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学院の夏の休暇が終わり、本日からミチルは登校することとなった。


先ほどまではユリアとリョウヤも一緒にいたが、学年が違うため途中で別れ、今は隣にヤクモがいるのみである。



「うーん、視線がグサグサささるわ」

「みんな遠慮がないね」



その視線には、剣呑なものから単なる好奇心や桃色なものまでいろいろな感情が乗せられていた。



「わかってはいたけど、そんなに目立つかしら。いっそ坊主にしちゃうとか」

「何いってるの、そんなことしたら姉さんが泣くよ。もちろん僕もね。綺麗なんだから伸ばしておいてほしいな」



昔、イツキもよく髪を褒めてくれた。


「綺麗だし、いい匂いがする…」と髪に顔をうずめられるのは恥ずかしかったし、首筋にあたる息がこそばゆくて、どうしたらよいのかわからなくなっていたけど、そうされるのは嫌ではなかった。




「けど、この状況で『私は読人です!』って示し続けるのもねえ」




以前も述べたように、このロイスタリア国において読人は保護される。



保護、と表現されるのはそれだけの理由がある。


それを説明するためには、彼らの歴史を紐とかねばならない。




太古の昔、まだこの世界に国家という概念がなかった頃。読人は崇拝の対象だった。


人々の内心を知り、調和をもたらす象徴的な神として。

時には支配し、コントロールする絶対的強者として。


読人たちは上に立つものとして存在していた。



しかしそれは不安定な集団だった。


なぜなら、読人は遺伝するものではなく突発的にあらわれるもので、かつ出生頻度は非常に低く、継続的に読人による統治が行われる訳ではなかったからである。


そうしていつしか読人が人々を支配することはなくなり、常人による常人のための社会が形成されていった。


それでも読人は生まれてくるし、彼らに対する畏怖も失われたわけではない。


彼らの能力は支配者として圧倒的。

交渉を有利に運び、秘密を暴き、人心を掌握する。


社会が安定し人口が増加するにつれ、読人の人数も増えていく。


そんな読人たちを、常人たちが野放しにしておくわけがなかった。



ーそう、読人狩りが起こったのである。


けれど、読人たちは虐殺されるわけではなかった。

これだけ利用価値のある能力を失うのはもったいないと考えた常人たちは、彼らを調教し使役することにしたのだ。


何も言わなくとも察し都合よく動く召し使いとして。

交渉相手の心中を暴くための密偵として。

珍しい色合いの愛玩道具として。



読人は奴隷に堕とされた。

生まれれば売られるか拐われるかされ、高値で取引される商品。


およそ人間への扱いではなかった。



しかし、ロイスタリア国は違った。

この国の当時の王には、ちょうどカズサにナナキがいるように、読人の親友がいた。


王は親友に頼まれ己の国にいる読人を迅速に保護し、その後正式に読人保護法を制定。


この国で読人を虐げることは禁じられた。



ゆえにロイスタリアには他国の読人が亡命してくることもあり、それも手厚く迎え入れる。


もちろんそれを面白く思わない国や、不満に思う国内の貴族や民もいるし、いくら法を定めても世界の風潮にまったく影響を受けないでいることは無理で、読人を差別する文化は少なからずあったが。

それでも国に保護を願い出ず、市井で暮らしてくこともできるぐらいであった。




現在では人権の概念もでき奴隷制をなくした国も多く、あからさまな読人差別は昔ほどひどくなくなってきた。


けれど、読人をどう扱うべきかというのは今でも議論が交わされていることで、そんな渦中に生まれてきた稀代の読人、ミチル・フローディアの立場はなかなかに難しいため、ロイスタリア国王の庇護下から出てくることは今までなかった。



そんな彼女が、国の介入を期待できない、ほぼ自治区に近い扱いをされている学院に入ることが、注目されないわけがない。



しかも学院には、世界中から人が集まる。


その中には今でも読人を奴隷とする国からきた者や、根強い読人差別が残る国からくる者もいる。

利用しようと近寄ってくる者もいるし、全く普通に接してくる者だっている。



一応大国ロイスタリアの侯爵家令嬢でもあるので、はっきり無礼な態度をとるものはいないだろうが、これからどうなるかは誰にも検討がつかなかった。



ミチルにとって居心地の良い場所では決してないが、それでも自分が正式に国に仕えるためにはここを卒業しなくてはいけないし、何よりここには会わなくてはいけない人がいる。


その人の協力無しには、王命は成し遂げられない。


いかにしてその人を表舞台に引きずり出すか。

目下のミチルの課題はそれである。





「あなたが、ミチル・フローディアね」



廊下を歩くミチルとヤクモの前に、一人の女子が立ちはだかった。

しかも呼び捨てとは。



「ええ、そうですけれど」



いったいなんだ。

さすがに初日からこんな風に絡まれるとは思っていなかったわ。



「私はナナキ・ティアードが娘、レイ・ティアード。あなた、私のイツキ様にちょっかいを出すのは止めていただける?」



ガン、と鈍器で頭を殴られたような気がした。

そうか、彼女が、イツキの。



ふ、と身体の力が抜け、尻餅をつく。



「ミチルちゃんっ、大丈夫!?」



ヤクモが支えてくれる。


大丈夫、という意をこめて彼の手をぎゅっと握りしめ、若干ふらつきながらも立ち上がろうとする。

紙のように白くなった彼女は、どこからどう見ても全く大丈夫ではなさそうだが、それでもヤクモの腕に掴まって起立した。



「病弱というのは本当のようね。でもいい?それでイツキ様の気を引くのはもうやめて」

「君、失礼だぞ!」

「いいの、ヤクモくん。私が悪い」

「なんでさ!」



何故って、彼女はイツキさまの妻なのだから。



「レイさま、申し訳ございませんでした。しかし訓練を終えた今、もうイツキさまにお会いするつもりはありません。どうぞご安心くださいませ」



ミチルは、レイに向かって完璧な礼をする。

たったそれだけだが、それでもわかる彼女の品格とその美しい完璧な所作に、周囲にいた人々は感嘆のため息をついた。


レイも圧倒されていたようだが、すぐ我に返ると表情を更にいからせた。


「なら、早くイツキ様を解放してくださる?もうひとつきお会いしていないのよ!」

「え?」



どういうことだ。



「ひとつき前訓練を終えた後、私もイツキさまには一度もお会いしておりません」

「嘘言わないで!」

「嘘ではございません!」



辺りはシン、と静まりかえっている。



「じゃあ、どうしてイツキ様は帰ってこないの…?」



その場に、レイの呟きに答えを返せる者はいなかった。

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