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モノ×カラ  作者: ナルハシ
三話
14/15

煮るか焼くか、それが問題

「お待たせしましたー。今日はすき焼きですよー」


 虹がドアを開けると、黒絵と光里がすき焼きに必要な食材を盛った皿を手に部屋に入って来た。

「それじゃあ早速始めましょうか」

「しずくちゃんがまだ来ていませんけど?」

 黒絵は前もって部屋に運び込んでいたコンロに鉄鍋をセッティングし準備を始めるが、虹はまだ一人参加者が揃っていないことに気が付いた。

「しずくちゃんは参加できなくなっちゃったのよ。彦ちゃんが帰って来たから、そのことを報告するついでにキリちゃんと外でお食事してくるんですって」

 食器と飲み物を配りながら光里が答えた。報告というのは当然ながら暗殺の仕事に関係することなのだろう。内容はともかく、表向き学生の身でしずくもなかなか多忙なようだ。

「キリちゃんというのは?」

「しずくちゃんの保護者よ」

 虹は初めて聞く名前であったが、他の住人はそのキリちゃんなる人物と面識があるらしい。

 しずくは高校生で一人暮らしをしている身、家族が恋しくなることもあるだろう。たまにしか会えない家族との食事を優先したくなる気持ちも解かる。


「あの、もう一つ訊きたいんですけど」

「なぁに?」

「遠野さんはなんで女装してるんですか……?」


 先程アパートの外で話していた時はジャージ姿だったはずだが、わざわざ着替えて化粧までしている。今日は出勤前に時折見かけるドレス姿ではなく、女性向けファッション雑誌を開けば載っていそうな服装だ。ドレス姿ほどの煌びやかさはないが、職業・モデルと言われれば信じてしまいそうな相変わらずの美女っぷりを発揮している光里改め、ひかりちゃんである。


「だってしずくちゃんは来れないって言うし、あーちゃんじゃなくてひーくんだし、女の子の数が足りないかなーと思って」

「合コンじゃないんですから……それに遠野さんが女装したところで女性の比率は上がっていない気がします」

 現在の実際の比率は男2:女1:性別不安定2である。

「おれは遠野のにーちゃんと同じ扱いかよ」

 心外そうな性別不安定枠扱いのひどり。

 紅一点の黒絵は比率など全く気にする様子もなく、てきぱきと鍋の準備を進めている。

「関東風と関西風、どちらで作りますか? 一応どちらでもできるように準備してますよ」

 テーブルの上には割下と、それとは別に調味料が用意してある。

 一言にすき焼きとは言っても関東と関西では作り方に違いがあり、それによって具材の比率や味の濃さが変わってくる。割り下と呼ばれる味付けしただし汁で煮込むのが関東風、肉を焼きながら直接調味料で味付けをしていくのが関西風だ。

 

「そりゃ関東風でしょ」

「何言ってるの、関西風よ」


 彦一と光里の意見が割れた。瞬間、二人の間の空気が張り詰める。

「牛鍋屋の元祖は関東だって話だよ、ひかりちゃん?」

「元祖が優れているとは限らないわ。大体、それは牛鍋の話であってすき焼きの話ではないでしょう? そもそも関東の作り方はすき『焼き』と言いながらほどんど煮ちゃっているじゃない」

