ハイド&シーク&……?
「範囲はアパートの周りだけにしましょうね。道路に出たり、お部屋の中に入ったりしちゃダメですよ」
「はーい!」
黒絵が簡単にかくれんぼのルールを設定すると、あすかは手を挙げて元気に返事をした。
黒絵とあすか、虹の三人は、あすかの希望でかくれんぼをするためにアパートの前に集まっていた。アパートの周辺だけとなると隠れる範囲が随分と限られてくるが、五歳児相手のかくれんぼなのだからこのくらいの難易度で丁度いいのだろう。
「それじゃあ、鬼を決めましょうか。じゃーんけーん……」
ぽん、とそれぞれ手を差し出す。
「こーにぃのおにー!」
グーを出した虹が一人負けて、鬼役が決定した。
「五十数えてくださいねー」
そう言って、黒絵とあすかは思い思いの方向へ駆けて行った。あすかはともかくとして、黒絵も楽しそうである。
「い、いーち、にーい――……」
虹はアパートの壁に額を付けると、言われた通りにカウントを開始した。
(多分、僕も小さい頃はこんな風に遊んでいたんだろうな)
子供時代を憶えていない虹にとっては、これは人生初のかくれんぼも同然だ。数え始めはまだ気恥ずかしさがあったが、数えている内に少し楽しくなってきた。
「……――よんじゅうきゅーう、五十。よし」
きっちり五十数え切り、捜索を開始する。まずは周囲を見渡してみるが、隠れられるような場所はない。アパート正面の捜索は程々にして、外周を移動する。
階段下の物置の陰を覗き込んでみたが見当たらない。ふと、アパートの敷地を囲う塀に寄り添うように生えている一本のイチョウの木が目に留まる。人一人くらいならばなんとか身を隠せそうな幹周りだ。
虹は木に近付くと、その陰を覗き込む前にぎょっとした。
イチョウの幹から三つ編みの髪の毛がはみ出していたのだ。陰に姿を隠しきれずにはみ出しているのではなく、木の幹から直接三つ編みが生えている。
「……管理人さん」
「え、嘘っ、もう見付かっちゃいました?」
声を掛けると黒絵が幹からするりと抜け出してきた。幽霊の透ける特性を利用して木の幹と同化していたようだ。
これはルール違反じゃないのか? と釈然としない虹。この方法で本気で隠れられたら永遠に見つけ出せないという気がする。
「う~ん、自信あったんですけどねぇ……」
しかし頭隠して尻隠さず、完璧に隠れたつもりで隠れきれていないのがおっちょこちょいな黒絵らしい。真っ先に見つけることができたのだしまぁいいか、とスタート地点に戻っていく黒絵を見送った。
残るはあすか一人だ。駐車場へと回る。
駐車場とは言っても車は一台しか停まっておらず、ちょっとした空き地のようになっている。キャッチボールをするには良いかもしれないが、かくれんぼをするには向かない場所だ。身を隠せるような遮蔽物は停まっている車くらいしかない。迷わずそちらの方へと足を向ける。
「……うん……うん、そうだよ……」
車に近付くに連れ、話し声のようなものが聴こえてきた。
「……?」
おそらくはあすかの声だが、かくれんぼの最中に誰と話しているのだろうか。不思議に思いながら、虹は車の陰を覗き込んだ。
「……そんなことないよ……え? でも……」
あすかは車の傍にしゃがみ込み、こちらに背を向けて何事かぶつぶつと呟いていた。
「あすかちゃん?」
虹が声を掛けるとあすかは呟くのを止め、くるりと振り返った。そして―――
「あー、みつかっちゃったー」
残念そうに言って、跳ねるように立ち上がった。
「今、誰かと話してなかった?」
「うん。ひーくんとね――……あれ?」
「ひーくん?」
あすかはきょろきょろと辺りを見回し、首を傾げた。
「いなくなっちゃった」
虹も周囲を見回したが、あすかの他に誰かいるような気配はなかった。
「管理人さんは先に見付けたから、戻ろう」
「はーい」
そういえば付近でよくブチ猫を見掛ける。おそらくは野良猫か何かと話していたのだろう。そう納得して、虹はあすかの手を引きスタート地点へと戻った。
今度は先に見付かった黒絵が鬼になり、虹とあすかが隠れる番となった。
あすかは虹を追い越し、二回戦も楽しそうに隠れる場所を探して駆けて行った。
「さて……」
探す側ならば困らなかったが、隠れる側となるとなかなかに難しい。黒絵のように木の中に隠れる芸当は無理だが、すぐに見付かってしまう恐れがあるので先程二人が隠れていた場所は避けた方がいいだろう。
ひとまず、鬼をしている時に目星をつけていた階段下の倉庫へ向かう。
倉庫の中に隠れるのは扉を開ける音でバレてしまいそうだが、倉庫と階段の隙間ならばなんとか身を隠せそうである。
「よっ、と……だっ!?」
隙間に身体を捻じ込もうと四苦八苦していると、ふくらはぎに衝撃を受けた。
一旦隙間から抜け出して振り返ると、見慣れた姿がそこにあった。
「あすかちゃん?」
自分を追い越して駆けて行ったはずのあすかが、虹を見上げて佇んでいた。
「どうかしたの、あすかちゃん……?」
「気安く呼ぶんじゃねーよ、ボケ」
―――幻聴?
小さな女の子から口汚い言葉が発せられた気がして、虹はあさっての方向を見て首を傾げた。
「ぼんやりすんな」
「痛っ!?」
またしてもふくらはぎに衝撃。目の前の女の子に蹴られた。
「てめーロリコンか? いい人ぶってあすかに取り入ろうって魂胆か?」
「え? えぇ? ええと……?」
まるで別人になったようなあすかの態度の豹変ぶりに困惑する虹。これはどういう事なのだろうかと考えを巡らせて、ぽんと手を打った。
「そうか、双子だ」
「ちげーよ」
「うぐっ!」
三度蹴りを見舞われた。今度は足の甲が脛に当たり、激痛の余り脚を抱えて蹲った。
遠くで「もういいかーい」と黒絵の声が聴こえた。そういえば虹は鬼役の時にこの合図をするのを忘れていたが、今はそんな些細なことを反省している場合ではない。
「見付けましたー! ……って、なんで二人とも隠れていないんですか?」
アパートの角を曲がって早々に二人を見付け、鬼役の黒絵はきょとんとした顔になった。
「よぉ、黒絵ねーちゃん」
「あれ……? もしかして、ひーくんですか?」
「ひーくん?」
ひーくんといえば、先程あすかが車の陰でひそひそと話していた相手の名前だ。
対応を見るに、黒絵はこの『ひーくん』なるあすかと瓜二つの容姿を持った子供の正体を知っているらしい。
「あの、管理人さん……この子は、一体……?」
「あ、そっか。虹さんは今日初めて会ったんですものね」
虹が疑問を発すると、黒絵は目の前の子供の両肩に手を置いた。
「この子は、ひどりくんです」
これにて紹介完了と言わんばかりににこにことしているが、名前が分かったところで何の疑問解決にもなっていない。ひどりと紹介された子供はふんっ、と鼻を鳴らして相変わらず非歓迎な態度だ。
「ええと……」
困った虹はとりあえず、
「堺虹です。よろしくお願いします」
引越しの挨拶の繰り返しにより培った習性で、ぺこりと礼をして自己紹介をした。




