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16 ふくすけ

 現在、リアル時間で午後8時。

 ゲーム世界ではリアル24時間は48時間換算で時計が進む。

 晶は、智之の提案を事実上受け入れているから、ここにいる。


 小ずるいことを考える奴でもないからと考えての判断は、やはり晶がまだ子供だからであり、後の軋轢の発生や困った事態への発展、という連想はまだ持ち得なかったからだ。

 そして、高価なゲームへの誘惑はどうにも絶ち難い魅力があるからだった。最低限の用心として、部屋の鍵を掛けた上にチェーンまで下ろしている。智之が帰ってきたら困るだろうとは思うものの、何処かでキモオタが困るくらいは構わないという念がある。数ヶ月のうちに、二人の立場は対等ではなくなった。


「トウヤ、あれどうなった?」

 アキラに聞かれ、トウヤはぐっと親指を立てる。どうやら問題は片付いたらしいとアキラがほぅと息を吐いた。例のギルドに睨まれて身動きが取れなくなってから、もう一週間も無為に過ごしている。

「これからメンバー何人か居るとこへ出てって、侘び入れて、終わり。」

「えー!?」

 結局は頭を下げねばならないのだと知って、アキラが不満の声を上げた。

「なんで!? PKはゲーム内で許されてるんだから、正当な権利だよ! こっちだって、始めたばっかりの頃はカモられたりしたのに、なんで謝んなきゃいけないんだよっ!」

「仕方ねぇだろ、詫び入れなきゃいつまでも終わんねぇんだから!」

 トウヤも苛立ちの混じる声で返してきた。立ち止まったアキラにいつもなら合わせて立ち止まるトウヤが、今日はそのまま歩いていく。背中が棘をもっていた。

 相手が悪かったのだ、それは解かっていても納得がいかなかった。こんなところでもやはり、運の良し悪しだけで待遇まで変わるというのか、そんなに不公平なのか、と。どんなに足掻いても、リアルを持ち込む気色の悪い連中が大勢を占めれば、それが新しいルールになるというのか。古い正義は押し潰されるのだと。

 いつか見た動画サイトの、被り物男の言葉を思い出していた。


 動画サイトに投稿する者は、うぷ主と呼ばれる。自身の創作発表の場としての利用、コミュニケーション目的の利用、あるいは意見発表のための利用で動画が溢れている。ふくすけの被り物で顔を隠して、うぷ主は言った。

「俺は今日、勤めてた会社に辞表を出してきました。」

 動画には視聴したユーザーからのコメントが付く。この場面ですでに悪意あるコメントが投下されていた。氏ね、だとか、甘えんな、だとか。

「どんだけ頑張っても、努力しても、報われる社会じゃねーんだよ。お前等だって解かってんだろ? 学歴とか、内申書とか、そんなんだったらまだいい。まだ納得すんよ。ソイツ等は学生やってん時に一生懸命努力したんだろうからよ。俺は遊んでたもんな。でもよ、違うんだよ。上に行くヤツ等はそんなんで評価されてんじゃねぇんだ。アイツ等はゴマ擦って、媚び売って、仕事なんか出来ねぇのに上に行くんだよ。実力じゃねぇんだ。肝心の、仕事の能力なんか評価の対象じゃなくってよ、どんだけ世渡り巧いか、目立てるか、中身なんかどーでもいいんだってよ、一瞬目に付く派手さがあれば、それでいいんだってよ! 出世コースに乗っちまえばよ、後は会社が一から育てるからいいんだってよ! そりゃ、確かに理に叶ってるかも知れねーよな、他の社員と区別して英才教育すりゃぁ、どんなボンクラでもそれなりに使えるようになるだろうからよ。だからよ、俺みたいに後から色々資格取ったり勉強したりは無駄なんだってよ。それより、目だったヤツが勝ちなんだってよ、『目立っただけの』ヤツがよ! ……ばっかみてぇ。だから辞めたんだよ。」

 ふくすけは顔を隠していたが、声は疲れていた。いつか晶が感じた絶望が滲んでいた。


「社会全体が馴れ合ってんだよ。おべんちゃら言うヤツばっか評価して、本当の事言ったり動いたりするヤツは煙たがられる仕組みが出来上がってんだよ。そんなんでいいのか? なぁ、それってただの無駄じゃねぇの? そんなんで会社の発展だの日本の未来だの心配してよ、馬鹿だろ。言ってる事とやってる事と、ぜんぜん合ってねぇじゃん。何が原因か、解かりきってんじゃねぇかよ!」

 ふくすけが吼えるたび、嘲笑と賛同のコメントが吹き荒れた。

 実力など無くても、大勢に媚びて尻尾を振ったヤツが勝ちなのだ。要領の良さが問題なのであり、才能など二の次、努力など踏みにじられるだけなのだ。現代社会のどこもかしこも、そんな風になってしまっているのだ。これで社会全体が閉塞しないというなら、そう考えるヤツがイカレてる。

 仕事に必要な能力ではなく、いかに自身を売り込めるか、そんな下らない能力が評価される。評価する側の目が腐っている。日本社会の低迷は、評価基準の間違いから起きたのだと。真に優秀な人材は、とっくに海外へ逃げ出したに違いない。


 悔しくて、悔しくて、涙を流しながら、呪詛の言葉を書き綴った。

『どっちが甘えてんだよ、屑ども。能無しが、テメェも同じだから否定してるだけだろ。』

『才能なんかじゃねぇ、媚売って要領よくやっただけだろ。』

 必死に突っ張って、己だけで立とうとする者はなぎ倒される。そうして、媚びる事への努力を惜しまなかった者が可愛がられる社会。実力など二の次だと。協調性が何よりも大事だと。将来有望な、志の高い若者を求めると表向きには言いながら、本音は扱いやすい木偶の棒が欲しいのだ。嘘つきな社会。刃向かえば、数の力で押し潰す。忘れ果てていたあの夜の悔しさが、また戻ってきた。


「どうすんだよ、アキラ。……なんなら、俺一人で片付けて来てもいいぜ? お前は用事で来れなかった事にして誤魔化しといてやるけど?」

 少し離れた場所でトウヤは振り返った。晶は唇を噛み、鉄錆びの味を覚えた。オーバーな幻想の世界では過剰演出が鼻について仕方なかった。トウヤは返事を待っている。まっすぐに晶を見つめている。

「行くよ。トウヤだけの責任じゃないし、悪いし。」

 仕組みが出来上がっているなら、逆らえるだけの力を持たぬ者がいくら吼えても滑稽なだけなのだと悟った。もうトウヤはPKをしなくなるのかも知れない。二人の道が分かつのかも知れないと思った。晶の内心の怖れを振り払う言葉がトウヤの口から零れた。

「なぁに、詫びなんて形だけやってやりゃいいんだ、次はもっと調べてから掛かろうぜ。」

 晶が追いついて横へ並んだ時、トウヤは両手をばしんと打ち合わせてそう言った。PKに報復すると宣言しているギルドは多かったが、それ以上に個人のトラブルには関わらないと決めているギルドも多い。狙う相手が悪かったなら同じ轍を踏まなければいいだけだ、と。二度と失敗はしない、こんな屈辱は二度とごめんだと、トウヤの横顔には不満と悔しさが滲んでいた。

 金持ちの子弟に違いないトウヤには、この不公平感は理解されないだろう。解かっていても、期待してしまっていた。トウヤなら、奴らの屁理屈を嘲笑うかも知れない。こっち側に来てくれるかも知れない。


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