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44.5 おしつけのりそう

 二人のやり取りを、周囲の、事情を知らない女子たち数人が声を潜めて囁き合っていた。見えない所でやれば良いのに、制裁のつもりなのだろう、わざわざ冬夜の目に入る場所でやっている。冬夜の冷たい態度が気に入らないのだ。彼女たちは「平和的に」「仲良く」「平等に」などの言葉が好きだ。美辞麗句の奥に隠されているのは、卑怯で下劣な彼女たちの本性だった。

 世の中には二種類の人間が居り、一つは闘争本能に従い生きる人間たちで、もう一つはなれあいに従い生きる人間たちだ。一見平和主義なこの人々は、競争を嫌い、ネガティブを嫌う。激しい論調を嫌う。それでいて、闘争の果てに生み出された血の結実を、当然の顔をして享受していくのだ。良いものは分け合うべきだと主張する。自身の心を傷付けることが嫌なのだ。だから、何でも誤魔化した理屈で引っ張っていく。


「可哀そう、」

「酷いよね、あんな言い方。なに様のつもりなんだかね、」

 聞えよがしな非難の声は、ざわめく教室内でも注意を払えば聞き取ることが出来た。

「頭いいし、スポーツも出来るかもしれないけど、なんか偉そうなトコが嫌。」

「お金持ちだけどさ、優しくないよね、モテると思ってんだよ、アレ。」


『うるせー、黙れ。』

 怒鳴りつけてやったら、どれほど気分が良くなるだろう。歯を食いしばり、表面上は気付かぬふりでそっぽを向いていた。成績だの運動だの、顔だの財産だの、ないものねだりもいい加減聞くのはうんざりだ。要領の良い奴なら、少々のおべんちゃらで巧く切り抜けたりもするのだろう。冬夜には無理な相談だった。


 火の粉が飛んでくるかも知れないと、彼女たちは自覚してはいないだろう。けれど、ケーコの何かが自身にも当てはまる事柄で、敏感に防御態勢を敷いている。

 彼女らは正義じゃない、自己保身しか考えていない。

 弱いと見えれば誰にでも味方をし、身内へ引っ張りこんだ後から不都合を理由に叩き出すという事を平気でやる。ケーコに同情する彼女たちは、ケーコの不都合さを何も知らないままで、その場の勝手な判断で冬夜を悪者と決めつけた。だが、ケーコの不都合さを知ったら今度は手の平を返し、ケーコの悪口を平気で言いだすだろう。

 そういう卑怯な自身の正体に気付いていない者たちを、けれど冬夜は忌々しく睨み返すだけだ。自己の奥底には彼らに負けないくらいに弱い自身が居て、彼等と同じに孤立を恐れている。


 人とのコミュニケーションは、世の不平等をもっとも如実に表してくる。人を傷つけないという事は誰しもが認める常識だろうが、ルールを気にかけている者ほど、相手の無礼を許さねばならない。ずうずうしい者ほど快適で居られるかのようだ。

 ケーコはまだ一人で喋り続けていた。冬夜が聞いていようがいまいがどうでもいいらしい。

 長い目で見れば、ずうずうしい者はいずれ世間のつまはじきにされる。ずうずうしい者ほど快適に見えるこの世の仕組みは見せかけだと、頭では理解しても納得はいかなかった。目の当たりにした事はないから、この苛立ちは収まらない。ケーコよりも今はひそひそ話の数人の女子が憎らしかった。

 残酷な仕打ちをする世間はより悪辣で、つまはじきされる図々しさを、同情すべきなのだろうか。

 因果応報の、その結果を見せつけられたところで普通の人間である冬夜に「ざまぁ、」などと思えるわけがない。どうしようもない苛立ちと、悲しみに似た感情。相手にもされないのに、ケーコは熱心に話し続けていた。


 ケーコを理解してくれる人がいつかは現れるのだろうか。

 自身がそれになってやる事などまっぴらだが、願わずにはいられない。

 身勝手だろうか。

 偽善だろうか。

 だが、他の誰もがやらない事を、どうして自分が嫌々でもやらなくちゃいけない?

 周囲は気付いていないフリをしているのに。


 チャイムが鳴ると、さすがに厚顔なケーコもようやくで腰を上げた。

「じゃあね、冬夜。また来るね。」

 手を振る仕草までが計算されているのだろうか。その計算は間違いかも知れないと疑わないのだろうか。

 空回りの可愛い子ぶりっこな態度は、痛々しくて可哀そうだった。


 学校へ来ている意味が時々解からなくなった。バーチャルがここまで進んだというのに、まだ鬱陶しい他人の集団と触れ合わねばならないのだろうか。確実に格差社会は固定化されて、地域別の塗り分けは極まっているというのに。かつてはスラムとそれ以外という程度の区分けだったものが、近代に入ってますます細分化されたと社会の教科書には書いてあった。

 雑多に混ぜ込んだ学生集団に、意味などあるのだろうか。自分たちは受け入れたくないある種の理想を、文句を言えない子供だけに押し付けている。


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