目覚め
「みちるさんは、もう…」
まどろみの向こうから聞こえてくる、医者の声と、父と母のすすり泣く音。
そうか。私はやっと死ぬのか。
生まれて16年、ほとんどをベッドの上で過ごしてきた。
ずっと両親にもお医者様にも、彼女にも迷惑をかけてきた。
けれど、これでやっと。
ー私は生きていける
底に落ちていた意識が浮上してきた。
シャッとカーテンを開ける音がし、瞼の向こうに朝日が昇っていることを感じる。
「ミチルさま、おはようございます」
「みんな、おはよう。いい天気ね」
私の言葉を聞いて、侍女たちの動きが一斉に止まった。
「ミチルさま、起きてらっしゃったのですか!
お身体は大丈夫なのですか…?」
皆の疑問を、代表してカンナが恐る恐る尋ねてくる。
「ええ、大丈夫。私を縛るものはもう、いなくなったから…」
「っ、それはまことですか!」
「そうよ。…蝶は儚くなった」
ベッドから半身を起こすと、長い間動かしていなかった体はミシミシと音をたて、ぎこちなく動く。
私、ミチル・フローディアは人一倍の感受性をもって生まれた。
異世界に住まう、同じ名前に同じ顔をした少女と同調してしまうくらいに、それは豊かだったのである。
『蝶の夢』のようなものだった。
もしかしたら、夢の中の自分が本当の自分なのか。
今の自分は、彼の病床の自分が夢見る自分なのではないか。
幼い頃はほとんど交わることがなかったけれど、夜を重ねるごとにだんだんに絡み合って。
1年前、ミチル・フローディアの意識は花咲みちるの中に絡めとられたまま出てこれなくなってしまったのだ。
しかし、彼の世界のみちるは、短い人生を終えてしまった。
「ミチルさま、悲しゅうございますね。ミチルさまにはカンナがおりますよ」
カンナがフワリと抱きしめてくれる。暖かい。
お砂糖を溶かしてほんのり甘いホットミルクを飲んだときのような、暖かさと安心感。
彼女の肩に顔を埋めれば、その湿り気で自分が泣いていたことに気付く。
「でもね、みちるは、死ぬことを悲しんでばかりではなかったのよ。みんなのことをやっと解放してあげられる、ってほっとしていたわ」
「彼の世界のみちるさまも、お優しかったのですね」
「みちるも感受性が豊かで、周りを気にしてばかりいる子だった。私の存在にも気付いていたみたい」
そして彼女は、あろうことか私に話しかけてきた。
ー縛っちゃってごめんね。
ー私が死んだら、必ず解放するからね。
ーあのね、図々しいのだけれど、お願いがあるの。
「ミチルは存分に生きてって。もう一人の私が楽しくしてたら、きっと私も楽しいからって」
カンナの肩に手を添えそっと体を離すと、しっかり目を合わせる。
「私はみちるのお願いの通り、存分に生きるって決めた。
もう、逃げない」
侍女たちは目を見張り、息をのんだ。
しかし、そこにいるのは、眠りにつく前の弱々しかった主ではない。
泣き腫らした目の奥には、光がある。
「さあ、身支度を。ティアード先生を呼んでちょうだい」