「割り下を使うのは合理的な調理法だよ。先に調味料を混ぜて味を決めているから、関西風と違って味付けに失敗がない」

「その都度味付けをする調理法は、その場で好みの味に調整できるという利点があるわ。味付けが作り手に左右されるのは、欠点ではなく個性だと言って欲しいわね」

 両者一歩も譲る気はない。牛脂を箸で挟んだまま次の行動に移せない黒絵は虹に意見を仰ぐ。

「虹さんはどちらが好みですか?」

「僕は関西風でしょうか」

「私は関東風を作ることが多いですね。関西風も美味しいですけど」

「というか、割り下を使ったすき焼きを見たことがない気がします」

「もしかして……虹さんは関西出身なのでしょうか?」

 すき焼きの調理法から虹の失われた記憶の手掛かりへと話が脱線していく。

「まだ始まらねーの? ハラ減ったんだけど……」

 一向に食事が始まらない。ひどりは自分でジュースをコップに注ぎ、ちびちびと飲んで空腹を誤魔化していた。

「早く始めたいのは山々だけど、ここは譲れない。例え相手が光里くんでもね」

「そうね、男には戦わなければならない時があるのよ」

 ひかりちゃんの姿で性別の話を持ち出されると色々とややこしい。ともかく戦うにしても、別の機会にしてほしいと思うひどり。

「うまけりゃ作り方なんてどっちでもいいだろーが。つーか、最初は焼いて作って、その後で煮て作りゃいいんじゃねーの?」

 彦一と光里の動きがぴたりと止まる。

「……頭良いな~、ひどりくん」

「いいわね、それでいきましょ」

 大人気ない大人の争いはこの場最年少のひどりの言葉で平和的解決を見せた。

「……ったく……おい、ねーちゃん」

「はい?」

 彦一と光里がしているその端で、黒絵と虹は話に花を咲かせていた。内容が一周半ほど回ったらしく、お好み焼きと一緒に白米を一緒に食べるかどうかを議論している。議論を中断させ、ひどりはようやく夕食にありつくのだった。






「は~、やっぱり黒絵ちゃんのごはんは絶品だな~」

 出張中、食事は専ら外食であった彦一は久しぶりに口にした家庭の味に感嘆の声を洩らした。

 先程決めた通り、まずは関西風の味付けのすき焼きが鍋の中に出来上がっている。水を使わない代わりに白菜などの水気の多い野菜を多く入れるため、主役である牛肉以外の具材も豊富だ。

 初めは否定していた調理法の味付けだが、これは黒絵の手によって絶妙な塩梅に仕上げられていた。好みで溶き卵に絡めて頂く。濃い目の味付けなので白米にもよく合い食が進む。

「ご飯もいいけどお酒が欲しくなるわよねぇ」

 鍋に酒を足しながら光里がぼやく。この酒は鍋が煮詰まった際、味の濃さを調整するための料理酒なので呑むには適さない。

「そう言うと思って、冷やしておいたんだよね」

 冷蔵庫を開け、嬉しそうに缶ビールを取り出す彦一。

「あら、用意がいいわね彦ちゃん」

「いつの間に……」

 部屋の主の知らぬ間に、勝手に冷蔵庫を使われていた。しかし普段料理をしない虹の冷蔵庫は空同然でスペースが余っているので使われて困ることもない。何より先程まで一触即発の雰囲気だった二人が楽しそうにしているので、虹は無断使用の件についてはそれ以上触れず不問にした。

「黒絵ちゃんも呑む? あ、虹ちゃんとひーくんはダメよ。未成年は飲酒禁止。ダーメ、絶対」

「言われなくても飲まねーよ」

 あすかの体なんだから飲ませられるか、ときっぱり断ったが、あすかのことがなくともまだ酒よりジュースの方が魅力的に感じられる年齢だろう。

「光里くんってお酒扱ってる店で働いてる割にその辺厳しいよね」

「そういうお店だからこそよ。未成年に飲ませたなんて知れたら、あっという間に営業停止だもの」

「管理人さんって成人してるんですか?」

 女性に歳を訊くのも失礼なので今まで尋ねるようなことはしなかったが、虹は自分とそう変わらない年齢だと思っていた。

「う~ん……ちょっと微妙なところなんですけど……」

 幽霊である黒絵は、自分の享年をはっきりとは憶えていないらしい。

「幽霊歴五十年だし、そもそも戸籍がどうなってるかも怪しいんだから平気平気」

 飲酒に対して厳しい光里の判定がかなりいい加減になった。幽霊には法律が適用されないという考えもあるだろうが、本音は楽しく呑める相手を増やしたいのだろう。

「いいんですか? それで……」

「いいのよ。それに、黒絵ちゃんは酔っ払うと面倒臭くて可愛いわよー」

 幽霊が酒に酔うのかという問題は今更なので深く追及しない。

「面倒臭いんですか」

「女の子が可愛くなるのは大歓迎!」

 反応する箇所の違いに性格の違いが出ている。彦一の反応は一貫性があって解りやすいと言えば実に解りやすい。

「あはは……それじゃあ、ちょっとだけいただきますね」

 少し照れたように笑って、黒絵は彦一から缶ビールを受け取った。

「そういえば乾杯してなかったわね。遅くなっちゃったけど乾杯しましょ」

 虹とひどりのコップにジュースを注ぎ足し、それぞれが自分の手にある飲み物を構える。

「黒絵ちゃん、乾杯の音頭をお願い」

「えっ、私ですか? ええと、では……」

 光里に音頭を任され、黒絵は軽く咳払いをして居住まいを正した。


「彦一さん出張お疲れ様でした。それから虹さん、遅くなりましたが改めてよろしくお願いします。かんぱーい!」


 乾杯と復唱する声と、コップと缶がぶつかる音が204号室に響いた。

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