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7 ギルドマスター

 初の狩りを上々の結果で終えた二人は、村のふもとでふと立ち止まった。

 村へ通じる橋の前で、仁王立ちで一人の騎士が冬夜たちを見つめていた。腕を組み、への字に結ばれた薄い口元はいかにも不機嫌そうに見える。格子状の庇が目元を覆って顔は半分しか解からないが、纏う空気は雄弁だった。彼が身に纏う白銀の鎧は、店売りとは違う黄金の装飾が為された豪奢なものだ。デザインの良い、高価な課金のアイテム。この世界で、普段から着ているというだけで、どれほどの実力者かが知れる。背に負った大きな盾と、腰の魔法剣には同じ紋章がうっすらと蒼く光っていた。幾何学模様のそれはルーン文字だという設定で、通常店売りの武器よりもグレードも攻撃力も高い。これを常に携行するプレイヤーには覚えがあった。さっき殺したプレイヤーの所属するギルドのマスターだ。有名な人物だから、冬夜はひと目でそれと気付いた。


「やべぇ、怒ってんじゃないか?」

「うわ、なんか不気味。」

 ひそひそと二人で話しつつ、その横を通り過ぎようとした。が。

「おい、待て。」

 抑えた声は低く、滑舌の良い発音は短い言葉もはっきりと伝える。呼ばれた二人は、やっぱり、という表情で振り返る。まさか中立地帯のこのフィールドでは仕掛けようもないはずだが、あまり良い予感はしない。喧嘩を売られる覚悟で、次の言葉を待った。

「お前等がさっき襲った奴の持ち物、返してやってくれんか?」

 単刀直入に、ギルドマスターが言う。冬夜は胡散臭げに相手を見返した。もっと高圧的かと予想したものは外れ、ギルドマスターは事務的に交渉を続けた。

「金なら相応分を払う。どうだ?」

 言わんとするところは知れていた。NPCの店に売られてしまうと、そのアイテムは何であれ二度と戻ってこない。何か大事な思い出の品でも紛れていたのかも知れない。自分達で確認した時には、高価な物などなかったと思うが。

「尻拭い、大変だね。」

 アキラは一言多い、騎士に睨まれて竦みあがる。その隣で冬夜も思わず身を縮めた。大物となる人物には、大物となるだけの理由がある。レベルの高さのみではない、人格的な威圧感がこのギルマスからは感じられる。VRとそれまでのMMOとの大きな違いは、等身大の人間そのものと向き合わねばならない事であった。いくらメイキングで小細工を加えても、滲み出るものは変えられない。殺し合いの相手は、紛れもない『人間』だった。


 ゲームを始めた序盤のうちからこんな大物の相手をするなど、二人の予定にはなかったのだ。取引に際して二人に異論のあろうはずもない。騎士がその場で受け渡しを求めたアイテムは、ミスリルのナイフ一本だ。それなりに高価だが、ゲーム内通貨で買える。売り払う予定だった品だ。

 不思議そうに手にしたナイフを見ていた冬夜に、ギルマスは少しだけ口調を優しくした。

「仲間に貰ったんだそうだ、ソイツだけは返してくれってさ。……大事なモンは持ち歩くなって言っといたんだがなぁ。」

 自身の指導が悪かったせいだ、とその言葉には滲んでいて、冬夜は少しばかり居心地の悪い思いがした。良心の呵責とまでは行かなくとも、なんとなく、むず痒い。ちらりと窺い見た隣のアキラは、露骨な反抗をその瞳に浮かべて、騎士を睨んでいた。アキラはこういう馴れ合いが大嫌いなのだろう、今にも食ってかかりそうに見える。騎士は敵対心剥き出しの小娘を完全に無視して、冬夜の方へ向き直った。

「残りの荷物は適当に郵送しといてくれ、ギルド宛ての着払いでいいから。」

 そうして冬夜の手に、有無を言わさずで金の詰まった袋を押し付けた。


 このゲームには郵便システムがあり、プレイヤー間やギルド間でアイテムの受け渡しが出来るようになっている。行商システムから派生したものだ。手に入れたアイテムはNPCに売る他に、露店を出して自分で売り捌く事も可能だ。首都に到達する事が最低条件であるため、冬夜たち二人にはまだまだ先の話ではあったが。

 冬夜に金を渡して、ギルマスは改めて二人を見遣った。プレイヤー同士が近付くと頭上に浮かぶ、ある種のアイコンを探していて、無いと確認したのだ。ギルドのエンブレムが浮き上がる仕様になっている。

 「お前等、ギルドに加盟してないんだな。悪いことは言わんから、どっか入ったほうがいいぞ。一匹狼を気取れるほど、ここの世界は甘くないからな。」

「ソロなんてやってないよ、ちゃんと相棒がいるもん。」

 どこまでも挑発的なアキラの目を、真っ向から捉えて騎士は鼻で笑った。

「まぁ、こっちもやりたかないが、尻拭いがお仕事なんでな。……悪く思うなよ。」

 取引は成立。しかしギルマスが告げた言葉の意味を、この時の二人はまだ理解していなかった。そのままくるりと方向転換して騎士は歩き出した。訝しんで冬夜は見送っていた。報復を宣言していたはずのギルドだ、このまま引き下がるとは到底思えなかった。

 この日の彼の最後の言葉の意味を、二人は後ほど、身をもって知る。


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