの平和も終わるのか。



しかし民の不安もよそに、これを機にサピエからの亡命も人さらいも潮が引くかのようにほとんどなくなっていき、もちろんロイスタリアの国政は今まで通り行われ、荒れることはなかった。



一見平和な日々が続き、ロイスタリアの王子たちがすくすく育った頃。

サピエ国王が崩御し、まだ十歳にも満たない新しい王が立った。

けれどその後すぐに代理が決められ、それから五年間、王とは名ばかりで政治はすべて臣下たちによって行われていた。




その王というのが、今ミチルと対峙しているキクトである。


彼は、ヤヨイとはかなり年の離れた弟のため、年齢は下になるが血縁的にはイツキの母方の叔父にあたる。


イツキはカズサ似だと思っていたが、ヤヨイにも似ているのだろう、キクトとイツキはどこか似通っていた。




「二十一年前、前サピエ王はカズサ王との和平交渉を受け入れヤヨイさまと婚姻を結び、サピエ貴族は牽制されました。しかし、それでも彼らはロイスタリアを欲していた」



キクトは苦い表情で頷く。



「はい。父は…王には向いていなかったのです。彼らを排除することもできず、牽制することしかできませんでした。父が亡くなってから、彼らはまた好き勝手すべく十歳だった私を王にし、後学のためにと学院に追いやることに成功しました」



今まで例の無い十歳での学院入学は、彼が類を見ない頭脳を持っていたためになされた。

彼が凡庸であったなら入学はできなかったのであろうが、そもそも凡庸だったらサピエ貴族もわざわざ当時十歳の王を国外に追いやろうとは思わないだろうから、なんとも皮肉なものだ。



「かつてサピエからの亡命者が多く貴国に入ったとき、そこにはサピエ貴族の手の者も送り込まれていました」

「ええ。亡命者たちは今もロイスタリアで暮らし、働いてくれております。たくさんの読人もおり、彼らは国に保護され登用されておりました。その中にはたくさんのスパイがいて、街に城にと探るのには苦労したものです」


「そう。サピエ貴族の計算外はミチルさん、あなたでした」



サピエ貴族は、調教した読人をロイスタリアに送り学院や城に潜り込ませ、機密を盗ませたり弱味を握らせようと目論んでいた。


ミチルのような、訓練された読人の心も読んでしまうようなイレギュラーな存在は考えられていなかった。



もともとミチルは、国のいざこざに関わるはずではなかった。

カズサの王としての手腕は本物であるから、ミチルが手を貸さなくとも何とかしていただろう。


それに「探る」という段階では、どうしても無関係な人もリーディングしなくてはいけない。ミチルはそれが嫌だったし、カズサも無理にさせようとはしなかった。



それが、好きな人にフラれ、それでもその人のためになることがしたいという理由で覆ることになるのだが。



「もともと、彼らの浅慮な目論みなど成るものではなかったのに、ミチルさんの力添えがあったおかげで、あっという間に瓦解してしまった」

「けれど、本当に事を解決するためには、もっと何とかしなくてはならないものを見つけてしまいました」



ミチルは、国に入り込んだスパイをどうにかし、学院のキクトを解放すれば良いと思っていた。

キクトは優秀だし人格者だと調査でわかったし、国に帰れればきっとよい政治をする。腐敗した貴族たちを一掃するためにはロイスタリアも力を貸すだろうし、それでなんとかなると考えてた。



スパイを見つけることは簡単だった。

けれど、ミチルは彼らを摘発し排除することができなかった。


このまま放って置けば戦になるとわかっていても、できなかった。



サピエ貴族は彼らに言うことを聞かせるために、人質をとっていたのである。

家族や恋人、スパイという形になってしまったけれどかけがえのない仲間たち。その人たちの命を楯に、サピエ貴族は彼らを縛り付けていた。



ミチルは許せなかった。



しかも、そのしがらみはヤヨイにまで及んでいる。


いつもイツキをいとおしげに見つめているのに、なぜ遠ざけているのか不思議だった。


彼女は、いったいいつまで愛する息子に辛く当たらなくてはならないのか。



イツキはちゃんと母にも愛されているんだと、声を大にして叫びたい。

あんなにも傷つき居場所がないと思っている彼を癒したかった。




そして。

今目の前にいるキクトも、人質をとられている一人。





「ロイスタリアを、そしてサピエ国を救うために、国に帰っていただけませんか。事前にあなた様の親友を助けるべく、私の師が動いております。ここから出る際に起こるであろう揉め事も、私が処理いたしますから、どうか」



ナナキとイツキなら、ちゃんと任務を果たすと信じている。

それに、スパイを潜り込ませたのはあちらだけではない。人さらいに乗じてこちらの手の者も送り込んだ。

ミチルが介入したせいで多少段取りが狂ったが、手筈は整っているはずだ。


ミチルの役目は、カズサが関与できない学院内に入り込みスパイである読人や見張りの常人を避け、キクトを無事サピエまで送り届けること。




「…揉め事を起こさず、確実に国に帰る方法があります」



そんな方法があるのなら、それが一番いいに決まっているが、いったいどんな方法なのか検討もつかない。


それに、そんな方法があればカズサにそうするように言われるはずなのだが。



話の先を促すために顔をあげキクトと目を合わせると、彼の瞳はひどく真剣味を帯びていて、ミチルの瞳を強く捕らえてはなさない。



ああ、やっぱり。

キクトはイツキに似ている。




「ミチルさん。私と結婚してくださいませんか」





みちる、イベント発生ってこんな感じなのかしら。

展開が急すぎて目が回りそうだわ。

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